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ロイヤルレディのプライド

これは敵に塩を送る行為である。

今晩、メルセデスと遊ぶためにやって来るお金持ちに会わせてくれるというのだ。

「メルセデス様、プティは夜のサロンには出てはいけない決まりでは?」

 そうNレディの少女が止めたが、メルセデスは意にも介さない。

「もちろん、姿を見せればまずいじゃろう。だが、あそこなら問題はない」

 メルセデスがあそこと呼んだのは、メルセデスのサロンに置いてある大きな熊のぬいぐるみ。それは部屋の片隅のテーブルにポンと置いてあるものだ。

 それは後ろがチャックになっていて、綿が詰められているのだがそれを抜いて中に入るらしい。


(こ、この中に入れって……ううううう……)

 屈辱である。

 この私がