陰謀が渦巻く
反乱の報を受けて会場は騒然となる。当然ながらシュバリエを決めるクイーンズ・ゲートは中止となる。パンドラ地区は一種の治外法権を得ている地区で、高い塀で囲まれたエリアは、遊女を逃がさないことに威力を発揮していたが、外部からの侵入も阻むことになった。
よってパンドラ地区は拠点としての機能を果たすことができた。特に奇襲で混乱に陥った政府軍部隊にとっては反撃拠点としては格好の場所であった。
「それにしても、おかしなものじゃ」
桜蘭亭に戻ったメルセデスは、私ら妹分を集めて話をした。メルセデスが言うにはこのパンドラ地区ほど裏情報の収集に長けているところはないというのだ。
それは私もなるほどと思う。男と女の秘め事の中で、貴重で重要な情報が漏れることは結構あると思うのだ。
(しかし、メルセデスの奴……怪しいんだよな。こいつ、クーデターのこと知っていたんじゃないのか?)
私はメルセデスの落ち着いた態度を見ていてそう思っていた。クーデターの決行日はさすがに知らなかったが、いつかこういう事態になることは知らされていたように思うのだ。
(たぶん、お得様で将来、受けだしをしてくれる帝国のバーンハート中将様にでも教えてもらったに違いない)
そのパンドラ地区の情報網があっても今回のクーデターについては何の兆候も得ることができなかったのだ。
このパンドラ地区に駐留してきたのは、王都を守る第1衛兵師団。数は2千人ほど。師団なのに兵力が5分の1程度なのは不意を突かれて散り散りになってしまったからだ。
クーデターを起こしたのは、一部貴族と都に駐留していた第2軍の軍人たち。現体制への不満を高まらせての行動らしい。
まあ、現政権は事なかれ主義で隣国の帝国の介入を許し、弱腰外交で軍人たちの不満を高めていた。内政においても無策で、なんら有効な手を打てていない。反乱を起こしたくなる気持ちも分かる。
毎日、メルセデスが読んだ新聞をこっそり読んでいた私も政府の無策ぶりには呆れかえっていたくらいだ。
だからと言って、クーデターを起こして、都で市街戦を行い、一般市民まで被害を与えるのはどうかと思う。
パンドラ地区の外は戦争状態であるが、このパンドラ地区は平和が保たれている。第1衛兵師団が守備に就き、クーデターから難を逃れた一部の政府関係者がここに集結したことで、政府軍の拠点となっていたからだ。
「ミコト様……外ノ状況ハ、大変ナコトニナッテオリマス……」
私にそう報告したのは豆蔵。クーデターが起きてから、私は彼にクーデターに関する情報を掴んでくるように命じていたのだ。
それによると反政府軍は王宮を占領。王族をことごとく処刑にすると、臨時政府樹立を宣言。抵抗するものを次々と逮捕して、都の掌握をしたという。しかし、一部の貴族に逃げられ、それら貴族は同調する軍と協力して、このパンドラ地区を拠点に反撃しているらしい。
そうなるとどちらが勝つかは地方に展開している部隊がどちらにつくかということと、都に駐留している帝国軍部隊の動きにかかっている。
反政府軍は帝国に認めてもらおうと外交戦を展開しているらしいが、未だに支持を得ていないらしい。
(ほう……そうなるとどちらに転ぶかわからない)
ただ、一つだけ言えるのは、このミコト様がどちらにつくかで勝敗が変わるということである。例えば、パンドラ地区の外に展開し、今は軍事的に有利な反政府軍に向かって私がメテオの攻撃魔法を使ったとする。
全滅する。
間違いなく全滅だ。
それで政府軍がクーデターを鎮圧することになる。
もちろん、その逆も同じである。パンドラ地区の政府軍を攻撃すればそれで終わりだ。
ただ、それを表立ってやると私が魔王になってしまう。だから、目立たたないように陰でそっと手助けして勝利する側に着いた方がいい。
そういうこともあって、豆蔵に逐一、どちらが勝つか報告させていたのだ。豆蔵の報告ではクーデターが勃発して一週間経っても勝敗の行方は見当がつかない。
一週間経って、あのニヤニヤしたいけ好かない半ズボン少年のアンドレが、疲れた様子もなく桜蘭亭にやって来たのだ。
