第2戦 芸勝負
「次の勝負は『芸』とする。歌、楽器の演奏、踊り……いずれを選んでも良い。この勝負はここにいる観客の皆さんに判断していただきます」
そう司会の男が2回戦について説明をした。この勝負はロイヤルレディのエンターテイナーとしての腕を競うのが目的だ。その芸はここへ集まった観客にとってお楽しみの一つとも言えた。何しろ、両名の芸を見ることができるのは、常連客となったわずかな人間しか見られないからだ。
「どちらが先に行うか、くじ引きで決めよう」
審査委員長のセバスチャンの前に器に入って先端が見えないようにされた棒が2本用意された。それを同時にコーデリアとメルセデスが引く。
「くくく……。わたくしが先行のようね。わたくしの歌の後では、あなたは完全に不利だけど、悪くは思わないで」
「別にそんなことは思わぬ。わちきはわちきの芸を披露するのみじゃ」
「強がりはそれくらいにしておいてよね」
コーデリアはそういうと、準備に入る。演目は歌。妹分であるNレディやプリンシパルたちに楽器を演奏させ、自分が歌うのだ。
「どうしてコーデリアはあんなに余裕なんだ?」
私は不思議に思ってそうメルセデスのプリンシパルであるエリスに聞いてみた。夜のもてなしに参加できないプティの身であるので、これまでメルセデスの歌や踊りを見たことがなかったのだ。
「これはメルセデス姉さまに不利かもしれない」
「なぜ?」
「コーデリア様は賑やかで盛り上がるタイプの歌がレパートリーなの。たぶん、観客を巻き込んで興奮状態を作り出すに違いないわ……それに対してメルセデス姉さまの歌はオペラ。芸術だから格調が高い。それはコーデリア様が創り出した世界に最も反したもの」
エリスがそう説明しだしたと同時に、アップテンポの音楽が演奏され始めた。コーデリアが楽し気に歌う。それは町の花屋の娘が歌いながら花を売るミュージカル風の歌。コミカルで楽しい。見ている観客たちも思わず手拍子を行い、体を揺らし、コーデリアと共に口ずさむ。会場がコーデリアと一体となっていく。
(こ、これは……さすがに後に歌うのは不利……)
そう私も思わざるを得なかった。観客たちはコーデリアが創り出した世界に浸りきり、心が躍る体験をして興奮状態である。ここでメルセデスが歌うことは、カラオケでアゲアゲムードの中、突然、オペラを歌い始めてしらけさせてしまうのと同等である。
(メルセデスの奴が大恥をかくのはいいけど、負けるのはうれしくないなあ)
私の心は複雑だ。そんな私は突然、背中を強く押された。軽い体の私は舞台へと飛び出てしまう。
「な、なにをするの!」
押したのはメルセデス。氷の微笑を浮かべている。小さな私が出てきたので、観客も何事が起ったのかと最初は息を飲んだ。コーデリアの盛り上げた空気が一瞬で元に戻る。
「将来のシュバリエを目指すと言うのだから、ここで1つ余興をしてみよ」
そうメルセデスが言い放った。それを聞いた観客が面白いと食いついた。
「おお、いいねえ」
「小さいお嬢ちゃんの芸も息抜きにちょうどいい」
「余興としていいじゃないか」
「さあ、お嬢ちゃんは何をするのかな~」
やいのやいのと勝手に盛り上がる観客たち。コーデリアの作った楽し気な雰囲気のせいで私が芸をするはめになった。
(うううう……メルセデスめ)
私は心の中でメルセデスを罵る。コーデリアも自分との対決に水を差されると抗議でもしてくれればよいのに、その気配がない。きっと、メルセデスの妹分である私が失敗すればそれでいいとでも思っているのだろう。
(ちくしょうめ……)
もちろん、この天才魔導士のミコト様は、大人になったところでシュバリエなんかにはなりたくはない。桜蘭亭は大人になるまでの三食昼寝付きの場所なのだ。しかし、ここで私のすごさを見せておくことは悪いことではない。
