「拷問の意味、迫り来る自然の鉄槌」
今は早朝。
リリルアが戦闘を繰り広げるキノコの森でも、ラケルらの侵入した砦にも朝は近づいている。ゆっくりと新たな太陽は空に昇り、黎明の群青を切り裂き光を生み出していた。
その光は確かに砦の中にも差し込んでいる。ただ、ポルコ・パルコの部屋以外にだ。
牢獄の中、ラケルとヴィンセントはその光を感じる。
No.6も然り、空へと露出した渡り廊下を太陽の光の下ゆっくりと歩いていた。
ポルコの部屋の側でじっと突入する機会をうかがっているレイジにも、そう。
太陽が昇る…
その中、隔絶されたポルコ・パルコの部屋の中プラレスへの拷問が始まろうとしていた。
「さ、プラレスちゃん、そこへ座りなさいなあ。」
下卑た笑みを浮かべるポルコの前、プラレスは指定された椅子に座る。真っ赤な色を基調とする部屋の明かりが目をくらませた。下品で趣味の悪い部屋だ。
すぐにポルコはプラレスの腕と足を縄で縛り、椅子へと釘付けにする。彼女の真っ白な肌が縛られたところだけほのかな赤みを帯びている。
怯える様子も見せず、ポルコを恨むように睨みつけることもせず、そっと目を瞑るプラレス。
彼女の頬をポルコが暴力的に舐め回す。肥え過ぎた顔に太い舌。
「汗をかいてるねえ… 怯えてるんでしょ? 言ってごらん。」
プラレスは断固として表情を変えず、動くまいとする。
「ふふふ… そういう子好きだよ、僕には美味しいエルフの匂いが分かるよ。いっぱい食べてるからね。君は極上だ、売りに出せば名だたる貴族が飛びつくほどだ。」
ーー目をつむっていると痛みは増すよ、覚悟ができないからね。
そう言って沈黙を守るプラレスの膝にナイフを一本突き刺すポルコ。プラレスは未だ鈍い表情を顔に浮かべただけでものを言わない。
自分の膝に温かい液体が乗ってくるのがわかった。じんわりと体に響く痛みに、異物の入ってくる感覚。ポルコができた傷口に己の唾液を垂らし始めたのだ。
プラレスには傷口に入ってくるものが自分の血液なのか他なのかわからない。ひどく怖く、何が何だか分からなくなって目を開けて見る。
プラレスの目の前には大きなポルコの顔面があった。それは醜く歪み、乙女の目には決して敵わないもの。
「えーう…??」
ポルコが開いたプラレスの目にじっと目を合わせ、肉薄する。
恐怖に犯され、叫び声を挙げようとしたプラレスの口はすでにポルコの口によって覆われていた。ポルコの唾液は脈々と彼女の体内に入り込んでくる。その途中、もう一方の膝にナイフがゆっくり、ゆっくりと突き立てられる。
痛みを感じるべきなのか、心の叫びを感じるべきなのか分からない。
悪魔の接吻は唇に残された甘い余韻と膝の痛みによって終えられる。口内の間にとろんとした唾液の糸が渡される。
息継ぎもできないでいたプラレスはしばらく痛みと苦しみに喘ぐ。
ポルコは全力の半分くらいの力でプラレスの頬に平手打ちを食らわせた。これをきっかけにエルフの彼女の中で精神の苦しみより、肉体の苦しみが勝って体に覆いかぶさっていく。
ポルコ・パルコはサディズムの天才。
拷問相手が何に苦しんでいるのか手に取るように分かっているし、その悩みを解決することにも長けている。そしてさらに解決後襲い来る痛みの蓄積も忘れない。
溜めに溜めて解放する、異なった感覚世界の交錯。
拷問の容量は…
「肉体」そして「精神」というものの痛みと安寧。四つの世界をどういうリズムでつなぎ合わせていくかに尽きる。
彼はまがいものの呪術師であったわけだけれど拷問に関してはプロ。狂気的であっても人の心の深淵を見つめている。
肉体の苦しみに悶えるプラレスの体にポルコは強い酒を滝のようにかける。傷口は焼けるように痛み、だんだんと麻痺していく。プラレスはその奇妙な痛みの中に束の間の安寧を得る。
少し、彼女はその酒を飲む。そうしなければ生きていけないような気がしたからだ。
「君はどうして男の子に恋しちゃったのかなあ?」
「憎んでいたからです…」
「それじゃいけないよプラレスちゃん。まだ素直じゃないね。
