もう一日
第1話「もう一日」を読んでいただき、本当にありがとうございます。
著者のJairです。
私はラテンアメリカ出身で、日本語はまだ勉強中の身です。それでも日本の皆さんにこの物語を届けたくて、翻訳ツールの力も借りながら、ジョークや細かいニュアンスまでしっかり伝わるよう丁寧に言葉を選びました。
たくさんの方に届いて応援していただけたら、もっと本格的に日本語の勉強を頑張りたいと思っています。
ちなみにこの第1話は、世界観に浸るために夜中に切ないBGMを聴きながら執筆しました。ちょっと不思議な執筆スタイルかもしれません。
今後は週1ペースで更新していく予定です。
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スペイン語で生まれたこの物語が、皆さんの心に届きますように。
次回もよろしくお願いいたします。
[ナレーター]
部屋の奥で、アラームが鳴っていた。一人の若者が、慌ててベッドから飛び起きた。
[若者]
うわっ、マジかよ、遅刻する! 今日から新学期なのに!
[ナレーター]
彼はタオルをつかんで浴室に飛び込み、鼻歌まじりにシャワーを浴びた。
歯を磨いて部屋に戻ると、彼は鏡の前で服を着た。
[若者]
よし。女の子たち、覚悟しとけよ! 今年は俺の年だ!
[ナレーター]
彼が香水を軽く吹きかけたところで、台所から母親の声がした。
[母]
ご飯よー、早くいらっしゃい!
[若者]
今行くって、母さん! あと五分!
[ナレーター]
彼はほとんど走るように部屋を出た。
[母]
ほら、ご飯が冷めちゃうでしょ!
[ナレーター]
席に着くなり、彼は妹に変な顔をしてみせた。そして迷いもせず、そのほっぺをつまんだ。
[若者]
うわ〜、なんて可愛いんだ。このほっぺ、柔らかすぎだろ!
[妹]
離してよ、変態!
[若者]
いてっ! きびしいなぁ。ほんとは好きなくせに。あはは!
[母]
はいはい、ケンカしないの! 早く食べなさい、もう出る時間でしょ。
[ナレーター]
父親が笑いながら彼を見た。
[父]
はっはっは、今年で最後の年か、チャンピオン?
[若者]
うん、最後の年! 今年こそ、俺を愛してくれる子に出会うんだ。浮気しなくて、家事ができて、料理が上手で、それに英雄級の「パイ」ソナリティの持ち主! あはは! あ、あと美人な子。
[父]
はっはっはっは! お前の想像力は、現実よりずっとデカいな。
[若者(心の声)]
なんでいつも、人のやる気をそぐかな……ぐぬぬ。
[父]
まあ、真面目な話、うまくいくといいな。ちゃんと行儀よくするんだぞ。いいな?
[若者]
分かってるって、父さん。もう子どもじゃないんだから。
[ナレーター]
彼が朝ごはんを食べ終えたころには、もうバスが来る時間だった。彼は急いでアパートを飛び出した。
階段を降りている途中、奇妙な声が聞こえた。
[???]
ОМЮРДЕН ЗЕВК АЛ, КИЧИК, АЛЛА.
[ナレーター]
鋭い痛みが、彼の頭を貫いた。次に、胸。そしてその奥で、どこからともなく甲高い耳鳴りが響いていた。
[若者]
ああああああっ! 痛い! な、何が起きてるんだ!?
[ナレーター]
同じ言葉が、彼の頭の中で何度も繰り返される。
そして、ぷつりと止んだ。
若者は荒い息のまま、その場に立ち尽くした。痛みは消えていた。彼は後ろを振り返った。
誰もいなかった。
彼は残りの階段を降りて、建物を出た。冷たい汗で、シャツが背中に張りついていた。
バスは、今にも発車しようとしていた。
[若者]
おーい、待ってくれ! 行かないでくれ!
[ナレーター]
彼はバスに向かって走った。
[おじさん]
さっさとケツ動かせ! こっちは暇じゃねえんだ!
[ナレーター]
彼は空いている座席に、倒れこむように座った。
[若者]
今の……なんだったんだ……? あれは……
[ナレーター]
彼の手は、まだ震えていた。
一人の少女が、彼の席のそばで足を止めた。
[少女]
こんにちは……ここ、座ってもいい? えっと、迷惑じゃなければなんだけど……隣、いいかな?
[若者]
あ……うん、どうぞ。
[ナレーター]
少女は隣に座り、彼に微笑みかけた。
[少女]
ねえ、今日が初日? この辺で見たことないなって思って。
[若者]
うん。日本のこのあたりに来たのは、今日が初めてなんだ。
[少女]
へえ〜! どうりで! じゃあ自己紹介するね。私はルシア。これが最初で最後にならないといいな。あなたの名前は?
