10.OL、第五魔王軍大将と出会う
私が、前世の記憶を取り戻してから半年が過ぎた。
そう、半年だ。
この半年で私ができるようになったことといえば、ちょっと体力が増えたことと、多少剣が振れるようになったことと、各属性の初級魔法がいくつか使えるようになったこと。
その程度だ。
力づくでこの城を出て行くなんて、身の程知らずもいいところだった。
どこに行くにもついてくるアルベールすら撒ける気が全くしない。
仮にアルベールに「あ、UFOだ!」なんて言って気を逸らそうとしたとしても、きっと彼はそちらを見ることなくいつもの無表情で私を見続けることだろう。
私は今日も、アルベールと剣を交わす。
「うりゃっ!」
絶え間なくアルベールに打ち込み続けていたが、間抜けな掛け声と一緒に私は渾身の一撃を彼に向けて振り下ろした。
金属同士がぶつかり合う高音が大きく響き、アルベールに受け止められた反動で、私の剣が手から離れ飛んでいく。
しまった。
「っ、」
私の頭上を超えていった剣は、背後の何もない地面に突き刺さった。
近くに誰もいなくてよかったと胸を撫で下ろす。
「お怪我はございませんか、リゼット様。」
剣が刺さった方を振り返っていた私に、アルベールが問いかける。
「うん、大丈夫。握りが甘かったみたい。」
言いながら、私は握力を確認するように、自分の手をグーパーさせる。
アルベールはただ私の剣を受けるだけで打ち込んできてはいないというのに、自分の軟弱さに呆れる。
「はぁ、アル。休憩〜」
「はい。かしこまりました。」
地面に突き刺さった剣を抜くと、私はそれを鞘に納めた。
「リゼット様、明日から基礎トレーニングを2倍にいたしましょう。」
「に、2倍……」
基礎トレーニングと言うのは、初日からずっと行なっている筋トレのことだ。
確かにこの半年であの無茶な筋トレメニューにも大分慣れてきた。
しかし、明日からあれを2倍……
やっと慣れてきたと言うのにまた地獄の始まりだ……
「体力や筋力があれば先ほどのように手から剣が抜けてしまうことも少なくなるかと。」
「……ガンバリマス。」
しょうがない。
私が望んだことだ。
頑張るしかない。
「ちょっと息抜きに散歩!」
「はい。お供いたします。」
そう言って修練場を後にしようとした私たちに、その場にいた魔族たちが声をかけてくる。
「リゼット様、今日はもう終わりでございますか?」
「ちょっと休憩〜」
「リゼット様、今日もご立派でございます!」
「ありがと〜」
「リゼット様、本日も舞のような美しい剣さばきでございました!」
「それは嘘〜」
「リゼット様、今日もその麗しいお姿を拝見でき恐悦至極でございます……!」
「それはよかった〜」
そんなテキトーな返事でも、私から言葉を返してもらった魔族たちは嬉しさに身を悶えさせていた。
そんな彼らに私は「じゃあまた後でね」と言って手を振りながら修練場を後にした。
相変わらず禍々しいどんよりお空の下、私はアルベールを連れて城の庭園を歩いていた。
庭園には真っ赤な薔薇が見事に咲き誇っており綺麗ではあるのだが、この禍々しい空と城のせいで、その花々は鮮血をイメージさせ全体的にダークな印象だ。
流石魔王城。
そんな庭園で、私の進行方向に一つの人影が見えた。
「……はぁ。」
その人は、ここまで聞こえてくるほどの大きなため息を漏らしていた。
明らかに落ち込んでいる風な人をそのまま通り過ぎるのもなんだかなぁと思った私は、その人に声をかけた。
「こんにちは。」
その人は、ちらりとこちらを見たかと思ったらすぐに私から目をそらし、今度は目を見開いて驚いたように私を見た。
見事なまでの二度見だ。
「リ、リゼット様……!?」
真っ黒な瞳をまん丸にして、その人が私の名前を呼んだ。
漆黒というほどではないが、ほぼ真っ黒な色を持った魔族の男の子だ。
見た目は13歳くらいで、私以外にこの城に子どもが居たんだなと少し嬉しくなった。
「どうしたの?迷子?」
城で働いている人の子どもだろうか?
