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二人目の秘密(前編)

母親がヨーク出身の2人目のお嬢様。

 リコット子爵の娘アンリエッタ。年齢は12歳。いつもハーレムの建物の隅で本を読んでいる大人しい娘だ。

 実家がさほど裕福な貴族でなく、普段の服もお金がかかっていない。専属の侍女もいなく、友達もいないようだ。

 普通に考えてスパイをしているようには思えない。だが、しばらく観察していると夜中に怪しげな行動をしていることが分かった。

 夜の2時になると自室で床に不気味な紋章を描き、その周りにロウソクを立てて何やらぶつぶつと怪しげな言葉を唱えているそうだ。

 これは豆蔵からの情報である。私は報告しに来た豆蔵に背を向けて、これがどういうことか考えた。

(どう考えてもスパイ行為とは程遠いわね……。どちらかというと魔界から魔物を呼び出すような状況じゃない……)

「ううむ……」

 スパイ容疑は晴れそうだが、この大人しいお嬢様が一体夜中に何をしているのか、興味が湧いてきた。

「ミコト様……。ナニカ、魔法ノ儀式ノヨウニ思エルデゴザルガ……」

 私は振り返ると豆蔵のおでこにデコピンをかました。一流の暗殺者である豆蔵もそれを避けることができず、しかも9歳の子どものデコピンにエビ反り3回転で地面に転がった。

 魔力無限、戦闘力最高値の私のチート能力の前に、すご腕スパイも手足も出ない。


「豆蔵、そんなことは承知済みよ。問題は彼女がなぜそんなことをしているかよ」

「……拙者には、今ノ境遇ヲ喜ンデイルヨウニハ思エナイデゴザル」

「それは私も感じるわ。あの子はこのハーレムには来たくなかったようね」

 ハーレムに集められた少女たちは、実家の様々な思惑で意志に反して連れてこられている。親の言うことをよく理解している者もいれば、自らの野心からこの境遇を望んでいる者。幼過ぎてよくわかっていない者もいる。そして、少数ではあるが、嫌々ここに身を置いている者もいる。


「仕方がない……話しかけてみるか」

「ミコト様、大人シイ女ノ子デスカラ、アマリ脅サナイデイタダキタイデゴザル」

 バシッ……。再び、私のデコピンが豆蔵の額に炸裂した。3回転して地面に転がる豆蔵。

「失礼ね。そんなことするわけないじゃない」

 そう言ったけれど、場合によっては実力行使も辞さないつもりではある。


 私は豆蔵にいくつかの指示をすると、さっそくアンリエッタのところへ行く。

「ねえ、何を読んでいるの?」

 猫を3匹ほど被った表情で、私はアンリエッタに話しかけた。突然、話しかけられてアンリエッタは目を大きく見開いて私を見る。

「あ、あなたは……ミコトさん?」

 どうやら、私のことを知っているようだ。友達がいないから、情報が極端に少ないのだろうが、現在、アンドレのお気に入りだから彼女でも知っているほどの知名度がある。

「そうミコトよ。よろしくね」

 私たちは9歳でアンリエッタは12歳だから、年上のお姉さんに話すにしては、堂々とした自己紹介だ。アンリエッタは、こういう場面になれていないのか、どう対応してよいか分からないらしい。それでも、何とか自分の名前を名乗った。

「ふ~ん。アンリエッタか。で、アンリエッタは、何を読んでいるの?」

「こ、これは……占いの本……少し難しいけれど、面白いの」

「へえ~。占い?」

 私はアンリエッタの本を覗きこんだ。確かに他愛もない占い本である。なぜか、女子はういうのが好きだ。私のその屈託のない態度(演技)にアンリエッタは少し安心したようだ。


