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魔女裁判 水くぐりの刑

「なるほど。密告のとおり、生意気な面に生意気な言動。ますます、魔女の疑いが濃厚になった。僧兵よ、この娘を捕らえろ!」


 そう異端審問官バルトロメアは命じた。全身を良く磨かれた鋼のプレートアーマーで覆った屈強の僧兵2人が手に持った巨大なポールメイスを交差させて、私の動きを止める。

 むろん、魔力最強の私だからいざとなったら、こんな僧兵を蹴散らし、異端審問官ごと排除することは可能だけど、ここはハーレムの中。

 みんなの前で私の能力を見せるわけにはいかない。そんなことをすれば、一気に魔王ルート突入である。寵妃になって国を傾けると言う本来の任務ができなくなってしまう。

 そうなれば生き返ることができない。(それでは困るの!)


「異端審問官殿、少しお待ちください。その少女は僕の寵妃です。魔女などという疑いは、根も葉もない噂ですよ」


 バルトロメアの背後でそう言ってくれたのは、いつの間にかやってきたアンドレ。この国の少年王だ。少年がさらに年下の幼女の私を『寵妃』とか抜かしているのは滑稽ではあるが、国王自ら私を守ってくれる発言をしてくれたのだ。


(おお……こいつ、いいところあるじゃない。寵妃とかなったつもりはないけど、今は許す)


 心の中で腹黒小年王のことを見直す発言をする私。しかし、その発言はすぐに撤回することになる。


「国王陛下。異端審問は神聖なる神の教えによるもの。世俗の王であるあなたの声は、神聖なる神のみ言葉を代弁するこの私を留めることはできない」

「それはそうだけど、異端審問にかけるって、そんな小さな子を拷問するんじゃ?」


 アンドレの奴、本気で私のことを心配しているようだ。顔は真剣だし、教会の権威には国王といえども口出しはできないのだが、こうやって粘ってくれている。


(こいつ、金儲けしか能がない冷酷人間と思っていたら、意外といいところがあるじゃない。もしかしたら、もしかして……こいつ、私に惚れているのか?)


 心の中でアンドレを少しだけ見直す。


「陛下、この件については口出しは良い結果になりませぬぞ。魔女を庇うなど、悪くすれば破門。いや、その魔女を寵妃などと言えば、陛下自身も疑いが降りかかる」


 バルトロメアはそう言ってするどい視線を国王であるアンドレに向けた。国王など眼中にないのは、この国においては圧倒的に教会の権威が上なのだ。

 そうでなければ、国王のハーレムに朝からなんの通知もなく土足で乗り込んでくる無礼が許されるはずがない。


「それはそうですが、ミコちゃんが魔女ってなんの証拠があってでしょうか?」

「この者、マリアーナはこのハーレムに潜入し、魔女の存在を探っていた。強大な魔力をもったものがいるとの情報で、ここ数か月調査をしたのだ」

「それで?」


 アンドレは私の顔をそっと伺いつつ、そうバルトロメアに視線を向けた。魔力がどうのと聞いて、こちらを見たということは、アンドレの奴、私の能力を薄々知っているように思える。


「そうしたら、昨晩、魔獣を呼び出す儀式をしているのを目撃したのだ」

「バルトロメア様、ありました。魔獣を呼び出す魔方陣が部屋に書かれておりました」


 アンリエッタの部屋を調査した僧兵がそう報告しに来た。そしてアンリエッタも拘束されている。


(ははん……読めた。アンドレを暗殺しようとした奴は、魔獣の召喚に失敗したと判断して証拠隠滅に走ったわね。アンリエッタ共々、関わった私を葬ろうとしている)


 このままではアンリエッタまで異端審問にかけられる。


「その魔方陣とやらは、私が書いたものです」


 私は胸を張ってそう叫んだ。


「ほう、潔いな」


 バルトロメアはそう言って私を見下ろした。多くの女性を魔女と断罪し、殺してきた恐ろしい女だ。神の使徒などとはおこがましい。


「アンリエッタは昨晩、ジータの部屋でお泊りをしていました。だから、彼女は関係ないわ」

「おかしいな。魔方陣を書くなら自分の部屋にすればいい」

「魔獣の召喚は方角が大事なのです。南東方向にあるアンリエッタの部屋が一番確率が高いのです」


 私はそう危険なワードの入った言葉を並べ立てる。にやにやと笑うバルトロメア。一つ一つの言葉が私を魔女認定する証拠となる。


「異端審問官、部屋にこのような本がありました」


 僧兵がもってきたのはアンリエッタがもっていた魔獣召喚の本。中身はほとんどファンタジーで子どもの読み物レベルであるが、ファルツ帝国から知らされた本物の召喚手順のメモが挟み込まれている。これは動かくぬ証拠だ。


