↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『魔力ゼロの武術家 ~異世界を修練空間(トレーニングモード)で攻略する~』  作者: いなる


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

82/82

第81話 同じ疑問

 戦いが終わったからといって、すぐに腰を据えて話し合えるような状況ではなかった。


 勇者一行の魔法によって作られた巨大な土壁は半分以上が崩れ、ブロンが拳を叩き込んだ場所には深い亀裂が走っている。その間には折れた武器や砕けた岩が散乱し、人間と魔族の双方に、自力では立ち上がれない者が何人も残されていた。


 先に必要なのは、どちらが敵だったのかを改めて決めることではない。


 まだ動ける者が、動けない者を助けることだった。


「その人、起こさないでください!」


 フィナの声が飛び、倒れていた魔族の兵士を抱え起こそうとしていた男が慌てて手を止める。


「え?」


「たぶん肋骨を痛めています。無理に身体を起こさない方がいいです」


「お、おう……」


「そのままでお願いします。今行きますから」


 フィナはそれまで治療していた人間の兵士から手を離し、状態が落ち着いたことを確認してから魔族の負傷者へ駆け寄った。


 その姿を見て、近くにいた魔族たちが僅かに身構える。


 フィナもそれに気づいて足を止めた。


「……治療します」


「人間が?」


「はい」


「俺たちは魔族だぞ」


「知ってます」


 フィナは相手の警戒を理解しているのか、無理に近づかずに一度だけ倒れている男へ視線を落とした。


「でも、怪我してますよね?」


「……」


「なら治します」


 それだけ言うと、今度は止められなかったため傍らへ膝をつき、胸元へ直接触れないよう注意しながら状態を確認した。呼吸と痛みの位置を確かめてから両手を添えると、淡い光が広がり始める。


 警戒していた魔族たちはしばらくその様子を見ていたが、少なくとも害を与えるつもりがないと分かったのか、互いに顔を見合わせながら武器から手を離していった。


 少し離れた場所では、グレドが倒れている人間の兵士を抱え上げていた。


「お、おい! 何をする!」


「暴れるな。傷が開く」


「魔族に運ばれるくらいなら自分で歩ける!」


「さっきから一度も立ててないだろう」


「……」


 人間の兵士は悔しそうに口を閉じる。


「負傷者はどこへ集めてる」


「……あっちだ」


「分かった」


 グレドはそれ以上言い返さず、人間の負傷者を抱えたまま指された場所へ歩いていった。


 ほんの少し前まで殺し合っていた者同士が、今は互いの負傷者を運び、水を渡し、傷の手当てをしている。


 もちろん。


 誰も納得したわけではない。


 警戒が消えたわけでもなかった。


 人間と魔族がすれ違うたびに視線がぶつかり、負傷者へ近づく時には相手の手元を確認する者もいる。何か一つ間違えば、再び武器が抜かれてもおかしくない程度の緊張は残っていた。