「これは今日の運勢を占う方法だよ」

 そうアンリエッタは説明する。他愛もない子供向けの占いのハウツー本である。

「ふ~ん。でも、占いよりも自分の思い通りになる魔術の方が面白くない?」

 私はそうカマをかけた。アンリエッタが夜な夜な、自室で魔術のまねごとをしているのだったら、この会話に食いついてくるはずだ。

「魔術は使えればいいのだけど、実際に使うのは難しいのよ」

 ポロっとそんなことを言ったアンリエッタ。当然、こちらとしては食いついて話を広げていく。

「ええええっ……。すごいなあ。アンリエッタって、魔術が使えるの?」

「すごくない……使えたらなあと思うだけで」

「使えたらなあって、試してないの?」

「それは……」


 アンリエッタはお茶を濁した。仕方がないので、彼女の家の話に話題を振る。いい機会だから、ここで話して友達になる作戦にした。それのまんまと乗ったアンリエッタは、少しずつ自分のことを話し始めた。

 そもそも、アンリエッタがこのハーレムに来たのは、没落した家を助けるため。先のクーデター騒ぎで財産を失い、お家再興のためにこのハーレムに送り込まれたらしい。

「だけど……私には無理。アンドレ陛下の目に留まるほどかわいくないし、話しかけるほど勇気もないし……それに私には……」

(私には……はは~ん)

 ちょっと赤くなったアンリエッタの心の中が読めた。どうやら、彼女には好きな相手がいるらしい。

「アンリエッタには、好きな人がいるのね」

 ズバッと私はそう言ってみた。顔がゆでだこみたいになるアンリエッタ。

「ど、どうしてそんなこと分かるの?」

「あなたの様子を見ていれば分かるわ。好きな人がいるなら、こんなところ、さっさと逃げ出さないといけないよ」

 私らしくない忠告である。


「だけど……私がここにいないとお父様たちが困るのよ」

 ハーレムに娘を出すと支度金やら毎月の手当てが実家に支払われる。収入減を失ったアンリエッタの家に取っては、貴重な収入なのである。

「お金がなきゃ、自分で稼がなきゃ」

 私の思わず口にした言葉にアンリエッタが食いついた。

「そうよね、そう。だから、私はあの任務を引き受けることにしたの!」

「え?」

 任務と聞いて私は聞き直した。

「あっ!」

 慌てて口を押えるアンリエッタ。

「任務って何なの?」

「嘘よ。任務なんてない。私の妄想よ」

 慌ててそう取り繕ったがもう遅い。私は徹底的に追及することにした。


「アンリエッタ、教えなさい。もしかしたら、あなた、ヨークかランカスターに情報を売ってるんじゃなくて?」

 ズバリと確信をつく質問だ。こういう大人しい人間は、直球勝負で押し切るのが一番いい。だが、彼女の答えは予想外のものであった。

「情報を売っている……私がですか?」

「そうよ。アンドレの動向とか、軍の配置とか、政治の様子とか……」

「そんなこと私にはできませんわ。そもそも、私、アンドレ様と話したこともありませんし、ハーレム内で話す友達もいません」

(はあ~っ。そうだったわ!)


 確かにそのとおりである。アンリエッタがこのハーレムで得られる情報などたかが知れている。スパイならもっと積極的に情報を得るよう動くだろう。この子はこのハーレムでは『ぼっち娘』なのだ。

「じゃあ、任務って何ですの!?」

 私に強く迫られてアンリエッタは逃げ出そうとしたが、がっちり手首を掴んで離さない。

「話さないと全部、アンドレにばらすわよ」

 私がアンドレのお気に入りで、よく食事をしていることは周知の事実。この脅しは効いた。

「は、話しますから、それだけは許してください。じゃないと、私の家が貧しくなってしまいます……」

「貧しく?」

 ますます、疑問は膨らむ。任務の報酬が何なのか分からないが、アンリエッタの家が立ち直るほどの報酬が約束されているということとなると、かなり気になる。

「うまく話せないので、今夜、実際に見せますわ」

「今夜見せる?」


 何だかよく分からないが、今晩、アンリエッタの部屋へ行くことになった。そこで大変な事件に巻き込まれるなんて、この時は知る由もなかった。


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