「これはミコト。お前のものか?」

「はい、私のです。こんなもので魔女認定するのですか?」

「当たり前だ。こんなものをもっていて、魔女じゃないと言い張るところから小賢しい。お前はこれをどこから手に入れた?」

「しゃべっていいのですか?」


 私はそう意地悪そうにバルトロメを見上げた。少しだけたじろぐバルトロメア。考えてみれば、大人も恐怖で動けなくなる異端審問官と同等に話しているのだ。


「いいだろう。魔女に手を貸す人間すべてをあぶりだすのが私の役目だ」

「さすが神の使徒。それじゃ、しゃべります。その本をくれたのはマリアーナ様です」


「は!」


 驚いたのは当のマリアーナ。そして顔を引きつらせたバルトロメア。みんなの前でとんでもない発言である。


「うそを言うな!」

「私があなたに本をあげたなんて一度もないわ!」

「ええ~。3日前にくださったじゃないですか。難しい本だけど、模様が楽しいからってくださって。まさか、それが魔方陣だなんて。とういうことは」

 

 私は両手を口に当ててわざとらしい驚きポーズをする。


「ま、まさか、マリアーナ様が魔女の手先で……そんな恐ろしい本を。私小さいから、だまされた~っ」

「な、何を言い出すの!」

「あああああ!」


 さらに私は畳みかける。


「マリアーナ様はバルトロメア様に命じられて、探っていたなどと言っていましたわ。ということは、バルトロメア様が魔女だったってこと!」


 僧兵どもにどよめきが起こる。無垢な9歳の女の子が何も知らない体でのしゃべりだ。真実味がありすぎる。


「な、何を言い出す、このガキが!」


 バルトロメアは怒り心頭で気品のある話し方を捨てて、ずいぶん下品な言葉をぶつけたから、ますます周りの空気がバルトロメアとマリアーナに注がれる。


「わ~ん、怖いよ~っ」


 ここでとどめのウソ泣き。可憐な幼女がおびえて泣く。これほど保護欲を掻き立てるものはない。そしてそれに罰を与えようとする人間がいかに悪く見えるか。


「泣いても無駄だ。これはまやかしだ。魔女一流のまやかし」


 バルトロメアも余裕がなくなった。このまま、私を野放しにすれば自分の立場が悪くなる。


「この者が魔女でないかは、すぐに判明する。そこの池で魔女判定を行う」


 バルトロメアは焦ってそう言った。この空気を変えるためには、私をみんなの前で魔女認定して自分に向けられた疑惑を一掃したいと考えたのだ。


「水くぐりの秤にかける。この者の足に重りを付け池に沈める。沈めば魔女ではないが、沈まねば魔女である」


 魔女裁判には様々な苦痛をともなう理不尽な拷問があるが、バルトロメアは手っ取り早く私の始末をすることを選択したようだ。ここにいるみんなに私を魔女だと知らせ、処刑するには『水くぐりの秤』と呼ばれる方法が最もよい。

 その方法はごく簡単だ。両足に10kgほどの重りを付ける。それで水の中に沈める。魔女と認定したい場合は、くくりつけるロープに縛りを緩めにする。体が浮くから浮いたら魔女認定。

 逆にロープをきつく縛ればそのままドザエモン。水死である。魔女認定されないけど、命は失う。

 魔女認定されるより楽なので、この刑になるとみんな賄賂を積んでロープをきつく縛ってもらう。浮いてしまえば命は助かるが、その後は激しい拷問を受けた後に火あぶりの刑である。水死した方がマシであるからだ。


(なるほど……どっちにしても私に待っているのは死神さんてことね)


 私はちらりとアンドレを見る。この状況で私をどう助けるかが見ものであると思ったのだ。だが、アンドレの奴、目をそらしやがった。


(おい、そこは命を賭けて私を救う白馬の王子様になるんじゃないのか!)


 私が水の中に投げ込まれることが決定し、僧兵が私の足に鉄球の重りを括りつける。その僧兵が小声で私にこんなことを聞いてきた。


(ミコト様、キツク縛ルデゴザルカ、ソレトモ緩くスルデゴザルカ?)


 いつの間にか僧兵に化けている豆蔵。さすが政府に雇われる超一流のエージェントである。


「きつく縛って」

「承知シタデゴザル」


 豆蔵は私が死ぬとは思っていない。もちろん、それは私もだ。この状況を打開できる秘策があるのだ。私はごにょごにょと周りに聞こえないように豆蔵にこの後のことを指示しておく。


「ミコちゃん、死んではいけないずら」


 ジータが駆けつけて私の服を掴んだ。すぐに僧兵が引き離す。


「ジータ心配しないで」

「ミコちゃん~」


 どうやら、この場で私のことを本当に心配しているのはジータだけのようだ。この幼馴染の友は、少々おつむは足りないが、私が魔女の疑いをかけられて、水に沈められることが死に直結することは理解できたようだ。


「ジータ、すぐ会えるから」


 私はジータに笑顔向けた。ついでにアンドレにも向けてやった。こいつには私を見捨てた良心の呵責という奴を刻み付けておきたい。


「それでは、ここ娘を池に投げ入れよ!」


 バルトロメアがそう命じた。私は僧兵に突き飛ばされて池へとダイブすることになった。


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