「歌でも歌いたいです」
時は夕方。四人の話し合いが終了する。
ラケルとヴィンセントは例え呪術師の一派と相見えることになっても、なんとか潜入作戦を成功させる意気込みだ。
元より戦おうという意思はない。ごく自然に捕虜となる様子を見せ、組織に侵入。国民と共に脱走。
アリクイが二人を現在の捕虜の駐屯地まで案内する。しばらく東へ行ったところにある砦で捕虜の取引が行われるため、そう遠くはないという。馬車で行けば明日の夕方にはもう着くそうだ。
馬車や馬の類は残っているものがいくらかあるとヴィンセントが説明する。
リリルアは一人別行動を取り龍神族の聖域へと馬で走る手はずだ。
途中、できれば近くに落ちたはずの龍を見つけられればいい。あわよくば聖域までは遠いので乗せてもらいたい。
馬だけでいけば何日かかることやら。
連絡には伝書鳩のようなものを使う。大変優秀な種で各々の魔力の痕跡を嗅ぎ分け、大陸の端から端でも特定の人間を見つけることができるという。
「はい、アリル!これが寝袋ね。あと鞍、龍に乗ることになっても使えるはずだよ。」
「あ、うん…ありがとう。」
荷物がたくさんある。アリルに旅の道具を渡され渡され、リリルアは手一杯だ。
心配してくれるのはありがたいが、どこでこんなに懐かれた…?というかラケルの方がよっぽど危ない仕事を負っている。
「あとこれも!私が小さい頃の髪の毛!寂しくなったら私のことを思い出して…」
「へ…?」
「ラケル様…!?それは私の…!」
髪の毛だ。あまり髪の束を旅に出る人間に渡す習慣というのは聞かない…軍人が死にに行くのにその妻が渡すくらいか?
受け取ったはいいが、瞬時にヴィンセントがリリルアの手から髪の束を抜き去る。
どうやらこのヴィンセントという若者、なかなかの変態。君主の幼い頃の髪を離さずに持ち歩いているとは。
やはり苦労人だったのだろう、そしてそれを労ってくれるのは君主の髪に託す思いだけ。
しかしラケルの髪の毛だ。リリルアにも分からなくはない。
「おいヴィンセント!貴様、君主の命令だぞ!」
「嫌ですこれは例えラケル様の命令であったとしても離しません!命令違反でラケル様に辱められるならほんも…」
なにか臣下としてまずい発言をしてしまう前にヴィンセントをリリルアが蹴り飛ばす。なかなか綺麗にみぞおちにヒットした。
「はいはい、それまで。私はいいよ、ないと思い出せない男みたいな腑抜けじゃないから。」
ラケルもなんとか納得してくれた。ヴィンセントは痛みを堪えながら、ラケルに馬車の中へと引きずり込まれる。
いよいよ心配になってきた。魔力のない女の子に腑抜けの従者、やる時はやる人たちだと願いたい。
最後にラケルがリリルアの方へ飛行機の詰めてある瓶を投げてよこした。
「龍神族の聖域は創造主の国、恐らく翼を直せる者も見つかる!」
帰りは飛行機でもいいわけか。万能だな、龍神族の聖域。もう皆でそこへ行っても解決するかもという気すらする。
まあ、事実気だけで現実そんなに甘くない。
最後にアリクイが荷物をまとめてやってきた。
「大丈夫?二人に殺されたりしないようにね、私が釘をさしといたけど。ていうかいい服、かっこいいじゃん。自信持って、ほら!」
リリルアがアリクイの背中を叩く。
「あ…ありがとう、これ僕が作った服なんだ。裁縫が好きで…元々この国の住民だから、家の残骸に帰ったら残ってたよ。
それに大丈夫…僕は案内したら帰るから。」
「あなた、帰る場所があるの?」
「そういえばないや。」
アリクイが微笑む。
「そう。したら、生きてたら一緒に旅をしましょ。」
まともに受け取らなかったアリクイだが、微笑んだまま馬車に入っていった。彼が馬の指揮を取るらしい。
リリルアは三人を見送ると、廃墟の国に一人となった。
日は沈み、涼しい夜の中一頭の馬と共に一人。星空の下で馬がぶるると時々鳴く、少し撫でてやった。しばらく旅を共にする仲だ。
少し、瓦礫に腰掛けて月を眺めることにした。見事な半月。
未だに自分がここにいて、一国の再興のため奮闘している実感が湧かない。時差があったとはいえ、たった一日の間に起こったできごとだ。
廃人となっていたリリルア、ラケルに会って空を飛んで、龍を落とし、ヴィンセントとアリクイに出会う。走馬灯のように一日の風景が頭の中を駆け巡る。
歌でも歌いたい。
そう思い立つと、心の中に言葉が溢れてくる。
ーーー
(魂が先なのか、肉体が先なのか、獣の匂いがしたら風のままに心のままに。
手を空にかざしてみてごらん。どうにもならない自分でしょう?
何も、何かは分からないだろうけれど、きっとやってみてごらん。)
泥まみれの瓦礫の山がそう呼びかけているのだと思う。
滅びてしまった国の中のノイズばかり聞こえる。これは月が綺麗なせいだろうか。
リリルアに特別な能力はないから、今の憧れに支えられて自分と波長の合う言葉が途切れ途切れに聞こえるばかりだ。
それすなわち太古の波長。日本人が憧れる「哀愁」というものの波長だ。
なんだか懐かしい言葉だった、うわ言のようにリリルアは復唱した。
「手を空に。残してみよう。きっとやれる、やってみせる。」
また、間をおいて。歌が聞こえたので歌ってみた。
「秋風に、敢えず散りぬる紅葉葉の
行方定めぬ我ぞ悲しき
(秋風に散る紅葉を終えた落ち葉ではないが。そのように行く当てのない私の悲しいことよ。)」
ーーー
「あ。」
我に帰ったリリルアは空を見上げた。半月だと思っていた月は、ただ雲に半分覆われていただけで満月だった。
瓦礫の山に降り注ぐ月明かりの下、リリルアはちょっと泣いた。
リリルアもこんなに月の綺麗な夜には、誰とも知れぬ記憶の奥底にいる…愛する人の温もりを思い出して泣いちゃう。
女の子なんです。
まあ何億年も前の記憶を持つ子だしネ。
そこへ帰るにはまず愛の力で自分の呪いを解き、本当の名前を見つけるんだよアリル!
ps
作者の創作意欲は月の周期に影響されます。そして風邪ひきました。しかし書きたい。