今の私よりは年上と言っても、所詮は子どもだ。
この広い城で迷子になることもあるだろう。
そう思って訪ねたのだが、その男の子は私の言葉に少しムッとした表情を浮かべた。
「僕はこう見えても今年で153歳だ!」
「えぇ!?」
子ども扱いされては困ります!と私の目の前でぷんぷんしている。
「そ、それはごめんなさい。」
「はっ!いえ、申し訳ございません!リゼット様に謝罪させてしまうなんて、僕は何てことを……」
そう言って男の子……いや、魔族の男性はしゅんとしてしまった。
ただでさえ落ち込んでいたようだった人を更に落ち込ませてしまうとは。
「いやいや、私が失礼なこと言ったのが悪いの!自分を責めないで。」
「リゼット様……噂通り、なんてお優しい……」
一体どんな噂が流れていると言うのか。
「それより、何か思いつめてたみたいだけど、どうしたの?」
私でよかったら何か聞くよ、と言った私に、彼がまた驚いたような顔をした。
「そ、そんな恐れ多い……!」
「私じゃダメなんだね……」
「そんなことあるはずないです!」
前世であればパワハラと言われても仕方ない戦法だったが、彼は話してくれる気になったようだった。
「ご挨拶が遅れましたが、僕は第五魔王軍大将のヴェントと言います。」
「大将!?」
思わず私は、彼の頭のてっぺんから足の先までじっくりと見てしまった。
そうだ。
すっかり忘れていたが、この世界には魔王軍というものが存在していた。
魔王軍とは、その名の通り魔王の手となり足となり働く、戦闘や砦の守備などを主な任務とした軍隊であり、第一魔王軍から第五魔王軍で編成されている。
彼はそのうちの第五魔王軍を率いる大将だそうだ。
確か、小説ではすべての軍大将が勇者に倒されたはずだ。
メインキャラというわけではないので詳しい内容はあまり覚えていない。
驚いている私の様子に、彼ヴェントが苦笑する。
「僕は特性のせいでこの姿から成長しないので、よく驚かれるんです。」
「特性……」
「うん。みんなに舐められるだけのこんな特性、ない方がマシなのに。」
そう言ったヴェントが口をへの字に曲げる。
「それで悩んでたの?」
「あ、いや、それにはもう慣れました!」
そうじゃなくって、と彼が続ける。
「僕はただでさえこんな見た目で舐められやすいのに、大将の中で飛び抜けて若くて、一番弱いんです。その未熟さを痛感させられるようなことがあって……」
それでちょっと落ち込んでました。と彼が眉尻を下げながら口元だけ笑ってみせる。
「え、すごい!」
「すごい……?」
落ち込んでいるヴェントとは対照的に、私は彼を尊敬の眼差しで見上げる。
私の口から出た言葉が意外だったのか、ヴェントは眉を寄せて不思議そうに私を見ている。
「飛び抜けて若いってことはそれだけ才能に溢れてるってことだし、今の時点ですでに大将になれる実力があるのに、まだまだ伸び代があるってことだよね!」
「そ、そうかな……」
「そうだよ!それに自分より強い人が周りにいるのって幸せだと思わない?」
「幸せ……?」
「うん!あの人より強くなろうっていう目標があると常に向上心を持っていられると思うし、実際にその目標をクリアした時の達成感は他には変えられない快感だと思うの。だから私は、最強であるよりも、最弱である方が刺激的な日々を送れると思う!」
それは今の私の日々をそのまま表していた。
私が強くなろうとしている理由は、誰々より強くなるという具体的な目標と言うよりは、どうにかしてこの世界を滅ぼす未来を変えるためと言う漠然としたものではあるけれど、そのために日々頑張っている。
少しずつではあるけれど、自分の成長を感じられた時や、課せられた課題をクリアした時、新しい魔法を覚えた時などの達成感は癖になるものがある。
万が一、私が城にいる誰よりもすでに強ければ、達成感を感じる機会などないような惰性に満ちた日々を送っていたのではないかと思う。
そんな私の言葉を聞いたヴェントは、呆気にとられたような顔をしていた。
「そ、んな考え方、した事なかった……」
「はっ!偉そうにごめんなさい……」
私は前世を含めたとしても、たった31歳だ。
目の前の彼は見た目こそ子どもだが、実際は153歳という大先輩だと言うのに、私は何を偉そうに説教じみたことを……
「いや、すごく面白い考え方です!そう考えると、僕の悩みはなんて贅沢だったんだろうって今は逆に反省してます。」
「そっか、それは……」
いいことなのだろうか?
