15ねこ ご主人といっしょ
「んにゃ……!?」
MYU襲来の翌日。俺は日課であるSNS巡回の手を止めて目を丸くした。
目の前の画面には、つぶやきを連ねる例のSNS。そこには、とある人物がダイブカプセルの写真をアップロードするとともに、こう宣言していた。
『ついにねんがんのダイブカプセルをてにいれたぞ』
それに対して『ころしてでもうばいとる』というリプライが集中していたが、それはともかく。
俺にとって重要なのは、このフォロワーが前世のリア友である、ということだ。
そして現状、ダイブカプセルによってプレイできるゲームは世界にただ一つ、SWWしかない。
ということはつまり――遂に、前世の友達があの世界にやってくる、ということに他ならない。
「にゃ……にゃあああん……!」
リアルでは喋れないので、鳴き声しか出ないが。それでも俺は、嬉しさと少しの不安を抱いて笑った。
いよいよか。そう思うと、胸が高鳴って来やがるぜ。
……しかし、やっぱり一番手はこいつだったか。よかったな、VR貯金が無駄にならなくて。
「にゅー……」
問題はどう接触するかだが……こいつの性格から言って、何かしらプレイのスクショをSNSにアップしていくだろうし、そこから現在地を把握するのが無難か。
SNSでコンタクトを取るのは諦めた。考えれば考えるほど、旧アカで接触して納得させられる理由がないという結論に達せざるを得なかったのだ。いやでも、こうして機会は巡って来たし、結果オーライだよ、うむ。
ただ、今度の週末からイベントがあるんだよな。その準備のためにしばらくアカリやご主人にレベリングやら何やらで付き合うと約束しているし、しばらくは顔を合わせる機会は取れないかもしれない。
まあ、こいつがすぐにSWWを投げ出すことはないだろうから、まだ慌てるような時間じゃないか……。
……ん、新しいつぶやきが。なになに……。
『あと2週間有給取った。やりこむ!』
マジか。
いやマジか。
こいつはもう……なんというか、当たり前の話だが変わらないな。きっとこいつのゲーム好きは、死んでも治らないんだろう。俺という前例もあるし、間違いない。
とはいえ、その変わらなさには安心する。他の連中もそうだが、少なくとも面と向かったときに忌避されることはない……と思う。
「すいませーん、宅配便お持ちしましたー!」
「はーい!」
ご主人がぱたぱたと玄関へ向かう。
「ありがとうございましたー」
そのままほどなく、物品の受領は終わったらしい。ご主人が礼を言うのとほぼ時を同じくして、玄関が閉まる音が聞こえて来た。
それからご主人が、今俺のいる部屋に向かう足音が聞こえる。
足音が重いな。何か大きい、もしくは重いものが届いたのか……って、まさか!
そこまで考えて思い当たる節があった俺は、デスクから飛び降りると猫の手で必死に部屋の扉を開ける。
「お、さすがナナホシ、ナイスタイミングよ!」
するとそこには、大きな箱を両手で抱えたご主人がすぐそこにまで来ていた。
箱に書かれた商品名は、ダイブカプセル。
やはり! ということは、つまり!
