「水中汽車ノア・ノア」
「町って一体どこにあるの?」
気を取り直して、街へ行くという当初の目的を思い出し聞くNo.6。
一日中歩かなければならないとかは勘弁である。
「あらやだ。川の中に線路があるぢゃない。それに乗って水の中のトンネルを越えるのよ。それですぐ死者の繁華街サンタマリアよ。」
村を歩いていた時も低くかたんことんという音が聞こえていた。それはこの世界の汽車の音だったのか。とはいえ現世から汽車が消えてから長いので、それを間近で見られるのは興味をそそる。
汽車が来るというので川辺で待つことにした。
確かに現世の村で港があった場所に石造りの小さな駅が置かれている。駅とはいっても小さく、祭壇のような感じだ。これにもやっぱり不思議と建造物の懐かしさのようなものを感じる。この村においては全てものがとてつもなく懐かしく感じられるのだった。
パヌはNo.6とレイジに親切だった。
パヌは細い蔓の腕でNo.6をちょいと引っ張って、二人は駅の上に登っていく。
触れ合うと、覚えてはいなくてもどこか知っている女の子なのかもしれないと感じる。それは憶測より確信に近かった。
後ろからはレイジが一人で歩いてくる。
「この駅も汽車にしてもそうだけど、もしかして物も亡くなったものがくるの?」
川上の方から小さく澄んだ波紋を立てながら、線路を走っているのに水の上に浮いているように汽車がやって来るのを見て思った。
「そうなの。忘れられちゃうとここに来る子、たくさんいるワ。もっと働きたいって思ってくるから動力はいらないの。とっても便利でいい子たちよ、ものだからどこへだって行けるし、ものすごい働きっぷりだし。」
やっぱりそうかとNo.6は思う。
忘れ去られる定め。それは強大な力が手に負えないと悟られた時恩知らずの人々にすぐ捨てられてしまうものだろう。自分もポルコの下で働いていたら遅かれ早かれ捨てられていただろう。
目の前の汽車は止まってごとごとと煮立ったヤカンのように震えている。汽車という割には車両が一つで小さかった。また、忘れられているもののはずなのに新品のように綺麗である、赤やオレンジ、白で縞模様風に外側が塗られていてツヤが見える。
「そういえばチケットとか要らないの?」
「この世界にチケットなんてないのよ。あんなの人間が勝手に作ったものぢゃない、汽車に要らない動力は人間にも要らないワ。あたしたちそれが嫌だからこんな世界にいるのよ、あなただってそう。あ、でも時々乗ってると車掌さんがチケット、取りに来るの、その時はポケットを探れば出てくるから心配しないで。」
そうか、そういうルールじみたことはないのか。
それでは住んでいる人が皆懐かしそうにしているのは当然だ。この世界のことが相当気に入ってきたNo.6は、もうこの世界で暮らしてもいいんじゃないだろうかとすら考える。
パヌはさすがこの世界の神様に認められた本当の友人というやつだし楽しいかもしれない。
パヌとレイジと自分だけでずっとここに…
そんな引っ掛かりのある考えを抱えて汽車に乗り込んでいく。開いたドアの端から、「ノアノア」という汽車の名前を読むことができた。
◇
汽車の中にはNo.6らの三人だけだった。
誰が開けるともなく扉は開いたし、車掌室には窓がなく人が乗っていて汽車を操っているのかすら分からない。
汽車は村を出ると当たり前のように煙突から煙を吐き出しながら川の中へ入っていった。現世にいた時はそんなに深いとは思わなかったし、事実浅かったはずなのに汽車はぐんぐん進んでいく。汽車が沈んだのはNo.6が村で子供達と話したあたり。
全くどこを走っているのか分からなかった。ただ真っ暗というわけでもなく、生物の姿は見えないが水の中にいることは分かる。ガラス窓の細かい隙間に散りばめられて見える気泡のせいだ。ただそれだけで底のない水中を汽車は走り続けた。
No.6は驚いて自分がいったいどこにいるのか知ろうと、窓の外をしきりに眺めている。汽車の中にあるのは向かい合う形の長椅子だったから三人同じブースに座ることができた。
レイジは通路側で頬杖をつきながら眠っている。
「ところで今から行く街はどんなところなの?」
「どんな街?そうねえ、話した通り繁華街だワ。元は街がそのままこっちの世界に入ってきたもので、その時はまだ忘れられたものだけが来る場所だったのよ。