「やあ、ミコちゃん、元気だった?」
能天気なことを言ってやって来た金持ち少年。このぼんくらお坊ちゃま、クーデターに巻き込まれて、反政府軍に処刑でもされたのかと思ったら、憎たらしいほど元気であった。
「あら、アンドレ様。外は大変な様子と聞きましたが、よくご無事で……。ミコト、アンドレ様の身が心配で心配で……」
心にもないことを口にして演技をする私。アンドレ少年、それにころっと騙されたのか、私を抱きしめて感動している。
「ああ、やっぱり、ミコちゃんだ。僕の二番目の妻は君しかいない」
二番目の妻と失礼極まりない、ゲス発言をする。まあ、大貴族の彼が妓楼に身を置いた、どこの馬の骨とも分からない私を正妻になんかするわけがない。
「嫌ですわ~。アンドレ様、二番目の妻なんて~」
そう言いつつ、つま先立ちして頭をアンドレの鼻にぶつける。偶然を装って、アンドレの奴にゲス発言のお仕置きをする。
「ぐあっ!」
鼻をぶつけて鼻血を出すお坊ちゃま。すぐに後ろの黒服男がハンカチを取り出してアンドレの鼻を抑える。
「ミコちゃん、相変わらず強気だね」
「あら、ごめんあそばせ」
軽くあしらう。アンドレは苦笑しつつ、恐ろしいことを私に伝えた。
「どうやら、反政府軍が優勢でこの都で抵抗する部隊はこのパンドラ地区の近衛隊だけになってしまったようだよ」
「?」
これは一大事である。それが本当ならこのパンドラ地区は総攻撃を喰らってしまい、火の海になること確実である。
「地方部隊はどちらにつくか日和見しているみたいだし、このままだとクーデターは成功して新政府が樹立する可能性が高いね」
「あら、アンドレ様ともあろうお方が判断を間違ったのですか?」
私は皮肉を口にした。この儲け話にあざとく、判断を誤まらない少年にしては大失態である。
「くくく……今のところはそうだけどね。でも、この事態にならないと本当の味方と敵は分からないからね」
アンドレは変なことを言う。確かにこの状態でも政府軍を助けるというのは、よほどの忠誠心がないとしないだろう。日和見している連中もこれで勝者につこうと態度を示すに違いない。考えようによっては、この機会に敵味方をはっきりさせることはできよう。
(まさかね……)
私はアンドレの考えていることが少しわかった。よくよく考えれば、もしこのパンドラ地区にいる風前の灯の連中が勝ったら、この国のすべてを手に入れることができる。そのために敵勢力を集中させているのではないかと思ったのだ。
「それに僕は現王家とのつながりもあるしね。継承権は13番目だけど、12番までは死んじゃったからなあ」
「え、ええええええ!」
ということは、パンドラ地区にいる部隊が勝ったらこの少年が王になるということだ。
「ふふふ……そういうことだよ。ミコちゃんは王妃様になるということだよ。2番目だけど。おお、そこにいるのはジータちゃん、僕の3番目の妻~」
相変わらず、失礼なことを口にする。現れたシータの両手を握り、嫌がるジータにハグをする。この危機的状況でも能天気な奴である。
「アンドレ様、そういうことなら早いうちに脱出した方がよくないかしら。外の反乱軍はあなたの首を狙っているのではないかしら」
この異世界の王位継承は残酷だ。敗れた側の継承者は死刑がほとんど。しかも磔とか首を打たれるとか、串刺しとか見るに堪えない処刑なのだ。
目の前のアンドレも捕らえられれば、串刺し刑だろう。それなのにそんな恐怖は全く感じさせえない。
私がアンドレに脱出を勧めたのは、彼の身を案じたからではない。そもそも、政府軍がこのパンドラ地区に乗り込んでこなかったら、ここの住人は巻き込まれていない。ここが戦闘になれば、罪のない多くの人が殺されるだろう。それにこの地区の特殊性を思えば、乱入してきた兵士がやることは一つであろう。
「今更、逃げるところがないよ。それにここほど安全なところはないからね~」
そう言ってアンドレ少年は私を見る。意味ありげな視線だ。この少年、私の力を見抜いてそんなことを言っているのであろうか?
