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聖女の反撃

「く、苦しい……」


 水の中に飛び込んだ私。池は深さが2m近くあるところもあり、足に付けられた20kgの重りのせいで一直線に池の底まで到達した。

 ジータは泣き叫び、アンドレは罰が悪そうに眼をそらしたのが視界に入った最後の記憶。ミコト9歳。魔女の疑いをかけられて水くぐりの秤の刑で死す……。


(そんなわけありませ~ん)


 この魔力無限大の最強の傾国の美女が死ぬはずがありません。

 私はすぐさま、魔法を発動した。虎吉から教えてもらった『死んだふり』の魔法である。通常、魔法は魔紙に魔筆と魔墨で記すことで発動するが、魔獣が使う魔法は頭の中で『魔字』を思い浮かべることで発動する。

 このやり方の発動の場合は大量の魔力を消耗するから、通常の人間はほぼ不可能。せいぜい、精神に影響を及ぼす程度の魔法しか発動できない。

 しかし、魔獣をはるかに凌駕する無限大の魔力をもつ私なら可能である。しかも、発動した魔法は肉体の時間を停滞させる状態変化の魔法。


『死んだふり』とは、自分の肉体全体の時間をゆっくりと動かす魔法だ。通常の1000分1にする。つまり、水の中に入って30分経っても私の肉体には、2秒弱ほどしか時間が経過しない。

 その間は寝たふりしていれば、死んだように見える。呼吸を10秒間止めておくだけで、1万秒息をしていない状態を維持できる。脈拍もそうだ。1000秒に1回しか脈を打たないから、死亡認定されるのは間違いがない。

 ロープをきつく縛ったので、私の体は浮いてこない。よって魔女の疑いは晴れたことになる。バルトロメアはどちらでもよかったようで、30分も様子を見た挙句、完全に私が死んだことを見計らって引き上げるように僧兵たちに命じた。

 30分も水の中に沈んで生きているわけがない。魔女の疑いは晴れたが尊い命は失われた。


(はい、わけがないで~す)


 もちろん、全力で死んだふりを続行中の私。息も止めているし、脈も打っていない。私の周りは1000分の1秒しか経過しないのだから、そういうことになる。


「完全に死んでおります」


 宮廷医師がそうバルトロメアに報告する。満足そうに頷く異端審問官の女。こいつの目的は証拠隠滅のために私を殺すことだから、目的を達して満足そうだ。あとはアンリエッタであるが、こちらも難癖つけて葬ることは楽だ。


「ミコちゃん!」


 泣きながらジータが私の冷たくなった体に取り付いてきた。一応、アンドレも心配そうに近寄ってくる。

 人間死んだ時に評価されると言うが、本当に心配してくれるのはジータだけ。アンドレの奴は肝心なところで私を見捨てやがった。


「ミコちゃん……そろそろいいんじゃない?」


 アンドレがそっと私の耳元で囁いた。ジータが大声で泣いているから、誰もその行為に気が付かない。


(こ、こいつ、私の目論見知ってやがった)

 薄目を開けると片眼をばっちりとつむって合図を送っている。

(ちっ……途中から急に心配しなくなったのはそういうことか)


 アンドレが私がただの幼女でないことをどうやら知ったらしい。どこまで知っているのかは分からないが、少なくとも私が魔神を凌駕する力を持っていることは知ってはいないだろうが。

 アンドレが合図しなくてもこちらは予定通りの演出をする。私の体がパーっと光り始める。虎吉に命じてやらせたライトニングの魔法の弱いバージョン。少しビリビリするが稲光で体が光る。