 それでも。


 今は。


 誰も武器を振るわなかった。


    ◇


「……妙な光景だな」


 勇者は少し離れた場所から、その様子を眺めていた。


 手にはまだ聖剣を持っているが、すでに構えてはいない。視線の先ではフィナが魔族へ回復魔法を使い、その少し向こうでは魔族の兵士が人間へ水を渡している。


 ほんの少し前まで。


 自分たちは互いを敵としか見ていなかった。


「勇者」


 仲間の一人に呼ばれ、勇者が振り返る。


「傷は?」


「問題ない」


「ならいい」


 いつもと変わらない、短いやり取りだった。


 勇者は何度も共に戦ってきた仲間の顔を一度見てから、再び前へ向き直った。


 何度も背中を預けた。


 何度も助けられた。


 自分も何度も助けた。


 それでも、なぜか先ほどアインが口にした言葉が頭に残っている。


 ――仲間だからって全部分かるわけねえだろ。


「……」


「どうした?」


「いや。何でもない」


 勇者は小さく首を振った。


 今考えることではない。


 そう思い、聖剣を鞘へ戻そうとしたところで。


 カタッ。


「……?」


 手の中から小さな振動が伝わった。


 勇者が止まる。


 もう一度。


 聖剣が僅かに震えた。


「この反応……魔族が近くにいる」


 隣にいた仲間が、何とも言えない顔で勇者を見る。


「……いるな」


「ああ」


「かなりいる」


「……」


 勇者も周囲を見渡した。


 少し離れた場所にはブロンがいる。


 その向こうにはグレドと、眼鏡を掛けた女の魔族。


 さらに周囲には何十人もの魔族の兵士たちがいた。


 しばらく黙ったあと。


 勇者は聖剣を見る。


「……そうだった」


「疲れてるんじゃないか?」


「かもしれない」


 本人は至って真面目だった。


 そのまま何事もなかったように聖剣を鞘へ収める。


 この時。


 勇者はまだ知らなかった。


 なぜ聖剣が魔族の存在へ反応するのか。


 そして。


 その反応が。


 本来何を示すためのものなのかを。


    ◇


 負傷者の応急処置が一段落した頃、ようやく話のできる者たちが集まった。


 羅針盤からはジン、アイン、フィナ。


 人間側からは勇者と、その仲間たち。


 魔族側にはブロン、グレド、そしてジンにとってはまだ名前も知らない眼鏡の女がいる。


 完全な和解には程遠い。


 誰も武器を捨ててはいないし、少し離れた場所では人間と魔族の兵士たちが互いを警戒しながらこちらの様子を窺っている。


 それでも。


 まず話を聞く。


 今のところ、共通しているのはそれだけだった。


「で」


 ブロンが腕を組み、ジンを見る。


「説明しろ」


「何を?」


「全部だよ」


「全部って広いな」


「お前な……」


 ブロンの額に青筋が浮かびかけたところで、横にいた女が口を挟んだ。


「ブロン。話が進まないから少し黙ってて」


「あぁ?」


「何?」


「……お前、昔から俺にだけ当たり強くねえか?」


「昔からうるさいからでしょ」


「んだと?」


「ブロン様、セレク様」


 グレドが間へ入る。


 そこで初めて。


 ジンは女の名前を知った。


 セレク。


「今は喧嘩してる場合じゃないでしょう」


 二人が同時にグレドを見る。


「お前が言うな」


「あなたが言う?」


「なんでですか!?」


 思わず素の声が出た。


 一瞬だけ沈黙が落ちる。


 グレドは周囲の視線に気づき、咳払いをした。


「……失礼しました」


 それを見ていたアインが三人を順番に見る。


「仲良いな、お前ら」


「よくねえ」


「普通よ」


 ブロンとセレクがほぼ同時に答えた。


「仲良いじゃねえか」


「アインさん」


 フィナが小声で止める。


「今そこ掘らなくていいです」


「面白そうなのに」


「後にしてください」


「後ならいいのか」


 セレクが額へ手を当てる。


「……本当に話を進めましょう」


「賛成」


 ジンが頷いた。


「お前が一番原因だろうが」


 ブロンが言ったが、ジンはもう本題へ入っていた。


「ベルクが攻撃されたあと、俺たちは街の中にある古い管理施設へ入った」


 その言葉で。


 空気が変わった。


「管理施設?」


 セレクがすぐに反応する。


「ベルクの?」


「うん」


「どこにあったの?」


「街の中。地下」


「古代施設だった?」


「たぶん」


「たぶん?」


「途中から壁とか床が、森で見た遺跡と同じ感じになってた」


 セレクが僅かに身を乗り出す。


「中には?」


「黒い板みたいなのがあった」