「にゃあん!」
「ええそうよ、ミュウちゃんがくれたナナホシ用のダイブカプセル! これで一緒にゲームできるわね!」
「にゃーっ!!」
ご主人の笑顔と言葉に、俺は文字通り飛び上がって喜んだ。
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現実世界でおよそ一時間後。無事新ダイブカプセルのセットアップを終えた俺たちは、仮想世界にログインした。
俺が前回最後にログアウトしたのは、第三の街ミスリルのとある宿屋。ベッドの上でむくりと身体を起こして周囲を確認すると……。
「あ、ナナホシさん。こんにちは」
「おう。もしかして待ってたのか?」
「そうと言えばそうですし、そうでないと言えばそうでないですし……。ええとですね、確認したいスキルがありまして、試行錯誤をしていました」
俺の言葉に、アカリは小さく笑う。相変わらず、お嬢様然とした佇まいだ。
その出で立ちは軽装。普段装備している防具はほぼ外されており、運動をするのにちょうどいい格好、といった様子だ。
「確認したいスキルって?」
「先ほどナナホシさんがいない間に、【巫術】がレベル15になりまして。【神楽舞・序】というものを覚えたんですよ。それでうぃき? で調べてみたところ、踊りのスキルらしくて……」
「なるほど、まずは踊ってみたと」
「はい。一人でフィールドでやるのはためらわれたので……」
SWWは、基本的にどこでもスキルを発動させることができる。周囲に被害が出るようなことをした場合は超強力なNPCの皆さんが黙っていないが、そうでないならちょっとした空き時間にスキルの訓練ができるので、結構ありがたい。
アカリが新たに覚えたスキルは確か、事前に使っておくことで【ディペンディング】の効果時間を伸ばすものだったはず。
とはいえ細かい仕様は、ウィキの文章を読んでいるだけではわからないことも多い。ダンジョンなんかに挑む前に詳細を実際に確認しておくことは、正しい判断だろう。
「それにしても、今日はナナホシさんのログイン遅めでしたね。何かあったんですか?」
「それなんだが、実は我が家に二つ目のダイブカプセルが来てな。そのセットアップに時間を取られてたんだ」
「まあ、そうだったんですか。ということはもしかして……」
「ああ、今日は家人も一緒にログインしている。ミスリルモニュメントで待ち合わせだ」
MMORPGの性質上からか、このゲームの街には必ず一つは待ち合わせに使いやすい場所がある。ミスリルモニュメントはミスリルの街における待ち合わせスポットだ。
ご主人はちょうどこの街にたどり着いた、くらいのシナリオ進行度らしい。なので、待ち合わせにはそこがいいだろうと事前に話してある。
そしてご主人の見た目は胸以外いじっていないらしいので、見ればすぐわかるはずだ。
「というわけで、俺はこれから家人と合流する予定でな。アカリはどうする? 来るか?」
「私もついていっていいんでしょうか? ご迷惑ではありませんか?」
ここでそういう風に遠慮できるのは、彼女の育ちの良さが伺えるというか。
しかし気にしなくていい。既にこの件は了解済みなのだから。
「構わないよ。うちのご主人はそんなことを気にするような人じゃないから」
「ご主人……?」
「あー、ああ、まあ、うん。気にするな。ともかくそんなわけで、アカリがいいなら一緒に行こうぜ」
「ええと……では、お邪魔いたします」
「あいよ、好きなだけお邪魔してくれ」
ということで、連れ立って移動することになった。
いつも通りアカリの肩に乗って、宿を後にする。
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ミスリルモニュメントに向かう道中。アカリが思い出したように問うてきた。
「同居人の方はどういった方なのですか?」
「んー……なんというか……一言で言うと……中村加奈子」
「え……っ」
が、俺の答えに絶句して足を止めた。
ふむ、どうやら世間のことに疎い彼女でも、うちのご主人のことはさすがに知っているらしい。芸歴も長いし、それも当然か。
彼女はすぐに歩みを再開したが、信じられないといった様子で恐る恐る口を開いた。
「あのー……中村加奈子さんといいますと、あの中村加奈子さんでしょうか?」
「あいにく俺は他の中村加奈子を知らない」
「か、歌舞伎一家中村屋の……?」
「らしいね。本人は『概念が生まれた当時の事情と定まっていった歴史的経緯は理解するけど、現代で女が舞台に上がれない歌舞伎は芸事としてはクソ』みたいなこと言ってたがよ」
「ああ……中村加奈子さんですね……」
それで認識が定まるというのもどうなんだろうな?