(いやいや、そんなことはない。こいつのことだ。きっと、一発逆転の手立てを打っているに違いない)
アンドレと別れた後、私は豆蔵を呼んだ。
「オ呼ビデショウカ、ミコト様」
「今晩、偵察に行くわよ。お供しなさい」
「御意」
私は勇者キラーラビットとなって、パンドラ地区を取り囲む反政府軍の偵察に行くことにした。
*
反政府軍の本部。王宮の一角にこの反乱の首謀者たちが集まっている。パンドラ地区に逃げ込んだ政府軍残党の殲滅作戦の打ち合わせである。
「ほぼ勝利は確定ですな」
そう口火を切ったのは、エルリック伯爵。この反乱軍の行政の首謀者である。彼は王宮で第1書記官を務め、将来は首相候補とまで言われていたが、不倫スキャンダルが暴露されて、閑職へ左遷された過去をもつ。
「パンドラ地区の部隊は2千。それに対してわが軍は3万。完全に包囲してますからな」
そう答えたのはルーベンス大将。反乱の実行部隊である第2軍の司令官である。軍人らしからぬ肥満体で座ている椅子から尻が零れ落ちそうな状態である。
「パンドラ地区に逃げ込んだアンドレ・カッシーニ公爵。こいつを殺せば、完全勝利。もう王族の継承権をもつものはいない」
「となると、この国は王国ではなく、共和国になるということですね」
そう口をはさんだのは、ロベルトという男。彼は平民だが政府の圧政に庶民レベルで抵抗をしてきた革命家である。今回の反乱も王制を倒すという名目に賛同して力を貸していた。
「そうだ。君は賛同者を集めて市民を西地区へ避難させたまえ。奴らの動向しだいでは王都は火の海になるからな」
「はい、エルリック様」
そうエルリック伯爵はロベルトに命じて退出させた。後に残ったのは、貴族と軍人である。
「あの男、いずれ処分せねばなりませんな」
そうルーベンス大将がエルリック伯爵に小声で話す。これに大きく頷き、伯爵は残った首謀者幹部たちに告げる。
「あの男は貴族制を廃止せよとか、私有財産禁止とか寝とぼけたことを言う危険人物だ。市民を味方につけるためにここまで利用してきたが、今回の反乱が成功した暁には奴を国王派に通じていたとして処刑にする。異存はないな?」
残ったものはお互いに顔を見合わせたが、頷くしかなかった。元々、前政権で冷や飯を食っていた連中で、特別優秀でもなかったのだから成り行きに任せるしかない。
「それにしても、これほどうまくいくとは思いませんでしたな」
エルリック伯爵は今回の反乱の計画書に視線を移した。それは時系列ごとに具体的に書かれたもので、この通りにやれば子供でも成功するのではないかと思われるくらい、完璧な作戦書であった。
左遷されて腐っていたエルリックは、ある人物からこれを渡された。この通りに同士を集め、1年も経たないうちに勝利を収めつつある。ある人物の代理であるという黒づくめの男の黒幕は分からないが、おかげでエルリックはこの国の実権を掌握できそうであった。
「パンドラ地区を攻め落としたら、そこの女は山分けにしよう。わしはメルセデスをいただく。いいだろう伯爵。この反乱の一番の功績はこのわしだ」
そうルーベンス大将は下品な笑いを浮かべて、気持ち悪く舌を出した。この男は醜悪な容姿に加えて女癖が悪く、その面では軍では有名であった。能力はないが血縁と派閥争いに上手に乗ってここまできた男である。
「メルセデス……だめだ、その女は俺のものだ。大将にはコーデリアでどうだ」
エルリック伯爵は慌てて、ルーベンスにそう告げた。エルリックの目的の一つにメルセデスを手に入れるというものがあった。彼はメルセデスと馴染みになりたかったが、どういうわけか彼女に毛嫌いされて、桜蘭亭を出入り禁止になってしまっていた。その屈辱を晴らしたいのだ。
「コーデリア……ぐふふ……では、プラス2,3人若い女をいただくことで我慢しようじゃないか。後のパンドラ地区の女は取り放題だと兵士共に告げれば、士気も上がろう」
「……許可する。明日の朝をもって総攻撃に移ってくれ」
そうエルリック伯爵は会を締めくくった。
*
「豆蔵、とんでもない会議だわ」
「ハイ……ケダモノノ会議デス……」
私と豆蔵は王宮に忍びこみ、この会議を天井裏で聞いた。明日、3万の軍隊がパンドラ地区を一斉に攻撃する。周辺の家の住人は強制退去になっており、大砲を使った大掛かりな掃討戦になるようだ。
兵士に女を取り放題などという人権無視の命令をするようなので、パンドラ地区は阿鼻叫喚の地獄と化すだろう。これは見過ごせない。
「ミコト様……ドウシマスカ?」
「……決まっているじゃない。私の力で反乱軍を撃滅するわ。アンドレの奴が得するようだけど、見過ごせないわ」
実のところ、自分さえよければいいという本来の私なら、この事態を黙殺して保身を図りたいところであるが、身近な人間が酷い目にあるのは気分が悪い。それにこの反乱軍が政権を握ったら、ますます悪政が行われ、私が国を傾ける前に滅んでしまうかもしれない。
「明日の朝に総攻撃っていったわね」
「ハイ……。主力ハ南門ニ終結。突入モココカラノヨウデス……」
「3万か……」
私はつぶやいた。
「楽勝だわ」
私は豆蔵に命じて、明日の朝の反乱軍の幹部共の動向を探らせた。こうなったら、一網打尽で葬ってやると考えたのだ。