 電気で光るネオンみたいな感じだ。そしてこっそり発動させる『フライ』の魔法。これは豆蔵に持たせておいた魔紙の巻物を開放させた。

 私の体が寝たまま宙浮く。周りのみんなが驚い固まる。バルトロメアもマリアーナも驚いて動けない。


『皆の者、ひれ伏せ!』

 隠れて虎吉が響く声で人語を話す。


「神からの宣告である。ミコトを聖女と認定する」


 そう虎吉は厳かに告げた。魔獣であるが声色を使うと神々しく聞こえる。


「聖女サマ!」


 すかさず僧兵に化けた豆蔵が土下座をする。これが絶妙なタイミング。周りの僧兵も土下座したから、みんな土下座をしなくてはいけない空気になった。


「ああ、聖女様。この国の救世主。まさか僕の寵姫が聖女様だったなんて」


 アンドレの奴、のりのりでそんな台詞をはきやがった。この空気に便乗しつつ、自分の立場もよくする考えに違いない。

 聖女様が自分の寵姫と宣言することは、『聖女は俺のもの』と言っていることである。聖女は神から遣わされた尊とき存在。戦いで旗頭になれる存在である。


 国王としては手駒にしたいに違いない。


 但し、先ほどから寵姫とか言っている国王は、11歳の少年王。肝心の寵姫認定された私も若干9歳。あと4か月で10歳になるけど小学校4年生である。


(本当は18歳の高校生ですけどね)

「ば、馬鹿な……聖女なんてありえない」


 勢いで土下座をしてしまったバルトロメア。よくよく考えれば、神より選ばれし聖女を殺そうとしたことになる。

 私はそっと目を開けた。そしてゆっくりと口を開く。


「神よりのお告げ。皆さんに届きましたか?」

「ははーっ」


 私の言葉にバルトロメアとマリアーナ以外はひれ伏す。


「馬鹿な、神なんかじゃない。こいつは邪悪な悪魔だ。皆の者、悪魔の声を聞いてはならぬ」

 バルトロメアはそう叫ぶ。このまま、私が聖女となると非常にまずい立場になることは間違いがないのだ。


「私が悪魔の手先と言うのですか?」


 私は威厳があるようにゆっくりと話す。異端審問官の断罪の言葉に驚く様子もない。この余裕が私とバルトロメアの差となって見ているものの心に訴えかける。

 要するに魔女裁判など言ったもん勝ち、信じさせたもの勝ちなのである。神の権威をもっともらしく信じさせ、思いこませた方が勝つのだ。


「聖女を悪魔の手先などと言う者こそ、悪魔の手先でしょう。ミコトはこの悪魔の手先に殺されました。そう水くぐりの秤で私の潔白は証明されたことは、ここにいる皆さんが証人です」

「そ、それは……」


 バルトロメアは言葉に詰まる。魔女裁判においては、いかに周りの人間に訴えかけ、信じさせることで成立する。少しでも疑義があれば、熱狂は冷め、狂信的な魔女への排斥の心は冷めていく。

 水くぐりの秤で無罪と出た以上、私を追及する力は弱い。しかも、私は神々しい光と神の声(実際は魔獣の虎吉の声)で、神の奇跡である『復活』を演出している。

 死者をよみがえらせることができるのは、神しかいない。少なくともこの世界の人間が信じる不変の真理である。


「水の中に30分もいれば、普通は死んでしまう。それが生きているなんて、常識では考えられない。それこそ、悪魔の所業」

「あら、それこそ神のご加護のおかげでしょう。異端審問官バルトロメア。あなたは神の使者を名乗っています。それなら水くぐりの秤できっと神の加護によって、水に沈んでも生き返ることでしょう」

「な、何を馬鹿な!」


 慌てて否定するバルトロメア。9歳の幼女に言葉で完全に押されている。


「そうでしょう。あなたは私を魔女だと断定した。ところが水くぐりの秤では、私は浮かなかった。浮けば魔女。浮かねば人間。これは異端審問官が拠り所にする法に記されておりますよね」

