渤海湖事件
聖女の仕事と言うのは退屈極まりない。
国の至る所から、やれ病気やケガだと押し掛けてくる。
それを手のひらをかざして治癒するのだ。
何が面倒くさいかというと、私の魔力無限大の力なら簡単に治癒させることができるのだが、それだと私の力がばれてしまう。
いくら聖女だからといって、大けがで命も絶え絶えの人間を数秒で治してしまったら、もはや神のレベルである。
病気もそうだ。何十年も不治の病を一撃で治すわけにはいかない。だから、少しずつ、加減して治していくのだ。
屋根から落ちて頭蓋骨やら腕の骨やら、足の骨を折った男はまず内臓出血の止血。次に痛みを取り、その次は骨の修復と半年もかけて治した。
少しずつとはいっても、すでに人間の領域ではないから、治癒を受けた人間の私への崇拝ぶりはすさまじい。
高熱でもはや命は明日までと言われた子供を抱えてきた母親は、私が手をかざし、熱を少しだけ下げただけで涙を流した。
戦場で重傷を負った騎士は、私の治癒魔法で戦えるまでに回復すると、国王であるアンドレではなく、私の仕える騎士にしてくれと土下座して頼んで来た。
最初は気分良かったが、あまりにも数が多く、毎日、何十人、何百人と相手をしないといけないので、さすがに疲れてきた。
よって、聖女様は疲労しているので、1日に10人までと制限を加えるようにした。
そんな私に比べて、友達のジータはすごい。
彼女は治癒魔法などは一切使えない凡人なのであるが、以前、アンドレのアドバイスで投資した黒真珠会社の株で大きな利益をあげたのであるが、それを一切、孤児院や病院建設にあてたのだ。
そこに町で貧乏な暮らしで生活に困っている女性を教育し、看護師や教師にして病人や身寄りのない子供たちの世話をしているのだ。
ジータ自身も手伝いにいくから、いつぞやか私と共に王国2大聖女様などと言われ始めた。
私もジータも10歳になったばかりの少女に過ぎないが、国の中では絶大な人気を誇るようになったのだ。
「ショパン王国国王、アンドレ・カッシーニは、ここに宣言する。ミコト、ジータの両名を正式に我が『側室』とする」
ある時、国王アンドレが国会の冒頭でこんな宣言をしやがった。
国会とはアンドレが設定した国のあらゆる階級の代表を集めた会議で、地域ごとに選挙で選ばれた代議士によって構成される。
代議士の数は50人。貴族特権階級が20人で平民階級が30人という構成だ。
その会議の冒頭での発言だ。
ちなみにアンドレは11歳になったばかりの少年王だ。側室に任命された私とジータは10歳。おままごと夫婦の誕生である。
代議士の連中はおままごとだと内心は思っていても、国王と国民に人気絶大の聖女2人に関することであるから、まじめに聞いている。
そしてアンドレの話が終わると、『これはめでたい!』『国王陛下万歳!』などと口々叫んで祝福する。
(こいつら、馬鹿か!)
と私は思うが、アンドレを国王に担ぎ上げた大人どもは、したたかなアンドレにしてやられていることに気づいていない。
(あの野郎、自分の権威のために私とジータを利用しやがって……)
アンドレの狙いは一目瞭然だ。
神から与えられた力をもつとされる聖女の私と、慈悲の心で自然と国民から聖女と崇められつつあるジータを自分の側に取り込んで、自分の人気を不動にすることだ。
(しかもアンドレの奴がずる賢いのは、私もジータも『側室』というところ)
どちらかを正室にするのではなく、側室なのだ。これは正室の座を空けることで、諸国の婚姻外交の余地を残すための駆け引きだと分かっているが、なんだかもやもやする。
(ち、違うわ!)
私は心の中で否定する。
(あんな奴の正室になりたくはないわ!)
もやもやは側室であるということではないと思いたい。
アンドレの奴は私とジータを側室にする宣言した後も、ハーレムに入り浸入り、女の子たちと遊んでいるのだ。
(あの女たらしのクズ国王め!)