[若者]
俺は……タスキ。
[ルシア]
素敵な名前! すごく好き、タスキ。
[ナレーター]
ルシアは目を閉じて笑った。
[タスキ(心の声)]
え? これ、ドッキリか? 誰も俺にこんなふうに話しかけてこないだろ。しかも超美人! 夢でも見てんのか……
いや、違う。初日の俺を笑いものにするための罠だ。期待すんな、バカ!
[ルシア]
ねえ、タスキ。どうしてそんなに見てるの?
[タスキ]
お、俺は……! な、なんでもない!
[タスキ(心の声)]
くそっ! 綺麗だなんて言ったら、絶対笑われる。こんな子が、俺なんかに……
どうする? どうする?
当たって砕けろだ! 言ってやる!
[タスキ]
ごめん、その……目が離せなくて。君が、綺麗だから。
[ルシア]
え、あ、あ……
[ナレーター]
ルシアの顔が真っ赤になった。彼女は口を開いたが、言葉が出てこなかった。
[ルシア]
あ、ありが……ありがとう、タスキ!
[タスキ(心の声)]
どういう風の吹き回しだ? なんでこんな子が俺に話しかけてくるんだ? 今日は俺のラッキーデーか?
[ルシア]
そ、そういえば、どこの学園に行くの?
[タスキ]
カスワード学園。
[ルシア]
えええっ!? タスキもカスワードなの!? 私も! うれしい!
[タスキ(心の声)]
神様! 今日は間違いなくラッキーデーだ! こんな子がいるなら……ついに引きこもり卒業か? 泣きそう!
[タスキ]
じゃあ、同じ学園だね。よかった。
[ルシア]
うん。同じクラスになれたらいいな。タスキのこと、気に入ったから。
[タスキ(心の声)]
天の神様、ありがとう! あはは!
[ナレーター]
学園では、マイクで生徒の名前と教室が読み上げられはじめた。
[マイク]
タスキ、A組! ルシア、B組!
[タスキ(心の声)]
ちくしょおおおおっ! 全部うまくいってたのに! ぐぬぬぬ!
[ルシア]
あーあ、一緒じゃないなんて残念。でも、休み時間と放課後は会えるもんね。前向きにいこう。
[ナレーター]
タスキは目を伏せた。
[タスキ]
うん……
[ナレーター]
彼は急ぐでもなく、自分の教室へ向かった。中に入ると、新しいクラスメイトたちを見回した。
[タスキ]
まあ……これからも、会えることは会えるしな。
[ナレーター]
彼が席を探していると、何人かがじろじろと彼を見てきた。初めて見る顔だったからだ。
[タスキ(心の声)]
なんだよ、その目。人間を見るのは初めてか? バカどもが……
後ろに座っとこ。
[ナレーター]
ドアが開き、先生が入ってきた。
[オリビア先生]
皆さん、おはようございます。素敵な朝を過ごせましたか?
自己紹介をしますね。私はオリビア、今年一年、皆さんの担任です。仲良くやっていきましょうね。
では、まずは一人ずつ名前を言っていきましょうか。そのほうが、お互いのことを早く知れますから。
[タスキ(心の声)]
うわ、自己紹介……。みんなで名前を言って、ぺちゃくちゃぺちゃくちゃ……
早く終わってくれ。もう帰りたい。
毎年同じだ。俺は一人で、みんなは自分たちのグループで笑ってる。
今年は違うと思ったんだけどな。
……帰りに新刊を買いに行こう。前の巻、最高だったし。
あの子、目を覚ますのかな。あの深い眠りから。待ちきれない。
[オリビア先生]
そこのあなた、後ろで窓の外ばかり見て、何をしているの? ちょっと!
[クラスメイト(男子)]
おい、そこのお前! 何様だよ、アニメの主人公か? 先生が呼んでんだろ!
[タスキ(心の声)]
こいつ、気に食わねえ。
[タスキ]
すみません。タスキです。この街に来たばかりで、この学園も初めてです。受け入れてもらえたら嬉しいです。よろしくお願いします。
[クラスメイト(女子)]
じゃあ、あんたは「負け犬のタスキ」ってこと?
[クラスメイトたち]
あはははははっ!
[タスキ(心の声)]
ほら、始まった。いつものやつ……いい加減、その口閉じてくれないかな。
[オリビア先生]
そういう態度は許しません。新しいクラスメイトをからかうのはやめなさい。
……さて、これで全員の自己紹介が終わりましたね。授業を始めましょう。今日は数学です。
[クラスメイトたち]
ええええ〜!
