59 胸中
◆◆ボスの仕事部屋 クライル◆◆
―――シンが独断専行した!?」
「おお。やっぱり驚くよね」
「あ、すいません……」
いつもの打ち合わせ中。柄にもなく、大声を出してしまった。
「でも心配しなくていいよ。後処理はなんとかなったし、標的もちゃんと始末できてる」
「…それは、よかったです。しかし…」
「うん、気持ちはわかるよ。これはちょっと危ない。私もシンに厳しく言っておいた」
「…!そうですか」
…流石にか。ボスがシンに甘いとはいえ、独断先行は許さないよな。
「…その、ちょっと聞いてもいいですか」
「なんだい?」
「シンの処遇はどうするつもりですか」
これは今までの失敗とは訳が違う。組織のルールを無視したんだ。しばらく仕事させないのは当然として、その間監視をつけるのが妥当だろう。となると、監視役を務めるのは―――
「当面仕事は禁止にして、その間は後処理の勉強をさせようと思ってるかな。一人で後処理できるようになったら、また仕事してもらう予定」
は?
「か、監視とかつけないんですか…?」
「どっちでもいいけど、今は別にいらないかな。特に怪しい様子も無いし」
「…ッ!!」
それだけ…!?勝手な行動して、組織に迷惑かけたやつの処罰が…その程度って…!!
「失礼を承知で言わせてもらいますが…!…適当過ぎないですか、その処分は…!」
「あ~…確かにそうかもしれないけど、今のシンはすごく調子がいいからなぁ…。ここで引き締めて、逆に壊れちゃったりしたらもったいない。それにようはさ、問題は後処理なんだよ。後処理さえできるようになれば、もうシンがどれだけ勝手にやっても―――」
「そういう問題じゃないですよ!!」
しまった、と思った。ボスの言葉を遮るなんて礼儀を欠いているにもほどがある。だが、もう止まれなかった。
「仕事を成功させるためにできる限りを尽くす、それって当たり前のことじゃないですか!!あいつは、シンはそれを無下にしたんですよ!?実行役があいつで、後処理が俺、そういう役割分担をしていたのに、あいつは未熟なくせして全部勝手にやった!!…しばらく張り込むからスタンバってなくてもいいって、あいつ俺に言ったのに!!」
「………」
「必要なんですよ!!やっちゃいけないことやったやつには、罰が!!なのに…どうして……」
ボスは何も言わない。怒る様子も無ければ、悲しむ様子も無い。微かな反応すらないものだから、言わないように努めてきた言葉が、出てしまったのかもしれない。
「ボスは…シンに甘すぎる……」
もう、目線を合わせることはできなかった。下を向いて、きっと叱られるだろうなと思いながら、ボスの言葉を待った。
「…ごめんね、クライル」
「……え」
肩にそっと手を置かれながら、ボスにかけられたのは想定外の言葉。一瞬思考が止まって、呆然と…してしまった。
「………あ、いや、こちらこそ…すいません」
「いやいや、クライルは悪くないよ。私が少しクライルを信用しすぎた。君だってまだ子供なのにね」
「………」
「仕事もできて、頭もいい。あまりにも頼もしいものだからさ、ついつい、クライルならわかってくれるだろうと私が甘えてしまったんだ」
「…そ、そうですか」
「…ふふ。本当に立派になったよね。何年前だったか…君をスラムで拾ってから、もう見違えたよ。今では私の一番信頼するパートナーだ」
「…い、いや、そんな…」
「でもね…君ではシンを越えられない」
「……え」
なんで、急に、またそいつの話に…。
「厳密に言うなら、君と私ではシンを越えられないんだ」
「どうして…そんなこと…」
「言っておかないと、と思ってね。私が、シンを特別扱いする理由をちゃんと教えるために」
「り、理由…?」
「そう、シンが特別な理由」
「……なんですか…それって」
「…彼にはね、気配が無いんだ」
………気配が、無い。
「そ、それだけですか…?」
「う~ん…それだけと言えば、それだけかもしれない」
「気配が無いだけで、特別扱いなんですか…?気配を無くすなんて、ボスでも、俺でもできるんじゃ……」
「無理だよ」
ボスが、はっきりと言い放った。
「気配を無くすのは無理だ。私たちがやっているのは、気配を無くすのではなく隠すこと。足運び、呼吸、心音、それらの技術を磨くことで、気配を隠しているだけにすぎない」
「でも、それで十分なのでは…?ボスも俺も、今まで多くの暗殺をこなしてきたじゃないですか」
「確かに十分だよ。普通の人間相手ではね。ただ、隠した気配すら見つける化け物がこの世界にはいる」
「化け…物…」
「魔法使いだ」
「……!」
「彼らに対しては、どれだけ気配を隠しても無意味。程度に差はあれど、接近すればすぐに気配を察知される。…だから、私やクライルでは、魔法使いの暗殺は難しいんだ。できないとまでは言わないけど」
「………」
「でもシンは違う。そもそもの気配すら持たない彼は、魔法使いの暗殺において圧倒的に有利だ。それで、私はシンを特別扱いしている」
「…そう…ですか。…確かに、魔法使いを殺せる暗殺者は…貴重ですもんね」
「うん。それにね…私の夢なんだ。魔法使いを殺せる暗殺者を育てることは。数十年前に、師匠と約束した夢」
ボスの…師匠…か。グラトアニアにいるんだっけ。
「だから、しばらくシンの特別扱いには目をつぶっていて欲しい。期待してるのはシンだけど、信頼しているのはクライルだ。それは変わらないから」
「わかりました」
まだ、心には少しモヤモヤとしたものが残っていた。多分、シンの処遇に俺はまだ納得できていないんだろう。でも、以前よりは体がだいぶ軽くなったような気がした。