それでもアンドレにはいいところもある。
アンリエッタのことだ。
結局、ヨークやランカスターのスパイは後宮にはいなかった。アンリエッタは教会の罠にはめられただけで、それを察知していたと思われるアンドレに逆利用されたのだ。
事件はアンドレの目論見どおり収まり、彼女は用済みとなった。
私の意見でアンリエッタは後宮から実家へ帰ることになった。アンリエッタの父は、クーデタ騒ぎで没落したものの、元は有能な官吏であったから、私の口利きで国会の事務局務めとなり、なんとか体面を保てる暮らしができている。
これならアンリエッタも自分の好きな人との恋がかなうだろう。
(まあ、あいつもいいところがないわけじゃないけど……)
国会の中央席で座っている少年王を見る。
11歳の少年ながら、なかなか気品のある顔立ちである。
大人はみんなあの顔に騙されている。
不覚にも私も時折、騙されそうになる。
(が、奴の心は真っ黒だ!)
国会の傍聴席に座っている私。
聖女だからと言ってもいつもは国会には呼ばれないのであるが、今回はなぜか呼ばれた。
きっとアンドレの側室宣言のためだと思っていたが、同じ立場になるジータが呼ばれていないことに気が付くのが遅かった。
「第3議案。渤海湖に出没する水龍の討伐について」
議長が議案の審議を始める。
「東部、渤海湖で水龍が現れ、周辺の村に被害が起きている。詳しくは、東部地区代表のローレンス代議員説明を」
「はい」
ローレンス代議員は年齢は50過ぎ。白髪交じりの髪の毛にくたびれた風貌。年齢だけでなく、地元の水龍騒ぎの対応で憔悴しているのであろう。
そのくたびれたおっさんは、水龍が現れた経緯と被害状況を説明した。水龍が起こす水害のせいで、すでに3つの村が潰され、5000人もの人々が避難生活を意義なくされているという。
「それでは水龍討伐に歩兵1個中隊を派遣しよう」
アンドレはそう提案した。1個中隊とは人数にして150名ほどである。しかも歩兵だ。村を次々と潰してしまうほどの力をもつ水龍に十分な戦力ではない。
「国王陛下、たった1個中隊では無理です。すでに近隣の駐屯部隊が戦っていますが、壊滅状態となりました。駐屯軍は500名を超えていました」
そうローレンスは額から出る汗をハンカチで拭い、国王に懇願する。他の議員も派兵には賛成で、せめて1個大隊は送れとか、弓兵や砲兵を付けるべきだとか意見を言う。
「まあ、待て」
議員たちの意見を聞いたアンドレは右手を上げて、これ以上の意見を言わないように合図した。
「兵力が少ないのは分かっている。派遣軍だけでは水龍は倒せないだろう」
そうアンドレは言う。言っておくが、この偉そうに40,50代中心の国会で意見しているこの王は若干11歳の子供である。
「それでは国王陛下はなぜ1個中隊などと……」
ローレンス議員がたまらず尋ねるがアンドレはちらりと私の方を見た。
(あああああっ……)
アンドレが言わんとすることが分かった。
「聖女たる我が妃。ミコトを隊長とする。聖女が行けばその水龍とやらも害獣ではない」
「ち、ちょっと……、アンドレ……国王陛下!」
オブザーバーで発言権がない私であるが、これを上げて反対しようとしたが、その声をかき消すように議員のおっさん共が立ち上がり、興奮したように立ち上がる。
「そうか、そういうことでしたら……」
「聖女様が行かれれば問題ない」
「水龍などあっという間に屈服しましょうぞ!」
先ほどまで戦力が少ないと息巻いていた議員のおっさんどもは、みんな丸め込まれた。1個中隊の兵士では無理なのに、たった10歳の私が付いて行くならば余裕とか言うのだ。
(聖女ってどれだけ無敵認定されているんだよ!)
「じゃあ、ミコちゃん、よろしく!」
そう言ってアンドレが合図を送る。オブザーバーの私は口出しできない。
パクパク……。声にならない声を出しつつ、椅子にへたり込む私。
全員一致で渤海湖への1個中隊及び聖女の派遣が決定されたのであった。




