第四話 鉄壁パミール・フェノン
「公主殿下、やっぱり、北狼国の重騎兵軍の強さは伊達じゃない! 兵力差十対一の劣勢に関わらず、よく耐えてる。俺の巨岩防壁もいつまで持つか分かりませんし」
公主軍副官パミール・フェノンは渋い顔をしていた。
北狼国の最強の重騎兵軍は弓矢攻撃などで数を五百騎と半減させながらも、強固な盾で防御し、大将軍ログハンは士気を鼓舞して抵抗を続けていた。
フェノン家は南方の古代ムーア王国の血筋を引く魔導騎士の家系である。
その土地の砂の成分を固めて魔法で巨岩を作り出し、北狼国の重騎兵軍本陣を騎馬が決して越えられない十タルあまりの巨岩防壁で円形に囲んで、残り三十万の軍勢と強引に分断していた。
十タルと言えば人の背丈の十倍ほどの高さなので、遠くから見ると、ちょっとした塔のように目立つ。
「困ったわね。そろそろ、剣聖様が来てくれないと、私、死んじゃうかも。ぐすん」
ベアトリーチェは妙にかぁいい猫撫声を出して、可哀想な伯爵令嬢に成りすましてる。
だが、パミールは彼女の本性が悪役令嬢だと知っている。
とはいえ、本当なら、ベアトリーチェ・フェリス伯爵令嬢になるはずだったが、母親のフォー・フェリス伯爵令嬢が、北方の戦場で皇帝に即位する前の若き『ワ皇太子』に見初められて、第十三公主として彼女は生まれる事になる。
フォー皇后になった母親はベアトリーチェが五歳頃に、南方の古代ムーア王国の遺跡を巡る放浪の旅に出たという。
その代わりに、アイリス高貴妃が皇后代理を務めていると言う。
「大丈夫です。俺が巨岩防壁をわざわざ十タルの高さにしたのは、剣聖様へのサインですから」
「そうか、でかした、パミール! 気が利くじゃん」
その時、ついに巨岩防壁にヒビが入り始めた。
三十万の重騎兵が交互に壁に体当りするという荒業で、このままでは壁が壊れるのも時間の問題に思えた。
「ヤバイですね。このままじゃ……」
次の瞬間、三十万の重騎兵軍の背後で青い閃光と轟音が響いた。
剣聖の聖天剣技<彗星弾雨〉に違いない。
約二十万騎が消滅したはずだ。
北狼国の重騎兵軍はまだ、残り十万騎もいる。
北部騎馬連合も加えれば、総勢六十万騎の大軍である。
その残存兵力の大軍が剣聖軍の背後からひたひたと迫ってるはずだ。
北部の草原の民は屈強で、その精神力や粘り強さは尋常ではない。
このままでは、公主軍と剣聖軍は包囲殲滅されて、敗北を喫する可能性が高い。
「仕方ない。パミール、一時撤退よ。飛翔魔法は?」
「残念ながら、もうしばらく待ってもらわないと。流石に一万騎の大軍を浮遊させるのは大変で。魔力切れです」
「ええ! 大ピンチじゃん」
「分かった。全速力で逃げるわよ!」
黒装束の女忍びが馬を乗り捨てて、岩壁の内側に飛び込んできた。
公主の前に現れて、跪いていた。
「公主様、レン・ロン参上しました! 軍師殿が大将軍ログハンを巨岩防壁に閉じ込めて、そのまま北西に全速力で逃げろと。剣聖殿にも私の手の者が伝令しています。今頃、西に向かって逃げてるはず。距離が取れたら、打ち上げ花火で知らせます」
「分かった。レン・ロン、パミールの馬に乗りなさい」
ベアトリーチェはの判断は機敏だった。
「はい!」
レン・ロンは、身軽に跳んで、躊躇なくパミールに背後から抱きついた。
パミールは巨岩防壁の北西を開いて、ほぼ無傷の公主軍一万騎は全速力で駆け出していた。
後は脱出口を閉じて、今まで見たことのない速さで、一目散に逃げ出した。
数十ハン後に、レン・ロンと配下の者がほぼ同時に紅色の花火を打ち上げる。
間髪入れず、黄金の光が巨岩防壁を中心に弾けた。
天才軍師ルイ・パルスの聖天剣技<月光残影>が炸裂した。
その威力は絶大で、大地が数タルス規模で穿たれていた。
大将軍ログハンごと、北狼国の重騎兵軍は全滅しただろう。
公主軍は全部の切り札を切ったが、北部騎馬連合は残存兵力総勢四十万騎はいるだろう。
追撃してくれば、命も危うい。
だが、幸いな事に、カナール峡谷に必死で逃げ帰った公主軍、剣聖軍を追撃してくる者はいなかった。
百万騎の大軍が総大将の大将軍ログハンを失い、四十万騎まで数を減らされたのだ。
一番、彼らが警戒したのは、古代ムーア王国魔導騎士団の戦巫女の伝説である。
<ムーアの白き魔女〉の伝説は、北部騎馬連合の前身の古代王国アストラン帝国を、中原のレムリア魔導聖国と共に壊滅に追い込んだ戦乱に由来する。
そして、ベアトリーチェが着ていた、<ピンクの百合の花の紋章>が入った純白のド派手なマントを、彼女たちは同じく着用していたのだ。
それは偶然ではなかった。
ベアトリーチェの母の実家のフェリス家は、<ムーアの白き魔女>で最も怖れられた、フェアリー・フェリス、<時を止める戦巫女>という二つ名を持つ魔導騎士の子孫の家系だった。
彼女は<時間停止魔法>という魔導剣技を持っていたと伝えられている。
カナール渓谷の奇跡の戦いはここに終結した。
たった、二万騎の公主軍<光速軽騎兵>が百万騎の大軍を完全撤退させたのだ。
巷では三人の剣聖ではなく、公主様が掘っていた、カナール渓谷の落とし穴を駆使した戦いだったと、諜報部隊により情報操作されたが、少なくとも、北狼国と北部騎馬連合はその脅威を正しく認識した。
そのいい加減な伝説を元に、ベアトリーチェは公主将軍に祀り上げられ、以後、暗殺まみれの苦難の人生を歩むことになる。
呆れたことに、本人は意外と楽しんでいたようだが。




