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第三話 閉ざされた門

記憶は、そこで終わらなかった。


ソヤラが成長するにつれ、父の怒りは日に日に濃くなっていった。

殴られることも、怒鳴られることも、もう珍しいことではない。

娘として扱われたことなど、いつからか一度もなかった。

そこにいたのは、父にとって都合よく使える、口のきけない奴隷のようなものだけだった。


ソヤラの人生は、一日ごとに、また一日ごとに、さらに深い地獄へ沈んでいった。


ある日、父が言った。


「行くぞ。お前に会わせたい相手がいる」


ソヤラには、その意味がわからなかった。

あれほどひどく自分を扱う男が、なぜわざわざ誰かに会わせようとするのか。


相手は誰なのか。

なぜ自分が会わなければならないのか。

そこで何が起こるのか。


売られるのか。

年老いた男の寝床へ送られるのか。

それとも、賭けで負けた代わりに差し出されるのか。


自分の人生は少しでも良くなるのか。

それとも、もっと、もっと悪くなるのか。


そして――


あの日、あのまま諦めて死んでしまえばよかったのだろうか。


そう思ってしまうほど、彼女の中にはもう何も残っていなかった。


次に気づいたとき、二人は山の上に建つ大きな屋敷の前に立っていた。

城というには小さく、屋敷というにはあまりにも威圧的だった。

どこかの将軍か、有力者の住まいなのだろう。

巨大な門の前には衛兵が立ち、父は当然のように中へ通せと命じた。


衛兵たちは二人を見た。

そしてソヤラを見ると、揃って、いやらしい笑みを浮かべた。


その笑みが、ひどく気味悪かった。


門が開いても、ソヤラの頭の中には、さっきのあの下卑た笑いがこびりついたままだった。

どうしてあんな顔をされたのか。

なぜ自分を見て、あんな目をしたのか。

わからないまま、身体の奥だけが冷えていく。


父はそんな彼女の足取りの鈍さに気づいた。


それが癇に障ったのだろう。

何の前触れもなく、頬に平手が飛んだ。

一発。

二発。

三発。


顔が横にはじけ、視界が揺れる。


「このアマ、しゃんとしろ。妙な印象を与えるな。ちゃんとしろ。本物の女みたいに振る舞え」


父は歯を見せて笑った。

その笑いには、血のつながりも情けも何もなかった。


「お前は父親を金持ちにするんだよ。ハハハハハ」


その最後の笑い声には、ただ金しかなかった。


ソヤラは、もう抜け殻のようだった。

自分のために声を上げることもしない。

何を言っても無駄なことも、誰も自分を気にかけてなどいないことも、とうの昔に知っているからだ。


ただ、命だけが辛うじて残っている。

そんな存在だった。


少し離れた場所から、その様子を見ている男がいた。


ソヤラは気づいていない。

けれど彼女の内側では、声に出されることのない叫びが、ずっと響いていた。


助けてほしい。

一度でいい。

生まれて一度でいいから、誰かに救ってほしい。

この地獄から、自由にしてほしい。


やがて二人は、屋敷の奥にあるひとつの部屋の前へたどり着いた。

そこもまた厳重に守られていた。

父の合図で扉が開く。


中に入る。


だが、部屋の中には衛兵もいなかった。

召使いすらいない。

ただ一人の男だけが、部屋の中央に座っていた。


まるで、何かを待っているように。


いや――


誰かを。


父はその男の前まで進み出ると、いやに恭しく頭を下げた。


「旦那様。お持ちしました。以前お話しした、私の宝の中で最も価値ある一品……この地で最も美しい女を」


そこで、父はわざと大きく間を置いた。


「……私の娘でございます」


その瞬間、ソヤラは凍りついた。


「私の娘」という言葉が耳に入った途端、耳の奥で高い音が鳴り始める。

それ以外の音が、何も聞こえなくなった。


目だけが大きく見開かれる。

身体はその場で固まったまま、顔だけがゆっくり父へ向いた。


――何をしているの?


――私は、あなたの娘じゃないの?


――私は、あなたの血じゃないの?


――どんな父親が、自分の娘にこんなことをするの?


何年も押し殺してきた声が、ようやく喉を破って外へ出た。

自分を産んだ男を、最後に一度だけ、説得しようとして。


「いやあああああっ! お父さん、私が何をしたっていうの!? どうしてこんな目に遭わなきゃいけないの!?」


声が裂ける。


「私は言われたこと、全部やったよ……! お皿も洗った、ご飯も作った、床だって掃除した! 外に出たいなんて言わなかった! ほかの子と遊びたいとも言わなかった! 友達もいなかった、お母さんの愛情も知らなかった……!」


言葉が崩れながらも、止まらない。


「それでも、ずっと、ずっと……お父さんに言われたことを全部やってきた! いつか、お父さんが私を娘として見てくれる日が来るんじゃないかって、そう思って……! 私は何も望まなかった! 何ひとつ責めなかった! なのに、どうして……!」


