成り上がり貴族の宿命 ③
「おはよう」
クロアは窓辺に在る友人の木像に手を合わせながら声を掛ける
「今日は朝早くから領を出るんだ、と言っても父上と違って俺はお茶会に呼ばれただけだけどね」
毎日彼が起きたら今日の予定を話しかける
声が届いているかは知る余地もないがあの日から、彼にとっては欠かせない時間である
「呼ばれた理由がカランクレス公爵のの件だけならわかりやすいんだけどね」
「さてと」
侯爵への手土産も忘れずに持って行く
紅茶に合う菓子と相談したい商材
武力でも有名な方だけど商売もかなり好きと言う情報からちょっとした相談があるので侯爵の対応次第では手を貸してほしい、もちろん手数料を払うけど
家を出ると一昨日開かれた母上の誕生日の名残が村に残っている
「許可をもらえてよかった、流石に母上も上位貴族二人の願いなら断れないのは察していただろうけど」
とは言え母親として、子供だけを行かせるというのは嫌なのだろう
相談もせずに勝手に行ったら父上も俺も一日中お叱りを受けるのが目に見えている
「馬車はそろそろかな、皆を起こしに行こうか」
「クロア様」
「おはようサキユ、今日はよろしくね」
「はい、必ずエリア様もクロア様もお守りします!」
「まずは姉様達を起こしに行こうか」
「はい!」
彼女の返事は朝から元気がでる
二人でまた家に戻る
「それでは俺達は先に行ってきます」
「気を付けていってきなさい」
「私も居るんだから大丈夫よ、父様!」
「こらエリア、ドレスで剣なんてダメよ?」
今日は姉様も珍しくドレスである
茶会に剣などぶら下げるわけにいかないので
「相変わらず動きずらくて無駄な洋服」
「それ絶対に茶会で言わないでくださいね?」
「流石に私もわかってるわよ、身内以外にこんな事言わないわ」
「それならいいんですけどね・・・」
姉様は一年ほど前に父上の社交界に連れられたのだが、そこで他の貴族と一悶着有ったのでその一件から社交界は基本的に俺が付いていくことになってしまった
「父上達は飛竜での移動ですか、さすが大貴族は金がありますね」
「自分の愛娘を預けようとしてるのだ、それくらいは当然の事だろう」
「むしろ飛竜での移動なら我々が護衛に付く意味もない気がしてしまいますけどね」
「お前まで・・・手を抜く事など許されんぞ?」
「わかっていますよ隊長」
「サキユよ、すまないが二人を頼むぞ」
「了解しました!旦那様!」
「ではそろそろいってきます」
「三人共無事で帰ってきてね?」
「心配しすぎよ母様」
「だって・・・」
「・・・でもそうね、事前に相談もしてくれたんだもの」
「胸を張って行ってらっしゃい!」
「「いってきます!」」
御者にお願いをして出発する
「なんだか領を離れるが久々な気がするわ」
「あの一件から姉様は社交界にも出てませんからね」
「あれは向こうが悪いのよ」
「聞いてますよ、まぁ姉様もやりすぎだとは思いますけど」
「ふんっ」
「馬車でも少し掛かりますから、多少本でも読んでは?」
「嫌よ、クロアに教えてもらった魔力の鍛錬でもしてるわ」
そういうとドレスから小さなナイフを取り出して魔力循環を始める姉様
どこに仕込んでるんだそれ
「では俺は手荷物の整理でもしておきます」
俺も俺で手土産の確認をする
実は母上の誕生日に作った菓子の材料の一つ、元々手土産は別の物を用意していたのだがこれが領の人々、特に女性に人気だったので侯爵への贈り物にすることにした
「あ、それまだ家にもあるのよね?」
「ありますけど貴重品ですよ、まだまだ生産体制整ってないんですから」
「帰ったらまた食べさせなさいよ、すっごい美味しかったわそれ」
「家のは母上が管理しているので母上に言ってください」
「そうなの?でも母様なら大丈夫ね」
帰った後の楽しみが増えたのか姉様が上機嫌である
「それボクの食べたいです!」
「そう言えばサキユも気に入っていたね、母上に言って許可がおりたらいいよ」
「わーい!」
馬車から眺める景色は、すでに自分たちの領地じゃない事を表していた
「ようこそお越しくださいました」
「本日はお誘いいただき誠に感謝致します、茶会での閣下が出される物はどれも一級品ばかりとお噂はうかがっております」
「ありがとうございます、お嬢様もお喜びになられると思います」
前に侯爵の後ろに仕えていたご老人
(見るからに護衛の中でも位の高い地位の人だと思うのだけど、なぜ俺達を直々に?)