「黒い板?」


「大きいやつ。壁とか床の光が全部そこに集まってた」


「表示は?」


「出た」


「何が?」


「いろいろ」


「いろいろじゃ分からないわよ」


 セレクの質問が急に速くなった。


 ブロンが横から見る。


「近えぞ」


「うるさい」


「ほら、やっぱ俺にだけ――」


「黙って」


「はいはい」


 ブロンは面倒そうに肩をすくめた。


 その横で、グレドが少し懐かしそうに二人を見る。


 セレクがすぐに気づく。


「何?」


「いえ」


「今笑った?」


「笑ってません」


「昔からお前、そういう時だけ黙るよな」


「ブロン様までやめてください」


「昔はもっと素直だったのにな」


「今その話いります!?」


「いらないわね」


「セレク様まで!」


「……楽しそうだな」


 勇者がぽつりと言った。


 三人が一斉にそちらを見る。


「何だよ」


「いや」


 勇者は真面目な顔のまま続けた。


「魔族の四天王というのは、もっと殺伐としているものだと思っていた」


「お前ら人間は俺らを何だと思ってんだ」


「魔族の四天王」


「そういう意味じゃねえ!」


 アインが噴き出した。


「勇者、お前ちょっと面白いな」


「……?」


 勇者には何がおかしいのか分からないらしい。


「話」


 ジンが口を挟む。


「戻していい?」


「お前が言うのかよ……」


 ブロンが疲れたように返した。


 ジンは気にせず、腰の袋から折り畳んだ紙を取り出した。


「施設に出た表示、分かるところは書いてきた」


 広げる。


 そこにはジンが急いで写した文字と、黒い板へ表示された術式の形が簡略化されて描かれていた。


 セレクの視線がすぐに紙へ落ちる。


「これは?」


「ベルクを攻撃した時に表示されたやつ」


「……見せて」


「どうぞ」


 紙を受け取った瞬間。


 セレクの空気が変わった。


 先ほどまでの軽い会話が完全に消え、紙へ描かれた術式だけを追い始める。


「……」


 線。


 円。


 接続位置。


 魔力の流れ。


 簡略化されたものとはいえ。


 見覚えがある。


「これ……」


 セレクが顔を上げた。


「あなた、これを何だと思ってるの?」


「ヴァルナの魔術式」


「名前まで分かってるの?」


「そう表示されてた」


「表示?」


「遠隔術式投射兵装《ヴァルナ》」


 その名前に。


 セレクの手が止まった。


「……遠隔術式投射兵装」


「うん」


「そのまま?」


「そのまま」


「他には?」


 ジンは思い出しながら答える。


「外部攻撃記録。脅威解析完了。術式構造照合完了。兵装識別完了」


 そこで一度区切る。


「起動方式は外部魔力供給。術者接続は不要」


「……」


 セレクの表情が変わった。


「待って」


「うん」


「術者接続、不要?」


「そう」


「本当にそう表示されてたの?」


「うん」


「ジン」


 アインが横から口を挟む。


「その話するなら、先に言うことあるだろ」


「何?」


「読めるってこと」


「ああ」


 セレクの目がジンへ向いた。


「……何が?」


「古代文字」


「……」


 数秒。


 セレクが動かなくなった。


「あなた、古代文字読めるの?」


「文章なら大体」


「……」


「全部じゃないよ。制御用っぽい記号とか識別番号は分からない」


「ちょっと待って」


 セレクが片手で額を押さえた。


「情報が増えすぎたわ」


「あとで一個ずつ聞けば?」


「誰のせいだと思ってるのよ」


「俺?」


「あなた以外に誰がいるの」


 ブロンが横から鼻を鳴らす。


「分かるぞ、それ」


「ブロンは黙ってて」


「何でだよ」


 セレクはもう相手にせず、再び紙へ視線を落とした。


 そこに描かれている魔術式は簡略化されている。それでも、発射地点で自分が解析した痕跡と一致する部分がいくつもある。


「……これ、本当にあの場所のものね」


 今度は勇者が反応した。


「分かるのか?」


「全部じゃない。でも私が発射地点で調べた魔術式の痕跡と一致する部分がある」


 セレクは紙の一部を指した。


「特にここ。この接続と展開順。私が見たものと同じ」


「なら」


 勇者が少し身を乗り出す。


「本当に兵器が魔術式を作ったということか?」


「少なくとも、その可能性はかなり高いわね」


 セレクは紙を見たまま続けた。


「私もあの場所で妙だと思ってたの。魔術式が整いすぎていて、術者の癖がほとんどなかった。誰かがその場で組んだというより、完成したものをそのまま再現したように見えた」