涙と一緒に呼吸が乱れる。


「どうして自分の娘にこんなことをするの……! 私はお父さんの重荷になりたくなかった……! もしそうだったなら、ごめんなさい……! ごめんなさい、お父さん……! だから、やめて……! もっと頑張るから……! もっとちゃんと働くから……! これからも、いい娘でいるから……!」


泣き叫びながら、ソヤラは床に膝をつき、父の足にすがりついた。


だが父は、その身体を容赦なく蹴り飛ばした。


ソヤラは床の上を転がるように離れ、息を詰まらせる。


「やめろ、この馬鹿娘。お前が俺の血だと?」


父の顔に浮かんでいたのは、怒りではなかった。

もっと冷たく、もっと深い、心の底からの嫌悪だった。


「俺の血を引く者が生まれるなら、男である可能性以外、俺は認めん。お前は一度たりとも娘だったことなどない。生まれたその日から、ただの重荷だ」


父はソヤラに唾を吐きかけた。


「娘だと?」


吐き捨てるように笑う。


「お前にとっても、俺にとっても、このやり方が一番いい。それに、お前のその手には母親の血がついている。その罪も償わなければならん。これが、お前の償いだ」


ソヤラは、父を見つめていた。

もう泣き声も出ない。

ただ、そこにいるのが本当に人間なのか、それともまったく別の何かなのか、確かめるような目だった。


「お前の身体は、この世の男どもに使われる。あいつらを満たし、その果てに……ようやく、お前は解放されるんだよ」


その言葉を聞き終えたとき、ソヤラの中の何かが静かに折れた。


何を言っても無駄だ。

何を訴えても届かない。

この男は、最初から一度も父親ではなかった。


失望。

無力。

どうしようもない絶望。


彼女はゆっくり視線を落とす。

床が滲んで見える。

頬を伝って、水が落ちた。


自分の目元に触れる。

濡れている。


――涙?


最後に泣いたのは、いつだっただろう。


その瞬間、脳裏にあの日がよみがえった。


井戸の中で、必死に生きようともがいていた、あの日。


そうだ。

あれが最後だった。


あの日から彼女は一度も泣かなかった。

父にどれだけ殴られても。

どれだけ傷つけられても。

泣かず、訴えず、ただ耐えた。


なぜなら――


彼女は知っていたからだ。


この男は――


怪物なのだと。


そのときだった。


貴族の男が、大声で笑い出した。


心の底から愉快でたまらないというように。

目の前の惨めさが、たまらなく面白いというように。


自分の娘を憎み、金に変えようとする父。

それを「母を死なせた償い」などと呼ぶ歪み。

そんな父に、一度も愛されたことがないのに、なおも認められようとする娘。


その醜く歪んだ光景が、男にはたまらなく滑稽だったのだ。


「ハハハハハハハッ! 面白い……実に面白い!」


男はゆっくり立ち上がった。


「娘よ。一度この城に来たからには、もう帰れると思うな。たとえ父親がお前の罪を許すと言ったところで、私はお前をここから出しはしない」


間を置く。


「お前は自分の意志でここへ来た。だが、ここを去れるのは――私の意志だけだ」


その言葉とともに、男はソヤラのほうへ歩いてくる。


さっきまでは距離があった。

だから、彼女の顔も姿も、はっきりとは見えていなかった。


だが近づき、その姿を間近にした瞬間、男の目が止まる。


青い瞳。

長い黒髪。

滑らかな肌。

大きく、濡れた瞳。

普通の娘より高い背。

細く長い脚。


しかも彼女は、いま床に座り込み、涙を流し、慈悲を乞うている。

あまりにも壊れやすく、あまりにも無防備だった。


その姿が、男の中の獣を呼び起こした。


壊したい。

支配したい。

自分のものとして使い潰したい。


彼女が何を感じるかなど関係ない。

彼女が何を望むかなどどうでもいい。

ただ、この美しさを踏みにじり、自分の欲のままに喰らいたい。


そんな醜い衝動だけが、男の中で膨れ上がっていく。


「おお……これは……これは……なんと美しい」


それは本気の驚嘆だった。

高貴な人生を歩んできた自分ですら、これほど美しい娘は見たことがなかった。


「これは……もう、お前を二度と手放せないかもしれんな」


耳障りな笑い声が、また部屋に響く。


父は、そのすぐそばに立っていた。

それでも、そこには一片の情けもなかった。

自分の娘への思いやりも、憐れみも、何ひとつない。

ただ、大金が手に入る瞬間を待っているだけだった。


扉はすべて閉ざされている。

彼女を気にかける者は、誰もいない。

彼女を救う者も、誰もいない。


この哀れな少女の、まだ穢れていない魂は、ここで終わってしまうのか。

この先もなお、彼女は生きたいと願えるのだろうか。

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