警戒されているのか、何か違う理由でもあるのか
「皆様はすでに会場に入っておられております、イストフィース殿は茶会への参加は初めてでしたね」
「恥ずかしながらそうなります、まだまだお誘いいただけるほどの功績も無かったものですから」
「・・・やはり普通のお子さんではないようだ」
「何かおっしゃいましたか?」
「いえ、よろしければ私がご紹介させていただきます、如何でしょう?」
「それは光栄ですね、是非よろしくお願いします」
「姉様もそれでよろしいですか?」
「ええ、構わないわ」
四人で会場まで歩き重厚そうな扉をご老人が開けようとしてくれる
「申し訳ありません、お名前を伺ってもよろしいでしょうか」
「これは失礼致しました」
「私、インチェンス家の執事を務めさせて頂いておりますローゼスと申します」
「ローゼス殿、いろいろありがとうございます」
「いえいえ、では参りましょうか」
扉を開けるとかなりの貴族達が居た
ここにいるのはインチェンス侯爵の勢力とも言えるだろう
俺達の様に完全には属していない人達も居るだろうが、恐らく少ない
「本日お集りの皆様、我が主でありますインチェンス様が新たな者をお招きしました」
視線が集まる
姉様にもアイコンタクトを取る
「皆様初めまして、イストフィース家次女のイストフィース・リーゼ・エリアと申します、以後お見知りおきを」
「同じくイストフィース家長男のイストフィース・リーゼ・クロアと申します、本日は我が父が顔を出せず申し訳ありません」
決めていた通りのセリフを二人で話す
「我が主のお茶会に新たな風が入った事を喜びましょう!」
ローゼス殿が促してくれる
「よろしければなのですが、紅茶に合うと思いまして一つ手土産を持参して参りました」
おお!と歓声が軽く上がる
「こちらアップアで作りましたジャムになります」
「ほう、ジャムですか」
「はい、基本的にジャムと言えば木苺などの物が多いですが今回はジャムそのものを食べれる物としてご用意しました」
ジャムと言えばパンにつけたり菓子に乗せたりが主流であるが、これはジャムそのものが食べれる果肉でできたジャムに近い
「これをそのまま食べれるのかい?」
「よろしければどうぞ」
「なら失礼して」
ローゼスが一口食べる
そして
「これは・・・なんと素晴らしい」
「まるで紅茶を食べているような・・・不思議な味付けだ」
ローゼス殿の発言から他の貴族達も食している
「美味いな・・・」
「甘酸っぱくておいしいー」
「もっと頂いても?」
「ありがとうございます、今日はこの瓶二つしかご用意できなかったのですが皆様で食していただいて大丈夫です」
わぁっと軽い歓声
少々無理して作った甲斐があった、そして学ばせてもらった本には頭が上がらない
「随分と楽しそうな声が聞こえますわ」
その声が聞こえただけでこの場の空気が変わる
「皆様が本日もお楽しみいただけているようで私もホッとしたしましたわ」
この場で最も派手なドレスに見えるのは、彼女という存在感がそれを可能にしているのかもしれない
「インチェンス閣下、本日はお誘い頂きありがとうございます」
「本日は父がおらず我々二人な事をご了承いただけますか?」
「もちろんです、そもそも私がお誘いしたのは貴方ですよ坊や・・・いえ、クロア殿」
「ありがとうございます」
姉様と二人で頭を下げる
「クロア殿、よろしければ少しお話しませんか?」
「閣下にお誘い頂けるなら喜んで」
「申し訳ないけど貴方一人で来てくださいますか、大事なお話もあるので」
閣下がサキユと姉様に付いてくるなと釘を刺す
二人が少し驚くが
「大丈夫だよ二人とも」
「少なくとも、ここで戦うような人じゃないから」
小声で二人に伝える
「・・・わかりました、閣下もあまり弟をいじめないでくださいね?」
「ふふっ、大丈夫ですわ」
ローゼス殿がすでに道を作ってくれている、できる執事だ
言われるがまま閣下とローゼス殿に付いていく
果たして、何を聞かれるのやら・・・なんとなくの予想はついているけどね
まだまだ長い一日になりそうだと思うクロア
せっかくならとお菓子を食べつくしているエリア
自身の主人が連れていかれて落ち着きがないサキユ
三者三様に、いつもより広すぎる部屋で、違う時間を過ごすことになる




