44 証と短刀
◆◆クライル◆◆
―――頼んでた仕事は順調みたいだね。クライルは情報収集がうまいから頼りになるよ」
「いえ、ボスに比べればまだまだです」
タワーマンションの一室、モニターの画面だけが怪しく光る薄暗い部屋の中でボスと向き合う。
「私が認めているんだから謙遜しなくてもいいのに。そうだ、クライルは今日シンと組手をやったんだよね。どうだった?」
「…ど、どうと言われても…その、いつも通りというか…」
「うん?ダメ出しとかしたんじゃないの?今回は何が駄目だった」
「あ、えっと…いつも通りフィジカルですね。技術に関しては…及第点だったと思いますが」
「あらら、まだ改善しないんだ。…これ以上鍛えても体が大きくなりすぎるし…困ったな」
う~ん、と唸るボスを伺いながら、決心をした。
「あの、ボス。一つ聞きたいことがあるのですが」
「…?どうしたの」
「なぜ、シンにナイフの古代遺物を持たせているんですか」
「ああ、そのことか。あれ、言ってなかったっけ?」
…言ってない。
「シンは力が弱いから、私やクライルとは違って通常の刃物での暗殺が苦手なんだ。苦手というより、ほぼ不可能と言ってもいい。シンに急所をうまく狙える能力があるなら話は変わってくるけど、そんなの一年程度じゃ身に着かない。だから古代遺物を持たせてる」
「…得物なら、他のを使わせればいいのでは?…毒でも、銃でも」
「いやいや、最初はナイフじゃないと駄目だよ。暗殺の全てが詰まってる」
「……でも…だからといってあのナイフを渡すのは…万が一、失くしたらどうするんですか」
「もう一本あるから平気じゃない?」
「……」
「あ、別にクライルから取ろうって言うんじゃないよ。私のを出すから」
「…そうですか」
「そんなに心配しなくてもいいよ。シンは人の気配に敏感だ。ナイフを取られるようなヘマはしないさ」
「…わかりました。すいません、こんなこと聞いて」
「うん。納得できたならよかった。じゃあ、もう帰っていいよ」
「はい」
一礼してからその場を去り廊下へと出る。いつも通り平常心で歩くように心がけた。
だが…今日は無理だ。
…2年だぞ…俺は2年。この道で生きると決めて、血反吐吐きながら1年訓練して、更に1年仕事こなしてようやくあのナイフを受け取ったんだ。
それを…未熟で、大した覚悟も持ってないようなアイツが…たった1年訓練しただけで……。
ふざけるな……!!
◆◆4週間後 メイ◆◆
「だ、誰か!!助け―――」
ザシュ、という水を含んだ鈍い音が闇夜に響いたあと、若い男性の叫び声が途切れる。
「…やっちゃった…!!」
初仕事をこなしてから約1か月後。2度目の仕事の最中にミスを犯した。
ターゲットに叫び声をあげさせてしまったのだ。
まずい…!!声を聞きつけて誰か来るかもしれない!早く隠れないと!!いや、隠れるよりここから離れた方がいいか!?
…違う…!本当にやばいのはアレだ!!ボスに何度も言われたあのルール!!もし暗殺の決定的な現場を目撃された場合、目撃者は速やかに排除しなければならないという原則!!!
もし今のを見たやつがいたら、そいつだけは確実に殺さないといけない…!!
確実に混乱に陥っている脳で集中する。研ぎ澄ますのは五感、今重要なのは人の気配を逃さないこと…!
離れていく足音、近づく足音は…ない。
呼吸音もない。
人影も…ない。
「…ギリギリセーフか」
物陰に隠れながら、小さく呟く。額の汗を拭ってから俺はその場から離脱した。




