86 一難去ってまた一難
「………」
もちろん確実にそうだと決まったわけじゃない。ただの推理にすぎないけど、現時点で、これはかなり納得のいく結論だ。
…そういうものを、俺何十粒も飲んだの?
ゴクリと、生唾を飲み込む。
…それは……。
…まぁ。
…正直どうでもいいか。飲んだもんは仕方ないし。…錠剤のことも、もう俺には関係の無い話だしな。これから俺はリア・エイレーンと二度と会うことは無いだろうから。
当初の予定ではリア・エイレーンは一人でキセルの実家に向かう予定だった。それが俺と彼女の二人で向かうことになったのは、単純にボスがリア・エイレーンの命を狙っていたからだ。そのボスはもう死んだし、クライルも死んだ。もう俺に彼女についていく理由はない。
…連絡手段も無いから、そもそも合流も割と困難だし。
リア・エイレーンはスマホを持っていたのだが、SIMカードが無いため電話が使えない。連絡に使えるアプリも、足がついてボスに見つかると危険だから俺の端末に入れられなかった。
…キセルの実家に行けば会えるかもしれないが…まぁ、わざわざそんなことしてもな…。
俺みたいな汚れた人間が、普通の生活に戻ろうとしてる彼女に会っても足を引っ張るだけだろう。
「ま、とりあえず帰るか」
近づいてもおっかないので狼が群がっている方から踵を返して家に帰ろうとした。その時、左目の奥にジーンとした痛みが走る。
「いっ…た…」
焼けるような痛みだ。思わずうずくまって片手で左目を抑えるが、抑えたその手もまた、焼けるように痛い。
…なんだこれ…。
錠剤を過剰に摂取した反動だろうか。思い当たる節はそれくらいしかない。
…ナイフを強く握ってたのと…あとボスのことを集中して見てたからか…?それで、何らかの力が左目と左手に集中して負荷がかかったとか…。
とりあえず痛みが収まるのを待つと、幸いにも数秒経てば痛みはなくなった。ぎゅっとつぶっていた両目を開いて、さぁ帰ろうと思った時に…違和感。視界がおかしくい。
変な感覚だった。見えているのはいつも通りの景色なはずなのに、何かがちょっと違う。なぜか気持ち悪い。あと視界が狭―――
「…え、失明した?」
試しに右目を手で覆って視界をふさぐ。開けているはずの左目には何も見えなかった。あるのはただ、どこまでも続く漆黒だけ。
「…は、ま、まじか…」
反射的に、見えなくなって左目を瞼の上から触った。その時にまた、違和感を覚える。
「手も…おかしくね…?」
左手の、顔を触る感じがいつもと違う。触ってるはずなのに自分の顔を触っている感覚が無い。
「左手も…イカれた…?」
試しに両手を握ったり開いたりしようとしたが、左手はピクリともしなかった。
「片目、片手の神経が壊れたのか…?…よくわからない…けど」
目の前に持って来た左手がだらんと垂れ下がる。
「……利き手…が…使い物にならなくなった」
一応手首は捻ったりできるが、もうこちらの手で物を握ることはできない。
「…え、どうすんだよこれ…」
唯一使える方の右手もボスからの攻撃を防いだせいで使いものにならな…
…あれ、でもさっき両手握った時握れてたな。
バッと急いで右手を見る。開いていたはずの穴は塞がっており、指も問題なく動いた。
「こっちは回復してんの…?なんで?」
理由はよくわからないが、僥倖。両手が使えないという最悪は回避できた。
「はぁ…それでも辛いけどな。…これからどう生活すればいいんだよ俺…」
…いやでも、まぁ…いけるか。てか早く帰って寝たい。
ようやく立ち直り、再び帰路につく。暗い夜道を少しふらつきながら歩いた。
…明日からどうしようかな。
思考に余裕ができて、ふと浮かんだのは未来のこと。
…とりあえず自首か。いっぱい殺したし。あ~あ、これから刑務所暮らしかよ。…いや、これだけ殺してたら死刑かな?
先行きは思いやられる。でも清々しい気分だ。ボスがいなくなったおかげで、俺はこれ以上人を殺さなくていいんだから。
…なんかスキップがしたいな。解放感がやばい。ただ、今スキップしたら転びそうだよな…やめとくか。
泣く泣く断念したスキップの代わりに鼻歌を歌いながら進んでいると、しばらくして家に着いた。
「鍵鍵…あーくそ、左手使えねぇのか」
ズボンの左ポケットに右手を突っ込んで中をまさぐる。少し手間取りながら鍵を取り出して引き戸を開けた。
玄関に上がると中は真っ暗で、どこか物寂しさを覚えた。その気持ちを振り払うように、ずかずかとリビングに向かい電気をつける。少しでいいからご飯を食べようと冷蔵庫のある方を向いた時。
「…お、おかえり」
リア・エイレーンの部屋から、馴染みのある声が聞こえた。反射的に声がした方を向いて、愕然とする。
黒い髪に、赤い瞳を持つ少女…リア・エイレーンが、その部屋の前にいたのだ。
「な……」
なんで…?そう言いかけて思い出す。
*****
―――…自分がやるべきことはわかるな?」
「…おじいちゃんの家を目指して、もし途中で『何かあったらシンの家に戻る』」
「完璧。それのロックは339になってる。…覚えたら駅に向かって走れ」―――
*****
「何があった!?」
リア・エイレーンの元へ急いで近づく。すると彼女は自分のスマホをこちらに向けた。
「…その…指名手配されちゃった」
………え、し、しめ、指名手配!?
「はぁ~~~~!!??」
二章終わりです。面白いと思ったらブックマークや、★の評価をいただけると励みになります