「……」

「異端審問官バルトロメア!」

「し、記されているのは事実だ」


「ならば私は魔女ではない。しかも死んだ私は聖女として蘇った。あなたは聖女に魔女の疑いをかけたことになる。つまり、あなたは聖女を殺そうとしたことになる」


 理路整然とした私の弾劾の言葉。ここにいる人間すべてがバルトロメアを疑いの目で見る。


「な、何を言っている。わたしが魔女などと世迷言を言うな!」


 慌てて否定するバルトロメア。だが、旗色は悪い。連れてきた僧兵たちまで疑いの色が出ている。


「世迷言ではない。私は聖女。私の言葉は神の声と思いなさい。それでは私は皆さんにどちらが正しいか示す必要があります」


 私は指さした。池の方向である。


「水くぐりの秤をこの偽異端審問官に科します」


 パンと両手を打ったのはここまで黙って聞いていた少年王。


「なるほど。本物の異端審問なら沈んだまま。魔女なら浮かぶ。まさか、異端審問官が魔女なんてことはないでしょう」

「こ、国王、何を……」


 アンドレが便乗してバルトロメアを追い詰める。国王にまでそう言われては、もう口をパクパクしするしかない。反論の言葉が出てこない。


 カチャカチャ……。

「な、何をしている!」


 バルトロメアは足元で足に重りをつけている僧兵に怒鳴った。僧兵に化けていた豆蔵である。豆蔵を蹴飛ばそうとするバルトロメア。


「神の裁き!」


 私はバルトロメアを指さす。『神の裁き』などと叫んだが、実は電撃系の低レベル魔法『ボルト』である。もちろん、隠れている虎吉にかけさせた。ボルトは対象1人に対して電撃を食らわせる魔法。効果はせいぜい痺れさせて、数分の動きを鈍くさせる効果。


「ウギャアアアア!」


 ビクビクと痺れたバルトロメアは抵抗できない。豆蔵はバルトロメアの両足に重りを付ける。そして数人の僧兵と共に彼女を担ぎ上げた。


「や、やめろ、死んでしまう!」

「あら、本物の異端審問官なら神のご加護があるでしょう。水底に沈んでも生きていますわ。まさか、浮いては来ないでしょうけど。浮いたらあなたは偽異端審問官。魔女ですわ」 


 私はそう冷たく言い切った。いつもバルトロメアがそう言っていた言葉だ。この言葉を哀れな容疑者に投げつけ、その命を奪っていたのだ。


「ま、待て、水くぐりの秤は嘘だ。こんなことで魔女なんて判定できない」

「異端審問官、往生際が悪いわね。判定できないかどうかはあなたが身をもって示しなさい。僧兵さんたち、さっさとこの女を池に投げ込みなさい!」


 ドボン! 水音を立てて最後まで喚いた異端審問官は池に投げ込まれた。


 みんなが沈黙する。

 結果的には安堵した。なぜなら、異端審問官バルトロメアは浮いてこなかったからだ。そりゃそうだ。20kgもの重りを足に付けられれて浮くはずがない。

 間違っても浮いてこないようにきつく縛ったのは、豆蔵の情けである。ほどけて浮いてきたら、魔女として処理されてる。それでは異端審問官としての名誉に傷がつく。


 みんなが安堵したのは、異端審問官が魔女ではなかったこと。魔女だったら、自分たちが信じてきたものが根底から崩れてしまうだろう。それに対する安堵だ。


 ちなみに浮いてこなかった彼女がどうなったかは、誰も詮索しない。心の中では思っているだろうが、あえて誰も口にしない。

 ビビッて腰が抜け、粗相までしている尼僧のマリアーナでさえ一言も発しない。黙って嵐が過ぎ去るのを待っている。


「私は安心しました。異端審問官まで悪魔に毒されていたら、この世は終わりですもの。身をもって我らに安らぎをもたらしてくれた異端審問官バルトロメアに祈りを捧げましょう」

 そういって私は両手を合わせて祈るふりをした。それを真似てみんな手を握る。真剣に冥福な祈ってはいない。

 異端審問官バルトロメアが今までどれだけの無実な人間を魔女認定して、残虐に殺してきたことか。


(これはその報い)


 こうして私の疑いは晴れた。晴れたとどころか、なりゆきで聖女様になってしまった。これはこれで厄介なことなっていく。

 厄介と言えば、今回の件で一番得をしたのは少年王。異端審問官バルトロメアがいなくなったことに便乗して、一挙に教会勢力の力を削いだ。

 その手際の良さと言ったら、機会があればいつでもやれる準備をしていたといっていいレベル。

 不正蓄財だの、不当裁判などという罪を着せて教会幹部を一網打尽にした。

 無論、それはすべて濡れ衣ではないけれど、したたかなアンドレはなかったことまであることにして徹底的に粛清したに違いない。


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― 新着の感想 ―
[一言] 章が終わったのでいつもの感想書きます。 今回も順調に手玉に取られている感じですねw 困ったときの切り込み隊長役にされてる? 手放しがたくはなってるもののどんどん傾国から遠のいているのはジレン…
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