「へたれの試練です」
「っ…!」と呻いて目をさますリリルア。彼女はラケルの無知と馬鹿なアリクイの言葉によって地下のまた地下へと落とされたのだった。
ここは大きな湖のようだ。
ところどころに暗がりでも生息できる藻が生きていてリリルアの体に絡まってくる。泳いで、地を踏みしめられる場所まで行こうと水の中を進んだ。
「ぷはっ!」と息を吸い込むリリルア。そこで自分の泳いでいる水が異臭を放っていることに気づいた、異世界における工業廃水の魔物の血の匂いだ。魔物の血は資源として兵器を動かすため有効活用される。
服が水中の瓦礫に引っかかっていたが、落とされた衝撃で目を覚ましたおかげで窒息死せずに済んだらしい。自分の服はところどころ破けている。
すぐに側にあった陸地へと上がり自分の服についた水や匂いを落とそうと努める。勢いよく手を拭くに添えて上下させてもその匂いが落ちることはなかった。
少し自分がいた北の果ての国のことを思い出す…
あそこも同じような匂いがしていた。リリルアが自暴自棄になってウィスキーばっかり飲んでいた国のことだ。
この匂いはどうしようもない、どうせ誰も見ていないのだからと服は全て脱いでしまった。
あまり膨らんでいない胸に、つらりと伝っていく痩せた腰。臀部はまるで幼子のようでそれに見合った細い足。
髪の毛についた水玉を飛ばそうと頭を震わせれば、綺麗な赤っぽい栗毛が目立った。
工業廃水の湖を上ってみると細い通路が見えところどころ燭台が灯っている。それがリリルアの裸体を幻想的に照らしていった。
どうやらラケルたちは他の場所へ落とされたらしい。ラケルとアリクイ、変な魔物に襲われていなければいいのだが。
恐らく南の国へ抜け出す通路を見つければ会うことができるだろう。
この地下道には多くの罠が仕掛けられているのだが、今は進むしかない。仲間の生死を案じていても仕方がない。
何があるかも分からない地下通路。
しかしリリルアは裸体でいてもいいという妙な安心を持って狭い通路を進んで行く。静かに足元には体から落ちる水滴が垂れていた。
しばらく行くともう一つ湖が見つかる。
どうやら明確な階段のようなものはなく、水中に活路を見つけなければならないようだ。リリルアはその湖へと自分の体を投げ出した。ゆっくりと潜って行く。
やはり汚水のような醜い匂いがしているが水中にある一つの通路をリリルアは見つけることができた。息を止めたままそこへ入って行くとまた一つの通路へ出た。
◇
その奥に大きな花の蕾を見る。
浅い水たまりの上、それは咲いていた。周りの燭台に照らされ、オレンジ色に輝くピンク色の花。
歩み寄っていってそれに触れてみると、ふわりと花弁が沈んだ。
――これは、何…?
先に見た「へたれ」の試練の一環だろうか。それとも「死の花」のように兵器の一つ。
裸になっても手放さずにいたナイフを準備したままその蕾の周りを観察していく。
するとその蕾が破裂した、リリルアのところへも無数の花びらが飛んでくる。
「これはへたれのための試練…」
破裂した蕾の中央には真っ白な人間がいた。
中性的な体をしていて性別は分からない。
どうやらこの場所は試練の一環らしい。リリルアに試練を受けるような覚えはないが、真っ白な人間の声に耳を傾けてみる。
「あれ。あなたへたれじゃない?」
「だって地図を見てきたんだもの。」
驚いたようにする真っ白な人に平然とリリルアは答えた。地図を基にして歩んできたのだから、自分がどういう試練を受けるべきかと歩んできたわけじゃない。
「えぇ…」
「はいはい、とっとと去ってくださいな。私を元の場所へ戻して。あ、ところであなたって何なの?」
確かに真っ白な人間は異形の姿で現れたとはいえ、兵器や魔物のように見えない。
「私はエルフによって作られた人間への制裁の道具…」
つまりこの地下水路に永住していて、南の国へ渡ろうという愚かな人間を追い返そうという装置なわけだ。
「私別にエルフに害をなそうとか言わないけど…」
「え、そうなの? 人間ってそういうものだと思ってた。」
「大概の人間はそうかもしれないけど、違う。エルフを救おうとする人だっている。」
この真っ白な人間は地下通路を通る人々の選別をしていたらしい。しかし悪意を持って渡ろうとしないリリルアには関係のない話だ。
一連の会話が終わるとリリルアの体をまた無数の花びらが包んでいく、どうやら真っ白な人間に地下水路を通行する許可が得られたようだ。
「人間に脅かされるエルフの民を救ってあげてね…」と聞こえた時リリルアは元の服をまとって、罠にかかる前の場所に戻っていた。
アリクイやラケルが側で眠りこけていることを起き上がって確認し、「へたれ」の試練とは心の純粋さの試練でラケルの言った通り最短ルートだったな。
と、思うリリルアである。