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第6話:違法なキノコ

 内職の造花作りと、もやし中心の食生活。

 それが俺たちの日常になりつつあったある日のこと。


「……あなた。これ買ってきた」


 買い出しから帰ってきたすずめがもやしの袋と一緒に差し出したのは、ホームセンターの袋だった。

 中身は『おうちで簡単・しいたけ栽培キット』。


「……お前、そんな金あったのか?」


「……造花のお金から、千五百円だけ」


 千五百円。俺たちの稼ぎからすれば大金だ。

 だが、もやし炒め生活にしいたけが加わるとしたら、生活の質は劇的に改善するだろう。


「……まあいいか。水かけるだけでキノコが生えてくるなら、食費は浮くかもしれんしな」


「……うん。任せて。あなたのために、私、立派なキノコにする」


 そうして、さっそく押し入れでのしいたけ栽培がスタートしたのである。


***


「……おおきく、おおきくなぁれ……あの人の、血となり肉となるために……」

「……お水あげるからね。あの人のために、美味しくなってね……ふふっ……」


 怖い。

 暗闘の中で、シュッシュッと霧吹きをかけながら、すずめが菌床に向かってボソボソと話しかけているのだ。

 もはや呪いの儀式にしか見えない。あんな念のこもった言葉を浴びせられて育つキノコ、食べたらお腹を壊すんじゃないのか。


 だが、俺の心配に反して、すずめのの水やりは絶大な効果をもたらした。

 わずか一週間ほどで、菌床からは信じられないほどの量のしいたけが、それもスーパーで売っているものより遥かに肉厚で巨大なものが、文字通り爆発的に生えてきたのである。


 植物に愛の言葉をささやき続けるとよく育つというが、その愛の対象は別に俺でもいいらしい。


「すげえ……! なんだこれ、完全に元が取れてるぞ!」


「……えへへ。あなたのために、頑張ってもらったの」


 その日の夕食は、もやし炒めに大量のしいたけが加わった。

 久しぶりに感じる、もやし以外の確かな歯ごたえ。芳醇なキノコの香り。

 口の中いっぱいに広がる旨味に、俺は思わず涙ぐみそうになった。


「うまいっ! もやしだけの世界に、この旨味! 最高だ!」


「……よかった。あなたが笑ってくれた……私、嬉しい……」


 味を占めた俺たちは、利益をすべて栽培キットの再投資に回した。

 二個、三個と増えていく菌床。当然、押し入れだけでは足りなくなり、やがて部屋の一角、そして部屋全体へと菌床が侵食し始めた。


 キノコの育成には適度な温度と湿度、そして直射日光を避ける環境が必要だ。

 俺の指示のもと、すずめは窓という窓に黒いゴミ袋を貼り付けて目張りをし、外部からの光を完全に遮断した。

 湿気がこもってカビが生えるのを防ぐため、換気扇は二十四時間フル稼働。

 さらに、キノコの成長を促進するため紫色の植物用LEDライトを大量に取り付けた。


 昼間なのに真っ暗な部屋。

 そこで妖しく光る、毒々しい紫色の無数のライト。

 湿気を帯びた空気と、部屋中に充満するむせ返るようなキノコの匂い。


 俺たちのワンルームは、完全にサイバーパンク・キノコ工場へと変貌を遂げていた。


 そしてなんと、月の売上は二十万円に迫ろうという勢いだ。

 造花の内職が馬鹿馬鹿しくなる金額だ。


「これ、マジで食っていけるんじゃないか……?」


「……うん。あなたと二人、ずっとこの部屋で……ずっと、ずっと……」


 二人の食卓にはもやしとしいたけだけでなく、当たり前のように肉やサラダが並ぶようになっていた。

 今までの貧乏生活からは考えられない、あまりにも豪華な日々。


 そんなある日の夜。

 造花の納品とスーパーでの買い出しを兼ねて、俺たちは久しぶりに外に出た。

 買い物袋を二人で持ち、すずめと並んで夜道を歩く。


「風が気持ちいいな。キノコの匂いがしない空気がこんなに爽やかだったとは」


