63.帰還
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馬車はアルトレインへ向けて街道をゆっくり進んでいた。
車輪の音。
揺れ。
時折聞こえる馬の鼻息。
学院は、もうかなり遠い。
ミハイルは窓の外を見ながら、小さく息を吐いた。
「……実感ないです」
向かい側。
俺は本を閉じる。
「何がだ」
「学院を出て、冒険者になるっていうのが」
正確にはまだ学生だ。
だが、生活は大きく変わる。
授業中心だった毎日が、現場中心になる。
危険も増える。
失敗すれば死ぬ。
「怖いか?」
短い問い。
ミハイルは少し考えた。
「……怖いです」
正直に答える。
「でも、戻りたいとも思わないんです」
俺は特に驚かなかった。
「そういう時期だ」
「先生もですか?」
「俺はもっと酷かった」
即答だった。
ミハイルは少しだけ笑う。
それを見て、俺は窓の外へ視線を戻した。
「勘違いするな」
「現場に出れば強くなれるわけじゃない」
「死ぬ時は死ぬ」
「……はい」
「だから生き残る方法を覚えろ」
一拍。
「強くなるのは、その後でいい」
ミハイルは静かに頷いた。
しばらく沈黙が続く。
やがてミハイルが小さく口を開いた。
「先生」
「なんだ」
「先生って、なんで冒険者になったんですか?」
俺は少しだけ考える。
「実験に都合が良かった」
「……はい?」
「現場には未知が多い」
「知らない生物」
「知らない現象」
「知らない魔法」
「研究材料には困らん」
淡々とした答えだった。
ミハイルは苦笑する。
「先生らしいですね」
「そうか?」
「はい」
その返答に、俺は小さく目を細めた。
数時間後。
馬車は大きな街へ到着した。
石造りの建物。
行き交う冒険者たち。
武器屋。
露店。
騒がしい空気。
学院都市とはまた違う雰囲気の街だった。
「降りるぞ」
俺が立ち上がる。
ミハイルは荷物を抱えて馬車を降りた。
冒険者らしき人間だけでもかなりいる。
鎧姿。
ローブ姿。
獣人。
傷だらけの男。
学院では見なかった人種が大量にいた。
「まずギルドだ」
俺は慣れた様子で歩き出す。
ミハイルは慌てて後を追った。
冒険者ギルド。
大きな扉を開いた瞬間、熱気が押し寄せた。
酒の匂い。
笑い声。
依頼書を貼る音。
一瞬だけミハイルが圧倒される。
そして。
「……おい」
「マジか」
「帰ってきやがった」
空気が少し変わった。
周囲の視線が、一斉に俺へ集まる。
俺は気にした様子もなく受付へ向かった。
「冒険者登録だ」
受付嬢がミハイルを見る。
「新規登録ですね?」
「は、はい」
説明を受ける。
名前と年齢の確認。
それと得意分野。
そして、小さな金属プレートが手渡された。
「これで登録完了です」
冒険者証。
ミハイルはそれをじっと見る。
少しだけ実感が湧いた。
(本当に冒険者になったんだ……)
「次、宿だ。宿舎を用意してくれ」
一方その頃。
ギルド内の酒場からその様子を眺める人物がいた。
ヴェルナだった。
「……帰ってきたのか」
小さく呟く。
そして、その隣にいる少年を見る。
「今度は子供拾ってるし」
深いため息。
嫌そうな顔。
だが、どこか慣れている。
「また街が騒がしくなるな……」
ソロモンは、静かにしている方が珍しい。
あったときからそうだった。
問題を起こすつもりがなくても、勝手に騒ぎになる。
俺は酒場のカウンターに寄りかかった。
「……まぁ」
一拍。
「少し退屈しなくなるか」
呆れ半分。
そして少しだけ楽しそうに。
遠くの二人を眺めていた。
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