[タスキ]
さて……地獄の始まりだ。
[ナレーター]
授業が終わると、タスキは学園の入口でルシアを待った。
[タスキ]
ルシアに、漫画を買うのに付き合ってもらおう。そうすれば、もう少し話せるし。
へへ……少なくとも今日は、いいことが二つあった。彼女と、大好きな漫画の新刊発売。
[ナレーター]
そして、ルシアが学園から出てきた。朝と変わらず、綺麗だった。
[タスキ(心の声)]
いた……やっぱり綺麗だ。
よし、行くぞ。
[タスキ]
やあ、また会ったね。元気? へへ。
[ルシア]
あ、タスキ! また会えてうれしい。どうだった?
[タスキ]
別に。今日の授業はしんどかったな、ってくらい。
それでさ……今日出た漫画を買いに行くんだけど、よかったら一緒に……
[ナレーター]
彼が言い終わる前に、一人の若者がやってきた。
[若者]
おい、ルシア。ピザ行こうぜ。休み時間にエステファニと話してたやつ。
[ルシア]
あ……ごめんね、タスキ。先に約束してたの。また今度、一緒に出かけようね?
[タスキ]
うん、いいよ、ルシア。気にしないで。
[若者]
行こうぜ、ルシア!
[ルシア]
今行く〜!
[ナレーター]
タスキは、二人の姿が見えなくなるまで、入口に立っていた。
[タスキ(心の声)]
まあ……朝から予定があったんだもんな。仕方ない。
また今度だ。
結局、また一人か。はあ……
……歩くか。何か起きるかもしれないし。
[ナレーター]
タスキが通りを歩いていると、あたりが暗くなりはじめた。
あの声が、また聞こえてきた。
[???]
БИТИРМЕК, КУНЬ, КЪОРА...
БИТИРМЕК, КУНЬ, КЪОРА...
БИТИРМЕК, КУНЬ, КЪОРА...
[タスキ]
な、なんだよこれ!? ぐっ! 痛い! やめてくれ、頼む!
[ナレーター]
タスキは胸を押さえ、膝から崩れ落ちた。
彼の周りには、闇しかなかった。影。そして目の前に、赤い目。
凍えるような冷たさが、彼の背筋を這い上がる。
彼は息を吸おうとした。空気が入ってこない。
赤い目は彼を見つめたまま、少しずつ近づいてくる。
[???]
Сенинъ... кельди... битти... олсун...
Сенинъ... азиз...
[タスキ]
頼む、やめてくれ!
[ナレーター]
声はどんどん大きくなっていく。
[タスキ]
頼む、やめてくれ!
[ナレーター]
タスキは両手で頭を抱えた。
そして、すべてが元に戻った。
彼は数秒間、地面に倒れたまま荒い息をしていた。少しずつ視界が戻り、彼は立ち上がった。
そして、走り出した。
何も考えられなかった。ただ、そこから離れたかった。
胸の痛みは消えなかった。それでも彼は、いつもの漫画屋に着くまで足を止めなかった。
彼は息を切らしたまま、うつろな目で店に入った。カウンターの店員の顔も見なかった。
[タスキ]
ください……あの漫画……眠ってる女の子の……
[少女]
大丈夫ですか?
[タスキ]
頼むから……漫画だけ、ください。
[少女]
は、はい……すみません。どうぞ。
[タスキ]
……ありがとう。
[少女]
よい夜を。
[ナレーター]
店を出ると、彼はタクシーを拾った。
[タクシー運転手]
どうも、お兄さん。どちらまで?
[ナレーター]
タスキは住所を告げた。
車内では、誰も口をきかなかった。
タスキは胸に手を当てていた。声、痛み、影、あの赤い目――すべてが頭の中を回り続けていた。
彼は窓の外を見た。
涙が一筋、彼の頬を伝った。
自分に何が起きているのか、彼には分からなかった。
そして生まれて初めて、これから自分に起こることが怖いと思った。
[ナレーター]
彼は一言も話さずに、階段を上った。
部屋のドアの前で、彼の手は震えていた。
ドアの向こうから、家族の声が聞こえる。
彼は顔を拭い、ドアを開けた。
[母]
おかえり、帰ってきたのね!
[タスキ]
……やあ、みんな。
[ナレーター]
彼は少し背を丸めて歩いた。ひどく疲れて見えた。
[妹]
お兄ちゃ〜ん!
[ナレーター]
タスキは答えず、そのまま自分の部屋に入って、ドアを閉めた。
彼はリュックを放り投げ、ベッドに横になって天井を見つめた。
お気に入りの漫画を手に取り、胸の上に置く。
しばらく、彼は動かなかった。
やがて、涙があふれてきた。
彼は顔を覆い、誰にも聞こえないように、声を殺して泣いた。
けれどドアの向こうで、家族は、彼の途切れ途切れの息づかいを聞いていた。




