EXねこ その裏側に潜むもの
閑話です。主に設定を公開するための話なので、読まなくても本編の流れには直接影響はありません。
あと、ジャンルに反してめっちゃファンタジーしてます。その点はご注意ください。
一通りの仕事を終えたMYUは、友人との楽しい食事を済ませてから加奈子宅を辞去した。泊まっていっても構わないと言ってくれる加奈子の厚意はMYUにとって嬉しいものだったが、あいにくと彼女の仕事はまだ、完全には終わっていない。
ゲームマスターとして、折衝役として仕事をしたからには、上に報告しなければならない。そして運営の最高責任者は、顔を合わせての報告をお望みだ。
だからこそ、MYUは車を駆って夜の街に出た。向かう先は都内の某所。高層ビル群の中にあって自然豊かな特異空間となっている、関東御所の一角だ。
彼女がここに出入りしていることを知る人間は、多くない。より厳密に言えば、普通の人間で知るものはいない、という意味になるが。
「お勤めご苦労様です」
「いえいえそちらこそ〜」
顔見知りの皇宮警察と挨拶を交わし、御所の敷地に入るMYU。そしてしばらく車を走らせて、目的の庁舎へそのまま乗り入れる。
この瞬間、彼女は変わる。新進気鋭の若手女優MYUから、災厄の友にして夢魔法使いミュウへと。
「ィヤッフェーイたっだいまー!」
「おう、戻ったか。待っておったぞ」
そんなミュウを迎え入れたのは、人気のない事務所で数台のコンピュータを同時に操作していた小柄な人影。
と同時に室内の配置が誰の手を借りることもなくひとりでに変わり、人影がミュウの前にあらわとなる。
「ただいま藤子ちゃん。今日はもう一人?」
その人影に、ミュウは気さくに声をかける。不可思議な現象など見慣れていると言わんばかりに。
対する人影……藤子と呼ばれた人物も、何も気にすることなくミュウの前へ……腰かけたオフィスチェアをスライドさせて出てくる。
小柄な、というよりは幼い。二桁にかろうじて届くか、程度の幼女。それが藤子の正体だった。
そして正体は、もう一つ。この一見幼女でしかない彼女こそが、ダイブカプセルとSWWというゲームを作り上げた人物。ひいては、その運営を統括する人物である。
それだけのことをなした人間が、見た目通りの存在なはずがない。それは対面した人間ならば否応なしに理解するだろう。姿に反して、彼女がまとう雰囲気は幼さとは真反対だからだ。
「うむ、時間も時間じゃ。夜勤が来るまではわし一人じゃな」
齢を重ねた者だけが持ち得る飄々とした態度を隠すことなく、藤子はにやりと笑う。これまた、幼子にできるような顔ではなかった。
そしてその瞳は。
宇宙から見た地球さながらの美しい青だった。
「相変わらずよくやるよねぇ。それだけの能力があるのは知ってるし、慣れてるけど……やっぱり一人でVRMMOの全システムを制御するのは人間辞めてるよねぇ」
「生物学的には辞めておらんぞ? それにすべてとは言っても日本だけではないか。しかもせいぜい一時間程度でしかない。これくらいなら並みの使い手でも30年もあればできるようになろうて」
「やー、たぶん無理じゃないカナー。藤子ちゃんの基準って、普通の人なら3倍から4倍は固いからね? 普通の人は24時間365日ずーっと修行なんてできないんだってば」
「うむ、承知の上で言うた」
「……このやり取りももう何回目?」
「さあのう。10年は固いと思うが」
「だねぇ」
そう言ったミュウは、藤子と顔を付き合わせて笑いあった。
SWWを統括する藤子はミュウにとっては上司なのだが、その実二人は十年来の付き合いを持つ親友同士でもあり、また魔法の師弟でもある。彼女たちの間に壁や溝というものはなかった。
だがそうしている間にも、無数のコンピューターは操作され続けている。過剰なまでのマルチタスクは彼女たち魔法使いならば必須の技術であり、その極致の一つが藤子なのだ。
やがてひとしきり笑った二人は、表情と態度を改める。藤子がその青い瞳をぎらりと光らせ、ミュウを睥睨した。
「で、首尾は?」
「はーい。えー、問題なしであります、統括プロデューサー殿。ちゃんと受け入れてもらえましたー。……これで観察対象者……魔法使いの優先候補者は日本だけでも18人だね。……ああいや、彼の場合は匹のほうがいいのかな?」
