事件の終わり そして始まり
銃弾を受けたヴァンパイアが、ドロドロに溶ける。
「見た目は最悪だけど、威力は充分ね」
月島舞奈は助手に指示を出すと、溶けたヴァンパイアを回収させる。
「よう、景気はどうだい月島さん」
ヨレヨレのスーツを着た中年が立っていた。よく知っている顔だ。
「田坂さん。ええ、この新型の弾丸のおかげで楽できています」
「お嬢ちゃんは?」
お譲ちゃんというのは、舞奈がハンターになるための技術を叩き込んだ少女のことだ。たて続けにヴァンパイアを仕留めた事で、今年デビューの新人ハンターの割には知名度が高い。
先日のヴァンパイアによる連続殺人事件において、犯人のヴァンパイアを倒すも、意識不明の状態で発見された。医者の話では目立った外傷もないとのことで意識が戻るのを待つしか方法がないらしい。
ちなみに一緒に発見された助手の少年も、起きたことを報告した後に意識を失い、いまだに目覚めていない。
「相変わらずよ。もう4日経つのに……」
「そうか、ウチの連中もお嬢ちゃんに礼を言いたいとさ」
そう言って田坂さんが苦笑いを浮かべる。まあ、舞奈の担当官たちも同じだ。彼らは直接彼女に助けられているから他の担当官達よりその気持ちは強いだろう。
「たく、いつまで寝ているつもりだ、あのふたりは?」
そういいながら田坂さんの表情は穏やかだ。
「しょうがないですね。眼がさめたら私の所にも連絡が来ますし、朝になったら病院に行ってきます」
舞奈は田坂にそう言うと、少しだけ悲しげな笑みを向けた。
若い女性が闇の中を逃げている。時折、後ろを振り返るは追っ手が近くまで迫っているのを感じているせいだろう。
逃げる女性の腕を誰かが掴んだ、細い女性の手だ。追っ手は女性の腕を自分の方に引き寄せる。女性の恐怖に潤んだ瞳に写るのは……
がばっと、かけてあったシーツを跳ね除けて上半身を起こした。小刻みに震える身体を押さえつけようと自分で自分の身体を抱きしめる。がたがたと歯の根が合わない。
夢だ、夢だ、現実じゃない。自分に言い聞かせてどうにか心を落ち着ける。恐怖に潤んだ女性の瞳に写った銀髪に金色の瞳をした自分の顔……
あのときの出来事は全部覚えている。狂おしいまでの血への渇望、破壊衝動。カミラの心臓を取り出すときの感触と高揚感。
「はぁ、はぁ」
しばらくすると呼吸も落ち着き、タップを刻んでいた心臓が大人しくなる。
少し落ち着くと周りを見回す余裕が出てきた。薄暗い中浮かび上がる白い壁に天井、病院だろう。
「骨折、直ったばっかりなのに」
前回の事件で骨折してからそれほど時はたっていない。事件のたびに病院の世話になるとは情けない。
そんなことを考えている私を、突然、懐中電灯の光が照らし出す。
「葉月さん?」
女性の誰何の声。
「あ、はい」
「ちょっとそのまま待っていて!」
返事すると女性があわただしく出て行った。医者でも呼びに行ったのだろう。
私はため息をつくと、ベッドに倒れ込む。多分、どこも悪い所などない。私は確信していた。
ベッドに横たわるのは、美少年と表してもいい容姿をしている。
その部屋に、そーっとドアを開けて侵入すると様子を伺う。誰もいないようだ。
私は死んだように眠る。レイの横に立つと隠し持ってきた果物ナイフで左手の指先を浅く切った。
血液が盛り上がるのを待って、紅い雫をレイの口の中に落とす。次の瞬間、カッと目を見開いてレイが私の指にむしゃぶりつく。
私はしばらくレイの好きにさせていたが、キリがなさそうだ。
「さっさと、目を覚ませー!」
頭に拳を振り下ろすと、レイが眼をぱちくりとさせる。
「あ、秋穂」
「レイ、記憶はしっかりしている? 覚えている?」
矢継ぎ早の質問にレイは、コクコクと頷く。
「それじゃあ、聞かせて頂戴。レイの知っている事を全部」
「はぁ……」
リーフのいつもの席で、オリジナルブレンドコーヒーとシナモントーストを前にため息をつく。
病院は精密検査を受けた後、異常無しという事で、目が覚めて2日後には退院の許可がでた。レイも同様だ。
まあ、何故か異常に多かった見舞い客の大軍から解放されただけでもよしとしよう。実際、入院している間のほうが忙しかった。
考えても仕方が無いので、ぬるくなったコーヒーに手をつける。
「秋ちゃん、どうかしたの?」
この店の店員にして、店長の奥さんの秋保さんが訊ねてきた。秋保さんも私が立て続けに入院となったので心配してくれているみたいだ。退院した日に、レイと顔を出した時には大層、喜んでくれた。
「なんでもないです。ただ、田坂さんからの呼び出しなもので何かなぁ…… なんて」
嘘だ。実際にはブラドのことが何もわからないことが原因だ。レイも、ブラドのことは何もつかめていないに等しかった。分かっていることはブラドがカミラを使い私のような黄金律の身体を持つものを探していたことぐらいだ。
始祖のヴァンパイア、ブラド=ツェペシュ。ブラムストーカーの小説『ドラキュラ』のモデルになった実在した人物。