「……うん。あなたと一緒の夜のお散歩、幸せ……」


 買い物を終え、のんびりとアパートに向かっていた時だった。


「……なあ、すずめ。今日やけにパトカー多くないか?」


「……? 言われてみれば……」


 さっきから交差点に一台、住宅街の入口にもう一台。偶然にしては多い。

 嫌な予感を抱えたまま角を曲がると、そこには俺達のアパートがある。


 我がボロアパートの前に、赤色灯を回したパトカーが二台止まっていた。

 近所のおばちゃんたちが遠巻きに集まり、ヒソヒソと井戸端会議をしている。


 俺はすずめの袖を引いて立ち止まり、少し離れた位置から自分たちの部屋を見上げた。


 黒いゴミ袋で完全に目張りされた窓。

 その隙間から漏れ出す、不気味で妖しい紫色のLEDライトの光。

 そして、フル稼働している換気扇の排気口から、かすかに漂ってくる、甘ったるいような独特の湿った匂い。


「…………」


「……あなた? どうしたの……?」


「……完っ全に大麻栽培じゃねえか!!」


 客観的に。冷静に。どこからどう見ても、違法な植物を育てているアジトのソレだった。

 すずめは俺が指差す方向を見上げ、数秒の沈黙の後、全身を硬直させた。


「……捕まる……? あなたと、離れ離れ……?」


「落ち着け。中身はしいたけだぞ。堂々としてりゃいいんだよ」


「……そっか。しいたけだもんね……」


「そうだ。職務質問されたって、菌床見せりゃ一発で——」


 そこまで言いかけて、俺の思考が急停止した。


 待てよ……。


 職務質問。

 身元確認。

 名前。住所。


 俺は、会社を辞めて姿を消した行方不明者だ。

 そして隣にいるこの女は、その行方不明者を自宅に監禁している誘拐犯だ。


「…………」


 キノコの件は問題ない。しいたけです、で済む。

 だが、それはあくまで大麻栽培の疑いが晴れるだけの話だ。

 警察が身分証の提示を求めてきたら? 免許証の住所と現住所が違ったら? 「ところでお仕事は?」と聞かれたら?

 しいたけどころの騒ぎじゃない。


「……あなた? 顔色、悪い……」


「すずめ、さっきの撤回だ。全然堂々としてちゃダメだった」


「……え?」


「考えてみろ。キノコは合法だけど、よく考えたらお前、誘拐犯じゃん。キノコじゃなくてお前が違法」


 すずめの顔から、サァッと血の気が引いた。


「……嫌っ……! あなたと離れるなんて……」


「おい! 冷静になれ! さっさと片付けるぞ、今すぐ!」


 俺たちは裏路地に回り込み、死角からこっそりと自室に帰還した。


 そこからは修羅場だった。

 窓の目張りを全て引き剥がし、菌床は家中の暗所入る量だけを残して後は廃棄。

 紫のLEDライトのコンセントをぶち抜いて段ボールに放り込む。

 仕上げに、買ったばかりのファブリーズを親の仇のように部屋中に乱れ撃ち。


「ハァッ……ハァッ……よし、これでなんとか……普通の部屋に見える……はずだ……」

「……あなた……私、あなたと離れたくないよ……!」


 すずめが泣きながら俺にしがみついてくる。俺も心臓がバクバク言っている。

 こいつが捕まったら、社会に無職のおっさんとして放り出されるんだ! 最後まで養ってもらえないと困る!


 その日は、いつ警察が来るかと怯えながら、二人でベッドの中で震えて夜を明かした。


 ***


 しかし。

 翌日になっても、翌々日になっても、警察は来なかった。

 どうやらあのパトカーは、ウチではなく隣の棟の騒音トラブルで来ていただけだったらしい。


 仕方がないとは言え月二十万の売上は幻と消えた。

 押し入れに収まる分だけの小規模栽培に逆戻りし、フリマで細々と売るのが限界だ。


 まさか合法なキノコを栽培していたのに、警察に怯えることになるとは思わなかったな……。

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