「ヴァルナが作ったから?」


「この記録が正しいなら、そう考えれば筋は通る」


 セレクは一度だけジンを見る。


「外部から魔力を入れて、兵器側が完成済みの魔術式を構築し、それを投射する。術者接続が不要なら、使った者自身にあの規模の魔術を扱う技量は必要ない」


「じゃあ」


 ブロンが低く言う。


「人間でも使えるのか?」


「そこまではまだ断定できない」


 セレクはすぐに否定した。


「起動権限や操作方法、必要な設備が他にあるかもしれない。でも少なくとも『あの魔術式を組める者でなければ撃てない』という前提は崩れる」


「魔族だから使える兵器、ってわけでもない?」


 フィナが尋ねる。


「今見えている情報だけなら、そうね」


 勇者が黙る。


 少し前まで。


 自分たちは大規模な魔術が使われたという理由で、魔王軍の攻撃だと判断していた。


 その結果。


 ここまで戦った。


「つまり」


 ブロンが勇者を見る。


「俺らが撃った証拠にはならねえんだな」


「そうなるわ」


 セレクが答える。


「人間側が撃った可能性は?」


 勇者が尋ねる。


「ある」


「魔族側も?」


「ある」


「……なら、どちらも犯人か」


「違う」


 セレクが即答した。


「どちらもまだ犯人だと決められないって意味」


「……」


 勇者が数秒考えた。


「ああ」


「大丈夫か、こいつ」


 ブロンが小さく言う。


「聞こえているぞ」


「聞こえるように言った」


「そうか」


「そこで納得するなよ」


 アインが顔を逸らしながら肩を震わせる。


 ジンはそのやり取りを横目に見ながら、広げられた紙へ視線を戻した。


「でも」


 その一言で。


 再び全員の注意が集まる。


「記録に、誰が使ったかはなかった」


 セレクの表情が戻る。


「ない?」


「少なくとも、俺が読めた範囲には」


「使用者の識別情報は?」


「分からない。読めない記号とか番号はあったから、その中にあるかもしれない」


「なら完全には――」


「うん。分からない」


 ジンはあっさり認めた。


「人間かもしれない。魔族かもしれないし、どっちでもないかもしれない」


 勇者が眉を寄せる。


「なら、結局まだ犯人は分からないということか」


「そうだね」


「……」


「だから調べる」


「何を?」


 ジンは勇者を見た。


 次に。


 ブロンを見る。


「誰がヴァルナを動かしたのか」


 一度言葉を切る。


「それと」


 荒れ果てた戦場へ視線を向けた。


「なんで、俺たちが戦うような形で撃ったのか」


 誰もすぐには答えなかった。


 ベルクを攻撃するだけなら。


 他にも方法はあったはずだ。


 にもかかわらず、使われたのは魔族の魔術に見える兵器だった。


 人間側は魔王軍を疑い。


 魔族側も人間を疑った。


 そして。


 実際に。


 ここで戦った。


 セレクがゆっくりと紙へ視線を落とす。


「……わざと、そう見えるようにした?」


「分からない」


 ジンは即答した。


「偶然かもしれない」


「……そうね」


「だから、まだ決めない」


 その言葉に。


 セレクが僅かに目を細めた。


 勇者も。


 ブロンも。


 何も言わない。


 誰が撃ったのか。


 なぜ撃ったのか。


 そして。


 なぜ。


 人間と魔族の双方が。


 相手の仕業だと思うような形だったのか。


 少なくとも。


 今ここにいる者たちは。


 ようやく。


 同じ疑問を持ち始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。