表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/11

第7話:引っ越しライバル

 季節は春。一般社会人にとっては節目となる大切な時期だが、無職二人には関係ない。

 今日も今日とてふたりで造花を作り続けていた。


 カチャ、カチャ、カチャ。

 六畳一間のアパートに、プラスチックの造花を組み立てる音が響く。


「……千本達成」


「よし。今日はここまでだ」


 俺たちは顔を見合わせて頷いた。

 今日の稼ぎは千円。

 もやしと、半額の鶏胸肉が買える。

 地味だが、誰にも脅かされない穏やかな日々。

 俺はこの生活を愛し始めていた。


『よいしょ……! うぅ、重い……!』


 ドスン! ガタガタ!

 隣の部屋から、何か重い荷物を運ぶような音と、若い女性の声が聞こえてきた。


「……うるさい」


 彼女が不機嫌そうにカッターナイフを握りしめた。


「隣、空室だったはず……誰か来たの?」


「引っ越しだろうな。四月だし、学生アパートは人の出入りが激しい」


 このアパートは壁が薄い。

 隣人の生活音は筒抜けだ。

 これまでは空室だったから助かっていたが、住人が入るとなると厄介だ。

 俺たちの監禁だとかの会話が聞かれたら、通報されかねない。


『あー! 足の小指ぶつけた! いったぁー!』


 ドタバタと暴れる音。

 ……随分と騒がしい住人だ。

 しかも、この声。どこかで聞き覚えがあるような……。


 ピンポーン。

 不意に、玄関のチャイムが鳴った。


「!」


 彼女が瞬時に反応した。

 二人きりの時間を邪魔されたことで、気が立っているのだろうか。


「……居留守を使わない?」


「覗き穴から見たら、引っ越しの挨拶っぽいぞ。タオル持ってる」


「……じゃあ私が出るから、ゆっくりしてて」


 俺は慌てて彼女を止めた。

 この女に他人を対応させてはいけない。

 ハンバーガー屋の二の舞だ。


「俺が出る。お前は奥に隠れてろ」


「……嫌だ。女の気配がする」


「挨拶だけだ。すぐ終わる」


 俺は渋る彼女をリビングに座らせたまま、一人で玄関に向かった。

 万が一にもすずめが攻撃できないように、チェーンを買えてドアを開く。


「はい」


「あ、すいません! 隣に越してきた者ですが……!」


 ドアの隙間から、茶髪のセミロングヘアが覗いた。

 大きめのパーカーを着た、小柄な女性。

 彼女は俺の顔を見た瞬間、目を丸くした。


「え……?」


 俺もまた、固まった。

 その顔に、見覚えがありすぎたからだ。


「……嘘。……にーちゃん?」


 彼女が、懐かしいあだ名を呼んだ。

 にーちゃん。

 俺のことをそう呼ぶ人間は、この世に一人しかいない。


「……リナ?」


「やっぱり! にーちゃんだ! うわぁーっ!」


 ガチャガチャ!

 彼女、春日井リナは、歓声を上げながらチェーンのついたドアをこじ開けようとした。


「すごーい! まさかこんな所で会えるなんて! 生きてたんだ!」


「ちょ、静かにしろ!」


「探したんだよー! 急にいなくなったから! おばさんも心配してたし!」


 リナは俺の幼馴染だ。

 実家が隣同士で、小さい頃はよく遊んであげていた。

 当時は鼻水を垂らした小学生だったが、数年見ないうちに、随分と……垢抜けたというか、女子大生らしくなっていた。


「ねえねえ、開けてよ! 話したいこといっぱいあるの!」


「いや、今はちょっと……」


 まずい。

 非常にまずい。

 俺は今、失踪中の身であり、社会的信用ゼロの無職であり、何よりヤンデレに監禁されている最中だ。

 もし女の子と俺が親しげに話している様子をすずめに知られたら、何をしでかすかわかったものではない。


「にーちゃん、彼女とかいるの? 一人暮らし?」


「……いやぁ……まあ」


 その時だった。

 背後から、凍えるような冷気が漂ってきた。


「……ずいぶん楽しそうだね」


 ヒュッ。

 俺の背中に、何かが当てられた。

 冷たくて、硬い感触。

 造花用のハサミの刃だ。


 リナが息を呑んだ。

 ドアの隙間から見える俺の背後に、ゆらりと影が立っていた。

 その瞳はハイライトが消え失せ、深淵のような闇を湛えている。


「……誰? その人」


「へ? あ、えっと……」


 彼女は、ドアの隙間からこちらを睨みつける彼女の顔をと俺の顔を交互に見て、やがて合点がいった用に頷いた。


「……あ、もしかして、奥さん?」


 答えあぐねていたところに、ありがたい助け舟だ。

 俺はそれに全力で乗りかかることにした。


「そ、そうだ! 妻だ!」


 すずめの殺気が、一瞬だけ揺らいだ。

 その隙に俺は畳み掛けた。


「……えっ」


 すずめがビクッと肩を揺らした。


「俺たちは……駆け落ちしたんだ!」


「駆け落ち!?」


 リナが目を丸くする。


「ああ。親には猛反対された。だが、俺はどうしてもこいつと一緒にいたかった。だから、会社も辞めて、親にも内緒でこうして身を潜めているんだ……! だから、親には絶対に言わないでくれ!」


 我ながら完璧な嘘だ。これで親に言えない理由が成立する!

 チラリとすずめを見ると、彼女は頬を真っ赤に染め、両手で口元を覆ってワナワナと震えていた。完全にデレている。


「……私と、駆け落ち……。……あなた、そんなに私のことを……」


「そう、だから親にバレたら引き離されてしまう! 頼む、リナ!」


「えぇー……でもぉ……」


 不満げに唇を尖らせるリナに、俺は必死に畳み掛けた。


「今日の昼飯はごちそうするから! な!? だから黙っててくれ!」


「えっ、ご飯!? にーちゃんが作ってくれるの!? やったー!」


 食い意地の張った幼馴染は、あっさりと陥落した。チョロい。


「じゃあ上がれよ。狭いけど」


 リナを部屋に招き入れた瞬間、背後の空気が凍りついた。

 振り返ると、すずめが能面のような表情でリナをガン見している。


「お、おいすずめ、お客さんだぞ。挨拶……」


「…………」


 すずめは一切声を出さず、ゆっくりと顔を背けた。完全なる無視である。


「あはは……こいつ、極度の人見知りでさ。照れてるだけなんだ」


「えー? めっちゃ睨まれてた気がするんだけど……」


「気のせい気のせい! ほら座って! 今すぐ極上のランチを振る舞ってやるから!」


 俺はリナを段ボールのテーブルにつかせ、台所へ向かった。

 数分後。テーブルの上に、本日ディナーが並んでいた。


「はいお待ち。もやし炒めと、米。以上だ」


「…………」


 リナの笑顔が、スローモーションで凍りついていく。


「にーちゃん……? 他には……?」


「ないぞ。今日は豚肉が特売だったからな。肉が100グラムも入ったご馳走だ」


「ご、ごちそう……? これが……?」


「水はいるか?」


 俺は自分の分のコップに水道水を注ぎながら、リナに尋ねた。


「あー……。自分はペットボトルの水飲み切りたいから大丈夫……」


 リナはもやしと水道水を交互に見つめ、それから部屋の中をぐるりと見回した。

 家具なし。テレビなし。段ボールのテーブル。壁際に積み上げられた造花の山。


「……にーちゃんたち、駆け落ちして……こんな生活を……?」


 リナは鼻をすすりながら、もやし炒めを口に運んだ。

 そして、味の薄さに二度泣きするのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