二十話 ツーリングに行こう6
二十話 ツーリングに行こう6
「ほら、ここが噂の化け地蔵だ 僕が若い時に来て気に入った場所だから君たちにも見せたかったんだ 」
月夜が自慢気にいうその場所は、観光地より少し奥に入った山の中、観光地の喧騒から離れ、木々が生い茂りしーんと静まり返った薄暗い中に苔むした地蔵がずらっと一列に並んでいる。化け地蔵というネーミングに相応しい雰囲気の場所だった。
「なんで、化け地蔵って云うんですか? 」
睦美が疑問に月夜が答える。それは、人によってお地蔵様の数が違う事と、行きと帰りではまたお地蔵様の数が違うんだよと得意げに言って、さあみんなで数えてみようと続けた。
「へえ、面白そうじゃん 」
寅之助が真っ先に数を数え始める。トビと忍も数え始めたが、睦美は動こうとしない。
「睦美さん、どうしたの? 」
月夜が問うと、数が違うって数え間違えただけじゃないですか、べ、別に怖いわけじゃないですから、そういって睦美は動こうとしなかったが、せっかくだからと月夜に促され仕方なさそうに数えだす。
「どうだった? 」
月夜の号令でみんなが自分が数えたお地蔵様の数を言い出した。
「俺は、行きが71で帰りが75だった 」
「僕は、行きが80で帰りが78でした 」
忍は、先にチーフが言ってくださいと、月夜に順番を譲る。月夜は、僕は69の63だと答えると、忍は驚いたように、私もチーフと同じですと答えるが、全員が絶対に嘘だと見抜いていた。
「この化け地蔵は見ての通り、頭がなかったり倒れていたり他のお地蔵様と重なっていたりと、きれいに並んでいる訳ではないからね 人によって数えたり数えなかったりして数が合わなくなるんだよ だから、数が多い人は注意深くて、少ない人は大雑把といえるね 」
へえ、それじゃやっぱりトビくんは注意深いんですねと皆納得する。そういえば睦美はいくつだったんだ?と寅之助が睦美に振ると、13と小さな声で答える。
「行きも帰りも13だった 」
全員が睦美の答えに驚愕する。パッと見ただけでも、4,50は並んでいるのが分かるお地蔵様を睦美は13と言い張る。
「私には13しか見えなかったの 」
睦美の主張に、もしや何か怪しい力が働いたのかもと怖くなってきた一同は、じゃあ次に行こうかと、早々に化け地蔵を後にした。
月夜たちが立ち去った後に一人の人物が現れた。そして、シーンと静まり返った中に佇む苔むした地蔵を眺める。
「あの娘、面白い眼をもっているな 真実の眼”トゥルーアイ”か…… 」
静かに呟いた人物は、風に紛れるように姿を消した。
* * * * *
再びバイクで走り出した月夜たちは、上りと下りで別々の道になる峠道に突入し忍が飛び出して行く。そして、最初のカーブで倒したバイクの内側にスッと腰を落としカーブを曲がっていく。
「忍ちゃん、かっけえ 」
「なにあれ、バイクから落ちないの? 」
寅之助が驚嘆するが、睦美は驚愕する。
「あれはハングオフと云って、バイクでカーブを曲がるときの高等テクニックさ 忍ちゃんのバイクみたいなスポーツタイプのバイク乗りには、ああいう乗り方する人多いぞ 」
「ふーん あんたはやらないの? 」
「俺やトビくんのバイクは、こういう道には不向きだからな ゆっくり景色でも見ながら走るさ 」
睦美は、よく分からなかったが少しずつ山を登ってくるにつれ周りの空気が変わってきた事に気づき感激していた。バイクだと、こういう事に気付くんだ。寅之助がバイクに夢中なのも分かり、また寅之助にぎゅっと抱きついた。
順調に峠道を登っていく月夜のインカムに忍の声が入ってきた。
「どうやら、特に私たちを狙っている訳ではないようですね 」
「そうだな すぐにでも仕掛けてくるのかと思ったが、思い過ごしか 」
月夜と忍は、高速道路で発見した死体を救急隊に連絡していた。駆けつけた救急隊員が改めて社内の男たちを確認したが死亡しているのは間違いなかった。警察も呼ばれ、月夜と忍も聴取されたが、路肩に停まっている車の様子がおかしかったのでバイクを停めて確認してみたという説明で納得してくれた。二人とも名刺を渡し解放されたが、あまりにタイミングよく殺されている男たちに、サイレンスの影を感じないではいられなかった。
快調に峠道を登っていく忍のガンマの調子が悪くなってきた。バルブのない2サイクルエンジンは気圧の変化に弱く、たちまち月夜のGSXに追い付かれる。
「忍くん 残念だな キャブのセッティングしないと寅之助くんたちにも追い付かれるぞ 」
「これはハンデですよ、チーフ 」
忍は強がって、ガンマのアクセルを無理矢理開けギアを一段落とし加速し月夜を引き離していく。そして、右のヘアピンカーブを曲がったところで外側に転倒しているバイクを見つけた。忍は路肩にバイクを停め、急いで転倒したライダーに駆け寄る。どうやら転倒したバイクに足を挟まれ動けないようだ。そこへ、追い付いた月夜もバイクを停め救助に加わる。
「大丈夫ですか? 」
忍が声をかけ、月夜が倒れているバイクを起こし挟まれた足を抜き、忍が引きずり出した。
「ありがとうございます つい調子に乗って飛ばし過ぎました 」
「お怪我は? バイクは傷ついたようですけど走れそうですよ 」
HONDACBX400。いいバイクだった。助け出されたライダーがフルフェイスのヘルメットを脱ぐと、まだ若い女性だった。華奢な体つきからそうかなと思っていた二人は別に驚きもせず、足や腕の具合を心配する。
「あの、お礼をしたいのでお二人のお名前を聞かせてもらっていいですか 」
「お礼は結構ですが、僕はこういう者です 」
月夜が名刺を差し出し、忍も続いて女性に名刺を渡す。
「あっ、そうだ 私も名刺持ってました まだ社会人になったばかりで…… すいません 」
そう言いながら女性はウエストバックをごそごそと探り、名刺入れを取り出し月夜と忍に一枚ずつ手渡す。
「風魔伊織といいます よろしくお願いします 」
伊織は二人に明るい笑顔を向けるとCBXに跨りヘルメット被り走り出していった。
「どう思います 」
「まだ、わからないな でもバイク好きに悪い奴はいないと思うが 」
「そうですよね あんないいバイクに乗っている人だから 」
月夜と忍が手にした名刺には”株式会社サイレンス 営業係 風魔伊織”とはっきりと印字されていた。