「あの猫は中身が人間じゃから、人で問題あるまい。特記事項として猫である旨は入れるが、それだけで良い。データを見る限り、化生する兆候もまだないしな」
ミュウの言葉を受けて、藤子はにやりと笑う。いかにも悪党めいた笑みだ。
「しかし思ったよりも集まるのが早い。先ほどイギリスから15人目、エジプトから11人目、中国で20人目が確保できたと連絡があったし……世界全体で見ればこれで118人じゃ。埋もれた才覚というものはやはりあるものよな」
「へー、予想よりペース早くない? 『|秘められた世界の賢者(Secret Wisdom of the World)』計画の立案当初じゃ、半分程度の試算だったことなーい?」
「うむ、おかげで嬉しい悲鳴をあげておる。やはりやれ名家だ、貴族だと特権にあぐらをかいて後進の育成を怠っていた魔法使いが、どこの国にもいるんじゃろうな。……が、問題はその候補者の何人が実際に魔法使いになることを承諾してくれるかじゃ」
顎に手を当てて、藤子は天井を仰ぐ。
長く血筋によって独占され、世間から秘匿されてきた魔法。それは扱いが難しく、極めて影響力の大きいものだからこその処置ではあるのだが……それはもはや時代遅れだ。少なくとも、それが藤子の考えである。
とはいえ、さすがに魔法の存在をただちに明らかにできるほど、世の中は単純ではない。
だからこそ、科学と魔法を交えて二つの子供が生み出された。仮想空間を構築し、その中に限定して一般人にも魔法を解禁する。そしてその中から、才能のある人間を探し出して戦う術を叩き込むために。
それこそがダイブカプセルと、世界初のVRMMORPG「Secret Wisdom of the World」の目的であり存在意義なのだ。
もちろん、反対意見は多大にあった。各所の利権を無視し、歴史の表舞台の雄たる科学を一段飛びに……しかも強引に飛躍させ、あまつさえ一般人相手の認識を何度もいじるなど、普通の魔法使いならば許されざる大罪である。
だが、ゆうに2世紀に渡って世界を敵に回し、世界そのものから直々に”神殺し”と称えられる藤子に怖いものはなかった。罪など今更の話だし、何よりあらゆる異議を封殺するだけの圧倒的な力が彼女にはあった。
おまけに、藤子に抗しうる力を持った実力者が軒並み藤子の支持に回ったため、すべての魔法使いは災厄の魔女の提言に従う以外の道を断たれたのである。
そうして生まれた、世界中のあらゆる国家の枠を超えた仕組み。その目的はひとえに、来たる悪夢に備えるためだ――。
「いやー、まあそれはねー。いきなり『ボクと契約して魔法使いになってよ!』なんて言って信じてくれるわけないじゃん?」
「言われるままにほいほいなったお主がそれを言うのか?」
「んー、だってウチは元々オタクで、魔法には憧れてたわけだし……そもそも異世界帰還組なんだから、馴染みだってあったしさぁ」
「それはそうなんじゃが、わしの正体を知っていながら誘いを承諾した一般人は後にも先にも……」
「先はともかく後には結構いるよね?」
「まあ……」
親友の指摘に、藤子はバツが悪いとばかりに頰をかいた。
そして文字通り話題を変えるべく、新しい話を繰り出す。
「それはそうとじゃ。この週末からはいよいよイベントを始めるわけじゃが」
「うんうん、なーに?」
対するミュウは、にまにまと笑いながらも身を乗り出す。
「シナリオは無事に仕上がってきて、マップや仕掛けも先だって完成してのう。あとはテストプレイという段階なんじゃが……人手が足らんくてな。いやいるにはいるんじゃが、運営スタッフはいずれもわしの子飼いじゃろ。連中をテストプレイヤーにすると難易度が無駄に上がってしもうてなぁ」
「あー、うん……それは立案当初からの懸案だよねぇ。藤子ちゃんの友達……ウチも含めてだけど、ちょっと戦闘力が突出しすぎてるからこういうのにはてんで不向きだよね」
困った顔をしながらも、ミュウの口元はうっすらと笑っている。あえて友人を子飼いと呼ぶ、親友の心境に愛おしさを覚えてだ。
藤子もそれは察しているが、藪をつついても蛇しか出てこぬとばかりにスルーである。
「うむ……実務だけならわしとみなだけで全て回せるくらいに誰もが優秀なのじゃが」
「持ってる人には持たない人の気持ちがわかんないし、逆もまた然りだよねぇ」
