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物語の幕は上がらない  作者: わらびもち


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悪行が己に返る

 温かくて甘いお茶を飲み干し、カップをソーサーに乱暴に置いたシェリーはその勢いのまま目の前の男二人を睨みつけた。自分が待ち焦がれていたのは愛する恋人のレオナルドであって、彼等ではない。親しくもない男に自分の家に勝手に入られたことが不快で仕方ない。


「で? いったい何の用?」


 いかにも不快といった感情を隠すことなく問いかけると、小公爵はトマスを一瞥した後再びシェリーへと視線を戻した。


「……単刀直入に聞く。貴様がレオナルドにこれを使うように指示したのか?」


 小公爵の問いと同時にトマスは机の上へ一本の小瓶を静かに置く。

 それは見慣れない文字のラベルが貼られ、中にはどこか不気味な色の液体が入っていた。


「は……? 何これ、知らないわよ」

「ほお? これは貴様が勧めた店で購入したものだと聞いたが……なあ、トマス?」


 トマスの方に視線を向けることなく小公爵が同意を求めると、彼は抑揚のない声で「さようでございます」と答えた。そしてトマスはシェリーの方へと顔を向け、問いかけた。


「シェリー様、こちらは貴女が私に教えてくださった店で購入した()ですよ。街の外れにある粗末な外観の店で、店主だけが妙に派手な格好をしている、と特徴を細かく言ってくださいましたよね?」


 トマスの言葉にシェリーはしばらく考え込み、ふと何かを思い出したように「ああ」と声を上げた。


「思い出した! あの()()()()()()()()のことね? へえ、これってあの店で買ったんだ。店主が『何でも置いてある』って言うだけあって、こんな物も売っているのね……」


 少しも悪びれることなく言い放つシェリーを、二人はまるで異常者を見るような目を向けた。

 このような恐ろしい物を勧めておいて少しの後ろめたさもないなど、普通ではない。まるで罪の意識のないシェリーの口ぶりにトマスはわずかに口元を引きつらせる。


「……あの時は疑問にすら思いませんでしたが、どうしてただの町娘でしかない貴女があんな一般人が知らない特殊な店をご存じなのです?」

「え? だって、あの店は”ゲーム”で”課金アイテム”を買う場所だもん。”攻略対象”の好感度を上げるアイテムとか、逆に狙っていない攻略対象の好感度を下げるアイテムなんかを買える便利な場所よ。だから、もしかしたらクロエに盛る毒なんかも売っているかな、と思ったんだけど、本当にあったんだ」

「”ゲーム”? ”課金アイテム”? ”攻略対象”? なんですか、それは……」


 聞いたことのない単語が次々と出てきたことにトマスは困惑した。

 そんな彼を気に留めることもなく、シェリーはぺらぺらと気分よく話し始める。


「わたしは無課金勢だったからゲームでも利用したことはないんだけど、便利そうだから今度行ってみようかな。レオと一緒に行けばお金の心配はないし」


 一度行ってみたかったのよね、と話すシェリーに小公爵が重い溜息を吐いた。


「……貴様は気が触れているのか?」

「はあ? なに、その言い方!」

「何を言っているのかさっぱりだが……要は恋敵が憎くて仕方がない、ということなのだろう? だからレオナルドを唆してクロエ様に毒を盛ろうとした。自分が手を汚すことなく、人にやらせるなど大したものだな」

「……あんた、何言ってんの? わたしは別にクロエなんて何とも思っていないわよ」

「何とも思っていない相手に毒を盛ろうとするか? 何もかもが己より勝っているクロエ様に嫉妬しているとしか思えないが?」

「は!? レオに愛されず惨めに死んでいく女に嫉妬なんかするわけないじゃん!」


 噛み合わない話に小公爵は何とも言えない気味の悪さを感じた。目の前の女が何を話しているかは分からないが、どうにも現実と妄想の区別がついていないように思えて仕方ない。


「貴様は自分が何を言っているか分かっているのか? 平民の分際で公爵令嬢を侮辱する発言、正気とは思えない」

「え? 別に侮辱なんてしていないけど? ただ、”ゲーム”ではそうなるってだけの話」

「その”ゲーム”とはいったい何だ? 貴様は何の話をしている?」

「えー? 知りたい?」


 ニヤつきながら高圧的な態度を取り始めたシェリーへ、小公爵は冷ややかな侮蔑のまなざしを向けた。

 それを自分が優位に立てたと勘違いしたシェリーは自分の知っている乙女ゲームの話を切り出そうとしたその瞬間、急に視界がぐらりと揺れた。


「…………え?」


 姿勢を支えきれずにテーブルへ倒れ込む。その衝撃でお茶のカップがガチャンと弾かれるように床へ落ちた。


(は? え? な、なに? 力が入らない……)


 まるで全身の力が抜けたような脱力感が急に襲ってきて体を動かすことができない。そのうえ声を発することもできず、咄嗟にシェリーは視線だけでトマスに助けを求めた。

 だが、シェリーの目に映ったのはこちらを興味深そうに見つめてくるトマスの顔。この状況でやけに落ち着いている彼に思わず「なんで!?」と困惑するも声は出ない。


「……へえ、本当にその小瓶の中身は毒物だったようだな」


 ゾッとするような低い声が頭上から降ってくる。その発言にシェリーはハッと気付いた。


(小瓶の中身ですって……? まさかそれをわたしに飲ませたの……⁉)


 毒を盛られたという事実に恐怖で全身が震えた。何故そんなことをされたのか全く分からず困惑する。


「見たところ即効性はなく、徐々に体を弱らせるもののようだ。これなら対象を病死に見せることができる。暗殺に適しているな」


 小公爵の観察するような発言が耳に届くも、今の状況に困惑するシェリーは怒ることも出来ない。

 彼等に倒れたシェリーを介抱する気配は微塵も感じられず、頭上で会話が続いていく。


「効果を確認するまでとはいえ、この娘との会話は実に不快だった。言っていることは何ひとつ分からんが、お前とレオナルドがくだらない女に引っ掛かって人生を無駄にしたことだけは理解した。トマス、後の処理はしておけ。私はこれ以上この娘に時間を割く気は無い」

「はい、お任せください若様」


 コツコツと足音が部屋に響き、ドアが開く音がした。それが小公爵の退室する音だと気づいた途端、トマスがいつの間にか目の前に立っていた。


「……あんたが勧めた毒の味はどうです? こんな恐ろしい物をよくもまあカレンデュラ家のお嬢様に盛ろうとさせたものだ。お前みたいな頭のおかしい女にレオナルド様が誑かされたせいで、全て終わりですよ……。あーあ、お前さえ現れなければな……」


 憎悪の籠った表情でこちらに手を伸ばすトマスにシェリーは声にならない叫びをあげる。


(なに!? なんなの! なんでわたしが毒を盛られているのよ! それはクロエに盛るやつでしょう!? なんで……なんでわたしなの!!)


「……どーせ、『なんでわたしが?』とか言いたいんでしょう? 人に毒を盛ろうとしたくせに、自分がされるのは嫌ですか。今、どんな気持ちです? 怖いですか? 辛いですか? それは全部、お前がカレンデュラ家のお嬢様にしようとしたことですよ。俺とレオナルド様を使って、自分の手は汚さないなんて大したものだ。あーあ、こんな平民の言いなりになって人生を棒に振って、馬鹿みたいだ……」


 全てを諦めたような声で呟き、トマスはシェリーの体を担いで部屋を出て行った。

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