ちっ、エルフはこれだからやめられん。」
プラレスの返答に不機嫌になったポルコは水槽を用意する。おもむろにその中へ特上のワインをありったけそそぎ込み、そこへ身動きの取れない、傷のつけられたプラレスを突っ込んだ。
これが好きなんだ、エルフの肉体をワインに漬けておいて食べるのが一番いい。と、ポルコは思っている。彼は「まったり」していると肉体の味を夢想するのだ。
確かに料理に使う肉はある程度葡萄酒に漬けていると味がまろやかになり、他の料理のアクセントを引き立ててくれる。
人の心も、料理の波長と遜色ないものかもしれない。
食欲は、性欲と同じく。また夢を見る睡眠欲とも同じく、根源的にして官能的。深い。深い。
ただポルコは拷問の途中、決して相手の答えを急くことはない。答えは自分で出すものであり人に求められたとしたら出ないものだからだ。
プラレスは葡萄酒の水槽の中、故郷を思い出していた、そして自分のよく見る夢の理想郷のことも。甘く、苦い、すなわち渋み。樹木の豊かな香りに果実の芳香。自分が無限の花畑の上に横たわっていて、母親の胎内にいるような落ち着きを感じている。
そんな幸せがプラレスの体の中に満ちていく。膝の痛みは徐々に薄れていった。
二、三分ほどしてプラレスの体から酸素が抜けきったなと判断した時、ポルコはプラレスを葡萄酒の水槽から出してやった。
彼は優しくプラレスを元いた椅子に戻し、今一度問いかける。
「君はどうして恋をしたのかなあ?」
「好きだったからです… 彼が私のことを見ると… 私は崩れ去ってしまいそうでした… 彼の手は炎、私は触れられれば死んでしまうようです…」
彼女は途切れ途切れに、自分がエルフの民だということも忘れ素直に吐き出す。
この答えにポルコは満足したようで、両の手で膝に刺さった二つのナイフをぐっと押し込む。惨たらしい叫び声が部屋に蔓延した。じんわりとプラレスの体に赤い血がにじんでいく。
部屋には掠れた音でバロック調のオルガンによる音楽が流れていた。
ーーー
扉の外に隠れていたレイジはこの部屋に入ることができなかった。
どうしても彼は彼の感覚の中、いつ入ってもプラレスを傷つけてしまうのではないかと思っていたからだ。
拷問。とは、一つのモラルを消し去って脆い一つの綱渡りをすることである。それが完全となるのなら他人がやわな感情で干渉することはできない。
彼はこの世界において結構な数の拷問を見てきたはずだったが、すべてそれは目的を持っていて完全に人の心を弄ぶことはなかった。
例えば重要な情報を聞くとか、見せしめとか。確かに美しいエルフの少女に対するカニバリズムは有名。
人々は美しく繊細で、抵抗をしないエルフの女と同化しよう。そういう欲望を強く心に抱いている。人間なら誰でも抱く感覚だ。
人の夢の女性、それがエルフの民だっただろう。
が、ポルコの拷問は純粋に楽しみの上に成り立っている。
自分の持っている考えの体系が根こそぎ崩れ去っていく。レイジは心底怯えていた。それで彼の魔力の波長は乱れる、それがNo.6の警備網に触れた。
この一瞬…
No.6はすぐにレイジの元へやってくるだろう。もしかするとポルコは今にも自室の扉を開け、レイジにも死ぬより恐ろしいことをするかもしれない。
その恐怖の波を一旦消し去ったのは一つの轟音。大きな音が砦の外からした。
レイジは逃げるようにして日の光の射す窓から顔を出すと、大きな虫の群れが砦へ向かって進行してくるのが見えた。
エルフの少女のどうにもならない叫び声。無声慟哭を察知し、駆けつけた虫の大群だ。巨大なものもおり、荒野や生い茂る森を蹴散らし砂埃を巻き上げ走り来る。
一体この砦に何が起ころうとしているのか、ここにいる人々の心はどこへ向かっていくのか。ついぞ分からない。
虫の群れがこの砦のすべてを消し去ってくれればいい… レイジはそう思った。生死を超えておぞましいものがこの砦に存在しているのだから。
彼は自然の人間に対する制裁を切に望んでいたのである。