でもある日突然お姫様が住み着いたみたいよ、それでたくさんの妖怪や魔物がお姫様の色気とか匂いに連れられてここに住み着くようになったの。あとは死者も未練を持ってここへ入るけれど、結局その未練の昇華がお姫様に結びついちゃうんですって。お姫様に会えばどんなことだってできるようになるって、もっぱらの噂よ。」
どうやらこの世界の姫を中心に発展してきた街らしい。パヌは続ける。
「お姫様はそれほどまでに美しいっていうから、お姫様を見た人がいないのも見ると黄泉の国へ行ってしまうからなんですって。
でも黄泉の国からも神様は来るのよ、今回もそれでお月様が来るの。もうあたし、どこが黄泉の国でその手前なのか分からないワ。でもどうやってお姫様がここへやってきたのかはわからないの… 私たちは死んでしまったものに憧れて、死んでしまった人はそのまた死者に、最後は全ての起源であるお姫様。そうやってこの世界に入るけど、お姫様がどうしてこの世界に入れたのかは誰にもわからないの。」
もしかしたら、もっと時間が経てば誰が誰に会っても「また会えたね」って言えて、みんな黄泉の国へ行ってしまうからお姫様は一人ぼっちになっちゃうかもしれないね。
多分そんなお姫様の悲しみが神様まで引きつけてしまうんだわ、どうしたってお月様はこの世界を滅ぼして、月までお姫様を連れ去ってしまうかもしれない。
そしたらお姫様幸せかしら…
と、最後にパヌはつぶやいて説明を終えた。
現世の方も大方そんな風でできている。
ここに来ることを生まれるとしたのなら、前世の記憶は持っていないし自分がどうして生まれ落ちたかもわからない。それに人は生きていたうちの幾らかを忘れていくのだから、現世もこの世界も複雑になる。
忘れているという感覚はない、それでも聞かれれば答えられない記憶はある。どうして自分が自分の名前なのかも他人に呼ばれるからとしか言いようがない。一体誰が名付けて、名付けた人は誰に名付けられて名付け親になっていったか、分からない。
そう思えば自己とは巡り巡って誰かの光に照らされ我々の目に映る星々のようなものかもしれない。それでいて果てがない。
No.6やレイジが生きてきた世界もまた、他の世界に照らされて成り立っているのだという事実がはっきりと分かる。お姫様の生まれがどこかという問題は、世界がどこから生まれたかという質問と同じくらい難しいのだ。
◇
汽車が動くに連れて窓の外では山ほどのネオンが瞬き始めていた。
先ほどまで水の中にいたが、風景を見つめていても考え事をしていたNo.6は、どこを越えて今の風景が広がってきたのか知らない。
「トンネルの中よ、ここはとっても綺麗なの。」
独り言のようにつぶやくパヌの声を聞いてやっと、No.6は落ち着いて外の風景を眺めることができるようになった。色とりどりのネオンライトが目に映っては、一つ、一つと汽車の後方へ消え去っていく。パヌもNo.6と同じように、しかし無思慮に窓の外を見つめていた。
この一瞬に、パヌが看板でなくなっていたことに誰も気づかなかった。パヌは、目を、輝かせている。
No.6の目も窓の外の風景へと釘付けにされていく。
線路の傍の風景は綺麗だと思ったけれど、どこか脆く、ぐったりとした感じだ。こんなにも騒がしく、混み合った街の象徴であるとネオンライトを思っていたが案外に静かな場所で光るものなのかもしれない。
それで連想される街の人々の声はとっても綺麗でなめらかで…
硬い鉄のぶつかり合って、そのまま冷たいままの軋むような音とは違い温かく心の奥まで流れ込み、触れてくれるような音がする。ネオンライトから優しいハープの音が聞こえる。ネオンは世界の空気の中にいつでも存在しているはずなのに、それで気づけないから光られると人の心は困り顔だ。
その時どうしてもNo.6はパヌのことが愛おしくなって、抱きしめようと思ったけれど、振り向いて見てみてもパヌは映らなかった。
あっと驚いて、今の愛しさはこのトンネルの中にパヌと自分が、一緒にいられなくなったからだったのだと考え、涙を流した。
ネオンの音も本当に聞こえている音と混じり合うように、二つの同じ音が違う場所からやってきて重なった。