「ほんにのう。……と、いうわけでわざわざ報告に来てもらったことに繋がるんじゃが。以前言っておった通り、夜勤が来て手が空いたらまた何人か魔法協会から拉致してこようと思うんじゃが」
悩むそぶりを見せながらも、なんでもないように物騒な発言をした藤子に、ミュウはにまりと笑う。
そして「朱に交われば赤くなるとはよく言ったものだよねぇ」などと、さながら他人事のように思いながら二つ返事で頷く。
「おっけー付き合うよ! 今回は誰引っ張ってこよっか?」
「いい加減、総務や経理の連中を引き摺り出そうかと思うておる。何せ邪神どもが来襲すれば、腕に関係なく魔法使いならば前線に立たざるを得んからな。今のうちに理不尽な強さに慣れさせておかねば」
「んーふふふふー、そのセリフをちゃんと協会の人に聞かせてあげればさー、みんなもうちょっと藤子ちゃんのこと見直すのにねぇ?」
「不要じゃ。わしは災厄の魔女で、世界が一丸となって戦うべき敵で、しかし邪神どもと戦うときは仕方なく手を組まざるを得ない危険極まる隣人。それで良い」
再びにまりと笑ったミュウに藤子は、今度は正面から言葉を返す。
地球と同じ姿の瞳が、まっすぐにミュウを見つめていた。
――ホント、不器用だなぁ。
いつも通りの言葉にいつも通りの感想を抱き、ミュウはにんまりと笑った。必要悪にならずとも世界を守る手段はあるだろうに、と。
同時に思う。だからこの災厄の魔女を放っておけないのだ、と。
「んふふふふー、おっけおっけ、そゆことにしといたげる」
そしてミュウは、笑いながら身を翻す。
「じゃあウチ、今夜は泊まって仮眠してくからさ。突撃するとき呼んでね」
「あいわかった。『あと5分』なぞは言わせぬぞ? その時は叩き起こす」
「もー、高校時代ならともかく今のウチはちゃんと一人で起きれるもん! もしなんだったら埋めてくれたっていいよ!」
「と言って実際に埋められたことが、さて何度あったことか。夢魔法使いの『起きられる』ほど信用ならん言葉もないわい」
「てへぺろっ☆」
茶目っ気たっぷりにウィンクしたミュウに、藤子は半目で呆れながらしっしと手を振る。
「いいから寝るならとっと寝てしまえ、小童め」
「はーい。それじゃ、おやすみね藤子ちゃん。またあとでね!」
「おう、おやすみ」
そうして部屋を出るミュウの背中を見送って、藤子は何気なく壁に目を向ける。
数字が表示されたモニターが、そこにはあった。表示されていたのは、9年と324日。
「……懸念は無用じゃ。まだ10年ある。それまでに……そうじゃな、1500人は揃えねば。さもなくば――」
――黄衣の王と生ける炎の同時復活で、この星は滅びる。
つぶやくとともに、彼女が目を向けた天井。その向こう側、空の彼方では、ヒアデスとコルヴァズが妖しげに瞬いてた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
というわけで、SWWというゲームについての設定公開と運営の思惑についてでした。以下、その補足。
実は世界規模で運用されているSWWですが、その実権を握っているのはただ一人です。その人物の肝いりで作られたこのゲームの正体は、魔法使い養成プログラム。このゲームで魔法使いとしてスキルオートモードを切ることができた人は、いずれもリアルで魔法が使えるようになっています。
その中でも特に能力が高いと目された人物が、観察対象者としてGMの目の届く範囲に留め置かれることになります。
主人公が注目されたのはどちらかというとそちらがメインで、彼が猫であることは運営側にとってはさして問題ではありません。ただしこのままゲームの中でレベルが上がっていくと、現実に反映されて妖怪や悪魔に変ずる可能性があるため、他の観察対象者と違って特記事項が付されています(本編中にそれが起こる予定は一切ありません)。
ただ、ゲームそのものはほとんど科学技術で作られています。魔法が関与するところだけに魔法の技術が使われていますが、全体で見れば補助程度。
こんなところでしょうか。
まだ明らかにできていない設定もありますが、その辺りはこの作品がそもそも一連の作品群の中の最終工程周辺に位置するからなんですよね。
ただ最初から設定を語っていくと、ハイパーボリア時代とかその辺から始めないといけないので・・・。