同族の裁縫士
本編42話 赤騎士団団長 視点
黒の団長の許しを得て、俺はその部屋の扉の前に立った。
目配せで、控えていた第一従騎士であるメイダスに扉を叩く様に促す。
軽快な音を立てて扉を叩く音が静まり返った廊下に響き渡る。
叩くと同時に、メイダスは俺の斜め後ろに控え直す。
涼やかな、鈴を転がすような返事が中からすると同時に、カチリと音を立てて扉の取っ手が動き静かに扉が開かれた。
開かれた扉を見て一瞬呆けてしまう。
開いた扉の先に人がいないように見えたのだ。
「あ、あの・・・・・・?」
と、先程室内から聞こえた声が真下から聞こえた。
声のした方に視線を下ろすと、そこに小さな女人が俺を見上げていた。
想像していた容姿とかけ離れていたため、その容姿に意表を突かれた。
新緑のように澄んだ翡翠色の大きな瞳、鮮やかな緋色の髪。
その色彩にしばし目を奪われた。
こう、先入観というのか裁縫師など手作業の職に就くものは、北方領土の民が多いため、黒又はそれに近い色合いの者を想像していたから。
よもや同族の者だとは思わなかったのだ。
その珍しさからついつい、身を屈めてまじまじと彼女をじっくり観察してしまった。
何かが引っかかってもどかしい思いに囚われ俺は、そのもどかしさを解消すべく短くはないが長い時間でもない間ずっと彼女を観察する。
それは、メイダスの咳払いで我に返るまで続いた。
メイダスの咳払いで、ここに来た本来の目的を思いだし彼女に「少し話があると」用件を告げると、彼女は俺とメイダスを室内に招き入れ二人用の長椅子に座るように促すと、少しお待ちくださいと隣の部屋へ入っていった。
彼女が、戻るまでしばし室内を見回す。
広い部屋というわけではない。
それは、ここが彼女専用の黒の騎士団長専属裁縫士としての彼女個人の裁縫室だからなのだろう。
軍議でも使うような広く大きな作業台、古めかしい機織り機、使い込まれた糸車と紡いだ糸が入れられた籠。
部屋に沢山の窓があり、暖かな陽光が部屋に降り注ぎ、窓の外には牧歌的な風景が広がっていた。
カタンとかすかな音で我に返ると、俺の目の前の低机に香りのよい茶と茶請けが置かれていた。
一口出された茶を飲むと、果実の爽やか甘味と少し酸味が口の中に広がる。
俺が、茶器を置くと、彼女は少し緊張したような面持ちで用件を聞いてきた。
とりあえず、立ち話も何だからと座るように言うと彼女は慎重な視線でこちらを伺ったあと、俺の目の前の一人掛けの椅子に素直に座った。
不躾に見ないように配慮したのか少し視線を落として俺と向き合う。
砦の外に翻り、黒騎士団の団長室に飾られていた素晴らしい出来の軍旗を思い出しながら、
「主が、あの軍旗を織った者か?」
まずは、本題に入る前にそう確認をすると、「黒騎士団の軍旗のことですか?」と、控えめに聞き返してきた。
その問いに短く肯定すると、彼女も俺の問いを肯定した。
俺は、彼女の応えを聞き、佇まいを正し、自分が赤騎士団の現団長であることと自身の名を告げ、彼女に頭を下げつつ赤騎士団の軍旗の製作を頼む。
座の後ろに控えていたメイダスも、俺に習い同時に頭を下げたのが気配で分かった。
俺達がいきなり頭を下げたことで、かすかに息を呑む声を頭上で聞いたが、彼女の返答が帰ってくるまで頭を下げ続ける。
練武祭が間近で騎士団の衣装作りで多忙になるだろう彼女の負担になることは重々承知だ。
だがしかし、騎士団にとって軍旗は誇りである。
他人が見ればそれはちっぽけな誇りかもしれないが、俺としてはどうしても譲れないのだ。
今まで使っていた軍旗が、長年の風雨でボロボロに近い状態でとてもではないが閲兵に掲げることができない。
新皇帝即位して初めての練武祭で騎士団の顔でもある軍旗を掲げられないなど、そんな醜態は見せられないのだ。
頭を上げるように彼女が、俺たちに声を掛け暫し離席する許しを請われそれに是と答えると、彼女は先程とは反対側の部屋へ入っていった。
そう時間を掛けずに戻ってきた彼女は何やら一抱えもある高さがあまりない木箱をもって戻ってきて私に差し出した。
それを反射的に受け取るが、彼女の意図が判らず首を少しかしげたが、彼女に促されて木箱の蓋を開ける。
目に飛び込んできたのは、色鮮やかな赤い布地。
はっと思い、おもむろに箱から取り出し広げると、それは我が紋章を意匠された真新しい現赤騎士団の軍旗。
審美眼がある方ではない俺でも目を奪われるような見事な仕上がりだ。
何故、既に彼女がこれを用意していたのかは判らない。
だが、重要なのは今ここに赤の軍旗が有り、彼女がこれを制作したのは紛う事無き事実ということ。
軍旗を丁寧にたたみ木箱に再び収め後ろにいたメイダスに託すと、俺はもう一度深々と彼女に頭を下げ、「かたじけない」と、万感の思いをこめ礼を言った。
「そんなに頭を下げないでください」と、焦った彼女の声で下げていた頭をあげ、
「この旗を織ったのは貴女だ。 その功に対して礼をするのは当然のことだ」
と、狼狽えたような表情の彼女を見ながらそう諭す。
俺の言葉聞き、彼女はほんの少し視線を彷徨わせたあと、照れたような声で「お役にたてて良かったです」と、はにかみながらそう俺に応え、礼を受け取ってくれたのだった。
後に、俺はこの邂逅時に何か引っかかりもどかしく思った理由の訳をしっかりと考えなかったことを深く後悔することになるとはこの時は知る由もない。