いやまあ、確かにご主人は主義主張ははっきりさせるタイプだから、なんとなくご主人らしいなとも思うが。
「ええっと? その中村加奈子さんが家人というのは……どういうことなのでしょう? 確か彼女は、ご実家を出て一人暮らしをされていたような……」
「あー、それなんだがな……」
さてどう説明したものか……と悩んで言いよどんだときだ。
ちょうど目的地に到着し、さらにモニュメントの前で佇むご主人らしき人物を見つけたので、一旦話は置いといて声をかけようと思ったのだが……。
「……あの人、のはずなんだが……」
「あの大仰なヘルメットを被っている方ですか……?」
モンスターと戦うときには微塵も見せなかった怯えの色をにじませて、アカリが言う。
しかし無理もない。俺が示した人物が、世紀末救世主の兄みたいなフルフェイスヘルメットを被っていたのだから。
さらに言えば、そのメットの上にタイニースライムというモンスターが乗っている。あれはたぶんテイムモンスターだろうが……マスコット系のモンスターなので可愛らしい分、下のメットとのギャップが頭おかしいレベル。率直に言って、危険人物以外の何者でもない。
身体つきからして女性だとわかっても、あれに声をかける勇気のある人間はなかなかいないだろう。
実際、この辺りにそれなりの数の人はいるのにご主人(暫定)の周りには誰もいない。みんな思うことは同じなのだろう。
ただ、ご主人はMYU以上の知名度を持つ芸能人だ。そのままだときっと人垣に囲まれてしまうのだろうから、あれは必要な措置……のはず。それにしても他の道具はなかったのかと思わなくはないが……。
「ね、念のため【鑑定】するよ」
「そ、そうですね、そのほうがいいと思います」
こくこくと頷くアカリに、やはり首肯で応じながら【鑑定】を発動させる。
滞りなく判定に成功し、俺の視界に結果が表示される。
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カナ ヒューマン Lv32
称号 テイマー
守護神 天宇受売命
守護星 金牛宮
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テイマー。モンスターを仲間にして戦わせることに重きを置いた称号だ。ということはあのタイニースライムは、やはりテイムモンスターだな。
レベルなどによってはモンスターが命令を聞かない、パーティメンバーの枠を常に圧迫するなどのデメリットがあるが、モンスターは進化したり素材アイテムが定期的に手に入るなどのメリットもかなり多い。プレイヤーとしての使い勝手はさておき、人気の称号の一つだったはずだ。
ではその頭上にいるテイムモンスターは、といえば……このゲームのマスコットモンスターであり、同時に序盤で出てくる典型的な雑魚モンスター。それがあのモンスターの一般的な評価だ。
例のドラゴンなクエストの、青い雫型のアレと似たような立場のモンスターと思ってくれれば大体間違いない。
何はともあれ、確定した。あれはご主人だ。事前に聞いていた通りのステータスだ。
「……うん、間違いない。あれが俺のご主人だ」
「ええ……」
「やたらゴツいメットは、人避けだと思う。芸能人だからな。それであれを使ってるのは……まあ……効果最優先ってことじゃないかなと……」
「な、なるほど確かにてきめんですね……!」
アカリはこういうときでも素直だなぁ。いい子だよ、本当に。いい子すぎて今までナンパとかもあったが……まあそれはさておき。
「とりあえず、声かけてくるよ。少し待っててくれるか?」
「はい、わかりました」
ということで、アカリの肩から降りてご主人に近寄る。
「ご主人」
俺が声をかけると、ご主人は虚空に振り向いた。それからワンテンポ遅れて視線を地面近くまで落とすと共に、一瞬フリーズする。
……が、すぐに喜色満面を浮かべる(たぶん)と、すごい勢いで俺を抱き上げた。
「ナナホシ! ナナホシね!?」
「ああ、そうだよ。こうやって声を交わすのは初めてだな、ご主人」
「本当ね! うわあ、なんか感動ー!」
「おうふ……ご主人、その見た目でハイテンションは注目の的だぞ……」
「いやーんもー、ナナホシって結構高い声してたのね! かわいー!」
「いやこれはボイスデータベースの中の一つで……って聞いちゃいねえ」
まあ、普段からあれだけ親バカに俺を愛でてくれる人だ。こうやって会話ができる状況は、飼い主的にはたまらないものがあるのかもしれない。
彼女の気が済むのを待つことにして、とりあえずその様子を観察しよう。
この世界でのご主人は、リアルよりかなり胸を削ったアバターであらせられる。というか絶壁レベルだが、ここまでごっそり削ってあるということは、あのたわわに実る果実について何か思うところがあるのかもしれない。
他は一切変わりがない。
いや、顔はメットで見えないわけだが。たぶん雰囲気から言ってそのままだろう。芸能人なのに造形などに手を加えていないのは、自信の表れなのか単に知らなかっただけか、それとも変えたくなかったのか。
目立った武器の類は見当たらない。しかしよく見れば手には手甲が装備されているので、徒手空拳がメインウェポンなのだろう。この辺りはMYUと同じく、オンミョウジャー時代に培った経験を生かしてのチョイスだろうか。
なんて思いながら視線を泳がせていると、頭上のタイニースライムと目が合った。
「きゅっ」
鳴いた。スライムって鳴くのか。いや確かに考えて見れば、ドラゴンなクエストのやつもピキーとか鳴いていた気がするが。
まあいいや。せっかくだ、こいつも【鑑定】してみようじゃないか。ご主人のモフりタイム、まだ終わらないし……。
女性ってこういうところあるよな。俺はとりあえず適当に相槌を打ちながら、【鑑定】を発動させた。
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みずたま タイニースライム・ブルー Lv40
称号 カナの従魔
守護神 ノーデンス
守護星 双魚宮
状態 親愛
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……ウッソだろおい。初対面だぞ。いきなり親愛ってどういうこったよ。
あれか、星座相性か? 確かに俺の処女宮とこいつの双魚宮は、場合によっては相性最高だが……。
じゃなくて、レベル高くないか。ご主人より上って……もしやご主人、自分よりペットの育成に凝ってる?