そう言いかけて、私は思い出したようにポケットに手を入れ、目的のものを探す。
「う〜ん……あ、あった!はい!これ」
私はポケットから取り出したそれを、満面の笑みでヴェントに差し出す。
「……飴?」
「そう、飴!」
ヴェントが、私の手にある飴を見て、引きつった笑みを浮かべる。
「リゼット様、さっきも言ったように僕は……」
153歳だよ、とヴェントが告げる前に、私が口を開く。
「やっぱり元気のないときは下手な言葉より、甘いものに限るよね!」
「……そうですね。」
ヴェントは諦めたようにこっそりとため息を吐くと、差し出された飴を素直に受け取った。
「何はともあれ、リゼット様から何かをいただけるなんてこの上ない幸せです。本当にありがとうございます。」
そう言ったヴェントは、私があげた飴をしっかりと握りしめ、どこかうっとりとした顔で笑った。
「へへ、少しでも元気が出たならよかった!」
そう言って私が笑ってみせると、幼さの残る彼の顔に少し赤みがさした気がした。
「す、少しどころか僕の心は晴れ渡りました!」
「流石飴ちゃん〜。やっぱり甘味の力は偉大だね!」
「僕が言ってるのはそういう意味じゃないんだけど……まぁいいや。
僭越ながら、ぜひお礼をさせてください。」
お礼?と私が聞き返す前に、ヴェントは魔力を練り始めた。
「神風の庇護」
ヴェントがそう言った瞬間、私の体を優しい風が包み込んだ。
すぐ近くに控えているアルベールが微動だにしないため、害のない魔法であるのは間違いない。
程なくして私を包んでいた風がやむと、私の手首が小さく光った。
見てみるとそこに、中華雲のような形の痣が出現した。
「これは風属性の守護の魔法です。」
私が手首を不思議そうに見ていると、ヴェントがそれに答えるように口を開いた。
「守護の魔法?」
「はい。一度だけ、命に関わるような重大な危険から風が守ってくれます。」
「ほえ〜」
風属性には、そんな使い方もあるのかと、手首に現れた痣をまじまじと見る。
「その痣は守護が発動すると消えるので安心してください。」
「そうなんだ!消えないように大事にするね。」
「あ、ありがとうございます!僕には勿体なさすぎるお言葉です!……まぁ、彼がついている限り、その魔法が発動することはないと思いますが。」
そう言いながら、ヴェントがアルベールにちらりと視線を投げた。
アルベールはいつもの無表情を携え、その言葉に反応を示すことはない。
「なので、あくまでお守りです。」
「うん!ありがとう。」
「勿体無いお言葉です。僕の方こそ、何度お礼を言っても足りないです。リゼット様、もし何か困ったことなどあれば、そのときは必ず声をかけてください。絶対に、あなたの力になって見せます。」
そう言って真剣な顔で私を見つめたヴェントの瞳は、明らかに子どもの放つ眼差しとは違って見えた。
その後、ヴェントに別れを告げた私は、修練場に戻りアルベールとの鍛錬を再開した。
ヴェントにあんな偉そうなことを言った自分が、怠けている場合ではないと自分を奮い立たせてひたすら剣を振るうのだった。