この間の人物が、そのブラドと同一人物なのかどうかは不明だが、彼が私のこの先の運命に大きな影響を与えるのは間違いない。
「そうなの? あんまり思いつめないでよ」
そう言って、シナモントーストの載った皿をひょいと取り上げる。
「今、新しいのを出すわね」
「あ、でも」
「遠慮しないの!」
「あ、ありがとう」
いつもと違う迫力に口をついて出たのは、感謝の言葉だった。私がついた嘘にも気が付いているのだろう。ごめんなさい、すべて終ってからでないと話せないの。心の中で秋保さんの背中に両手を合わせた。
「よう、嬢ちゃん。早いな」
背後に田坂さんが立っていた。
「田坂さん。30分遅刻です」
「悪かった。秋保さんブレンド」
田坂さんは、悪びれた様子も無くオーダーを入れたりしている。
「今日は、なんですか?」
「つれねぇな。報酬はがっぽり入っただろう?」
タバコに火をつけながら、そんな事を言う田坂さん。
「予定外のヴァンパイアとワーウルフの分はもらったけど、ヴァンパイア・カミラの分は最初の契約の通りだしね。ハッキリ言って赤字よ」
そう言って、プリントアウトしておいた収益表を田坂さんに見せる。
「うっ」
その収益表を見て田坂さんが絶句する。
「その他のモンスターの分を足して、どうにか黒字。……田坂さん? どうしたの?」
田坂さんはテーブルに置かれた水を手に取りあおる。
「こんなに高いのか?」
「今回は特別だけどね。ハンタースーツも壊れちゃったし、P90を4丁に、認可前の特別製の弾丸。弾丸については、先日認可が下りたから次回からは、半額くらいになると思う。ハンターが高給取りだといわれても、装備等に半分は消える」
「……」
ちょっと脅かしすぎたみたいね。
「ハンタースーツとP90本体の金額は、差し引いても良いわよ。スーツ壊したのは私のミス。P90は私が勝手に取り寄せたのだし、そのくらいの価値はあったと思う。田坂さんも佐藤さんも、怪我一つしなかったでしょ」
「面目ねぇ」
私も秋保さんにブレンドのお代わりをお願いする。
「田坂さんを、責める為に持ち出したわけではないわよ。もしかしてはじめて見た?」
「今までは、人間相手の事件を担当していたし、ハンターと組むのは2度目だ。それにハンター連中は秘密主義が多くてな」
警察のトップの考えにはあきれた。担当官の命を何だと思っているのかしら。田坂さんも佐藤さんも、モンスターに関しては本当に素人じゃない。
「プライド高いから、契約金額より経費が掛かりました。なんて、口が裂けても言わないわ。だから、現場に同行したがる担当官を嫌がる人が多いのよ。今回のように入れても銀の弾丸やナイフを捜査官に渡す人なんてほとんどいない。舞奈さんでも担当官に銀の弾丸を売っていたし…… 付いてくるのは構わないが、自分の身は自分で守れという事ね」
秋保さんが田坂さんと私のコーヒーを運んできた。
「むむむ」
「大丈夫よ。今回の事件のような事は稀だし、ワーウルフより上はきついけど、通常のモンスターなら普通の拳銃弾で通じるから、後は運じゃないかな」
田坂さんは考え込んでしまった。だが、これが現実だ。今回の事件でも担当官の全員が銀の弾丸、もしくは威力のある大口径の銃火器を持っていれば、犠牲者はもっと少なくてすんだはずだ。
「そんな話を聞いたら、言い出しづらいのだが、これを見てくれ」
田坂さんが出したのはA4サイズの紙を何枚か束ねたものだ。表題には契約書とある。
「担当官は、俺と佐藤になる。1年目のハンターと契約するなんて前代未聞らしいのだが、推薦者が多くてな、生き残った担当官達とかハンター達だ。もちろん断ってもいい」
警察との本契約書。
私は契約内容を読むと、無言で署名捺印して田坂さんに返す。
「いいのか?」
「田坂さん、そのつもりだったでしょ。それとも契約しないほうがよかったかしら」
私は当然のように答えた。
「いや、そんなことはないが…… すまん、感謝する。ハンター葉月秋穂」
田坂さんに、名前で呼ばせてやると思ったこともあるけど、実際に呼ばれてみるとなんだかくすぐったい。
「そんな、あらたまらなくても、これからもよろしく、田坂さん」
私の出した右手を田坂さんが握り返した。
まだまだ問題は山積みではあるけど、どうにかなりそうな気がしてきた。
おかげさまで第2話終了です。今回はいつもの倍のボリューム(4000文字弱)でお送りしました(笑)
最後まで読んでくれた人たちに感謝です。
そして評価感想を下さった方、誤字等の報告を下さった方には、さらに心からの感謝を。
さて第3話ですが、他の連載と放置状態の短編との兼ね合いもありますので、更新を始めるのが5月からになりそうです。
物語の時間軸はこの第2話の後になりますが、ブラドとか関係ありません。
一応3つの物語。
『リーフ』の物語
『斬』の店長の物語
『舞奈と秋穂』の師弟の物語
を予定しています。
それにしても秋穂たちの世界にもあったんだねぇ。ブラムストーカー(笑)
では、次回のお話も、よろしくお願いします。