「うわあっ?」
と思っていたら、みずたまというらしいタイニースライムにも飛びつかれた。そのままモフられ……いやこれ、モフられているのか? なんだかよくわからない状況だ。一応頬ずりをされているような感じではあるが……。
っていうか、ほとんど同じことするなよ。ペットは飼い主に似るって聞くが、似すぎだろう……。
「はー堪能した」
「きゅっきゅっ」
「ご主人たちが楽しそうで何よりだよ……」
しばらくしてご主人が我に返ったが、俺の精神はだいぶ削れていた。ご主人は嫌いじゃないし、美人にモフられるのはもちろん好きだが、何事にも限度というものがある。
というか、こんなリアクションをされたらアカリをごまかせないよな……今までのやつ、どう見てもペットに対するそれだし……。
「ごめんね、ちょっとやりすぎたかしら?」
「そうだな……もうちょっと加減してくれると助かるかな……」
「やっぱり? ホントごめんね、会話できるのが予想以上にテンション上がっちゃって」
「気持ちはわからなくはないから、いいけどさ」
養ってもらっている恩義もあるしな。
「ま、それはともかく……ご主人、リアルではパソコンで伝えたけど、今ちょうど俺が普段からパーティ組んでるやつと一緒に来てるんだ。紹介させてくれよ」
「うんうん、楽しみにしてたわ。紹介して?」
このパソコンでの説明で、アカリに対してどういう線引きで接しているかを説明しておけばよかったんだろうか。
いや、さっきのあのハイテンションを見るに、しても無駄だったかも……。今となっては後の祭りだが……。
ともあれ許可も下りたので、アカリを招き寄せる。彼女はおずおずと言った感じでご主人の前に出て来た。
「ご主人、この子が俺のパーティメンバー。俺の事情はある程度のことまでなら知ってる」
「あの、初めまして。いつもナナホシさんにはお世話になっています、アカリと申します」
「うわあ、また随分と可愛い子とプレイしてるのね。ナナホシも隅に置けないわね」
「可愛いなんて、そんな。私なんてまだまだ子供で……」
「あなたぐらいの歳の子供は自分のことを子供だと思ってないものだと思うけど……まあいいか。うん、ゲームの中でナナホシがお世話になってるわね。飼い主の中村加奈子よ。カナって呼んでくれていいわ」
「あの、よろしいのですか? 会って間もない私があだ名でお呼びするなんて……」
「いいのいいの。どうせプレイヤーとしての名前はカナだし。それにナナホシの恩人って言うならあだ名の一つや二つくらい、どうってことないわよ」
「……ありがとうございます。カナ……さん」
「うん、よろしく頼むわね」
どうやら、二人の顔合わせは問題なく終わったようだ。よかったよかった。これで三人で狩りに行けるかな。
「あ、そうそう。このあとミュウちゃんも合流する予定なんだけど、いいわよね?」
「そうなのか。俺はまったく構わんが……アカリはどうだ?」
「私も大丈夫ですよ。MYUさんは以前ユニオンを組んだときに色々お世話になりましたし」
「それもそうだな。……ご主人、MYUが来るまでどれくらいかかりそうだ?」
「そろそろだと思うわ。さっきまで高校時代の友達と遊びに行ってたみたいだけど」
「そうか……じゃあ、飯でも食いながら時間潰すか。この街はいい店があるんだよ」
「本当? それは楽しみね!」
「アカリもいいよな?」
「もちろんです。ご相伴に預からせていただきます」
「決まりだ。それじゃ早速行くとしよう」
かくして俺たちは、モニュメントの前をあとにしたのだった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
ご主人が仕事でいないときは一人でガンガン先に進むことになるだろうから・・・(その目は澄み切っていた