(仕方がない……)
私はやることにした。芸は一人芝居。歌と踊りと演技で観客を虜にしてやる。
「あ~る~晴れた~昼下がり~、わたしは王女様~」
と歌い始めた。桜蘭亭で修業していた演目である。ある国の王女が家来である騎士に惚れるが、自分は隣国の王に嫁ぐことが決められているというよくある悲恋の物語だ。騎士は王女と結婚するために手柄を立てようと無謀にもドラゴンに挑み、そこで死んでしまうという悲劇だ。王女も死んだ騎士の亡骸を抱えて悲しみ、後を追うというストーリーである。
(けっ……後なんか追うなよ)
私はこのくだらないストーリーをそう馬鹿にしている。家来の騎士と結ばれたって、ちゃちな人生になるだけだ。わたしなら隣国の王をたぶらかし、政治と軍事力を手中にすると世界征服に乗り出すところだ。ドラゴンに敗れるようなひ弱な騎士の相手をしている暇はない。
「おお……王女よ。わたしはあなたを手に入れるため、悪竜を倒しに行きます。どうか、わたしの武運を祈ってください~」
「ああ~愛しの我が騎士様。きっと、ご無事で帰ってきて~」
実にクサイセリフをミュージカル風に歌い、踊る私。心の中では(けっ)っと思っているがきれいな歌声とキレッキレの踊りに観客は夢中になっている。
(はあ、私ってどうしてこんなに天才なのかしら……馬鹿なお客。私の演技に騙されて)
物語はクライマックス。倒れた騎士に駆け寄る王女。そこは演出上、バレエのように空中に舞い、軽やかに現れる。
グギッ!
着地した時にヒールのかかとが折れた。私は思わずバランスを崩して転倒する。派手に転がてしまった。ドレスがめくれて中からカボチャパンツを披露してしまった。
観客たちは思わず固まったが、私の無様なカボチャパンツを見て大笑いした。笑いが笑いを呼んで大爆笑。コーデリアの奴なんかは扇で口元を隠しているが、もう笑いをこらえきれないようで肩を震わしている。
(や、やられた~。メルセデスの奴め)
私の履いていたヒール。折れたかかとは明らかに切れ目が入れてあった。絶対にメルセデスが手を加えたに違いない。私の激しい動きについに耐えきれなくて折れてしまったのだ。
だが、ここでメルセデスが登場した。爆笑の渦の中、真顔でメルセデスが現れ、観客に向かってゆっくりとお辞儀をした。
まだざわざと落ち着かない観客に向かってメルセデスが声を出した。
「な!」
氷を打ち砕くような美しくも鋭い声が発せられた。わずか1秒。僅か1秒で観客は黙った。そしてすべての感覚が耳に集中した。すべての者が息をするのを忘れて聞き入った。
不覚にも私も息をするのを忘れた。誰一人、席から動けず、そのまま石のように固まった。そしてメルセデスが歌い終わったときに、呪縛が解けた一人が立ち上がり、拍手をし始める。それが隣に、前後に、斜めへと広がり、ついには観客全員となった。私も気が付いた時には、すべての観客と同じくスタンディングして拍手をしていた。熱い2筋の涙が頬を伝う。
(ま、マジかよ……)
超越したプロの歌手の歌は1フレーズでも人を感激させるという。私は生まれて初めて、無意識に感動してしまった。というか、私は踏み台にされたのだ。コーデリアの作り出した楽し気な雰囲気を私の登場で上書きし、それを一挙にひっくり返した。
一見、メルセデスの歌は私の引き起こした爆笑の渦の中で披露するのは難しい。だが、コーデリアの作り出した空気よりは、突き抜けた分、かえって冷静になりやすいと計算したに違いない。
「コーデリアの歌も素晴らしかった。恐らく、これだけ人を楽しませるものは数少ないだろう。だが、メルセデスはもはやそのような次元ではない。この勝負、誰がどう考えても勝者が誰かは決まっていると言えるだろう」
セバスチャンはそう言って、メルセデスの勝利を宣言したのであった。




