「恋の肖像とレイジさんの行動です」
「ヴィンセント、おい、ヴィンセント。」
ラケルは真っ暗な牢獄の中、自分の家臣に声をかける。自分の心にプラレスと話したことで大きな影が残されていたが今は立ち止まる時でない。
「あ、はい! 王女様の忠実なる家臣ヴィンセントはここに…」
きちんとラケルはヴィンセントを暗がりの中見つけることができた。そんな些細なことが今は嬉しい。
「プラレスは狂ってしまったよ…」
「私も彼女の話を聞いておりました。」
「お前はあれを恋だと言えるか?」
「それでは王女様は恋をどんなものと心得ているので?」
真剣な目でラケルを見つめるヴィンセントがいる。
「それは、だな… 皆幸せになって笑顔で楽しむ。人といる喜びを感じるのが恋ではないのか?」
「お言葉ながら、王女様… 思い上がるな。と。」
牢獄の中はカビ臭い匂いで満たされている。自分の腕が鎖で繋がれていることに大きな違和感を覚えていた、それに今になって気づく。
今、アホらしくずっと見えていた家臣が王女に反抗しようとしている。それを認めず怒り狂うほど心の狭い王女では、ラケルはなかった。
すなわちそれは。
と、きちんと聞き返すラケル。
それは純粋にヴィンセントを信頼していたというわけではなかったけれど、ラケルの心に今は希望が必要だったということ。
そして、ヴィンセントは自分を国が滅びようと待っていてくれたという信用。
つまり嫌々ながらヴィンセントの反抗に耳を傾けよう。そういう気持ちにラケルはなったということだ。
「苦しみの上にしか幸せは成り立ちません。醜さの上にしか美しさは成り立ちません。恋とは、一瞬のきらめきでなく苦しみを乗り越える。そういう人間に課された、人間が人間であるための試練だと私は思います。
人は悩み苦しみ、死に。そして一人の人間に初めてなります。
ただ、プラレス殿はレイジという男が好きなだけです。エルフはそういう民です、決して素直になりません。」
「見守れ、ということか…?」
「はい。全て運命のままに。人を傷つけたことの代償も、苦しんだことの対価も、全て運命のままに。」
幼いラケルには分からないことだらけだ。
名目上王女という肩書きを得ていても、年の功や経験にはかなわない…だろうか?
「しかし幸せでいいではないか! 何も考えずに… お前の言うことなんて戯言だ。お前は考えすぎだ。」
「そうかもしれません。でも、プラレス殿は本当に恋しているのですよ。憎しみにしてはならないものです。」
信念を持った目で見つめるヴィンセントにラケルは反論できないでいる。
ーーただ、好きなだけなんだよ。
それがどうして憎しみと言えようか。
エルフ一族の難しいところだ。憎しみと愛は紙一重、そういう深淵にプラレスは立っているのだろう。
憎しみに溺れれば帰ってこれはしない。しかしその絶壁の上、憎しみを見つめることがなければ愛を知ることはない。
そして、牢獄の中にいる人々は「牢獄」という構図の中に取り込まれているのだ。例えば海の中へ潜り込んだ時、上を見上げると無数の泡が遠い音として聞こえるように。
「ルサンチマン」という精神状態、闇に侵された心のまま言葉はこぼれ落ちていく。
ラケルとヴィンセントは黙り込み、各々考えながら牢獄の闇の中へと身を任せる。
ーーー
「さて、と… これからどうするかな。そういえばNo.6(6番)って女の子、可愛かったな。口説いてみるかな。」
これは進んで牢獄の闇の外へ出たレイジの肖像。
彼はラケルらとは違い、別の感覚の次元を行く。彼の心の中に一つの確固たる信念があった。これはリリルアの考えと似ていたかもしれない。
決して一つの場所に身を置き続けることはいけないと。
同じ時間に何かをする。同じ動作の繰り返しが価値を生む。
そういうことは良いと思えない少年の心は自由である。故に牢獄を抜け出して見せた、彼の純粋すぎる心がそれを可能にした。
魔法を使えば手錠を外すのは簡単だし、その波長を少女の張り巡らす糸と合わせれば気づかれないでいられる。
ポルコ・パルコの部屋で少女を見た時レイジは瞬時に少女の心の波長を見抜く。例え少女が一夜のうちに一国を滅ぼしたと言えども、彼女とて一人の人間。中には悲しみと喜びが存在し、その波を持っている。そのリズムに自分の魔法を合わせることは、レイジにとって造作もないことだった。
「6番」というローブで身を完全に隠した人のことを少女だと見抜いていたし、ラケルらに自分がただの農民だと言うことも厭わなかった。それがレイジという少年の才能。
レイジは砦の中、牢獄を背にして歩く中思っていた。
ーー6番は悲しいやつだ。機械的に見えても機械じゃない、人間だ。その悲しみまで癒せてやれたらいい… きっとできる、彼女もまた人なのだから。
そう、信じている。
彼はすぐにポルコ・パルコの部屋のそばまで行き身を隠す。彼が次に動くのはその部屋でプラレスへの拷問が始まった時。
自分に恋をしてくれたプラレスを救い、逃がす。ポルコ・パルコの喉を引き裂いて殺した後、6番に接近。彼女の悲しみまで癒してしまおう、友達になれればそれでいい。
彼の中でも一体何が彼をどうさせるのか分かっていなかった。
ただ悲しい人には愛を持って立ち向かう。恋をした人には報いる。それを阻む悪人には正義の制裁を。レイジは単純にそう考える。
砦の中…
プラレスをいたぶって楽しもうと思うポルコ・パルコ。
自分をひたすら隠そうとする少女、6番。
牢獄の闇に飲まれようとしているラケルとヴィンセント。
恋に恋して気狂いになってしまったプラレス。
その全てを、そつなく幸せへ導こうとするレイジ。
全ては交錯し、今複雑に動き出そうとしている。ここは荒野の真ん中、月明かりだけを頼りにする寂しい砦。
身を隠しつつ時間を過ごしていると、新しい太陽の昇る時間にプラレスが6番の少女に連れられ、ポルコ・パルコの部屋へ連れ込まれるのを見た。
6番の少女が完全に去った後、静かにレイジは扉の中へ耳をすませてみる。
ポルコ・パルコが下卑た笑い声をあげるのが聞こえる。まずは、プラレスに対する拷問の始まりだ。レイジはまだいつ、この部屋に飛び込もうかと迷っている。




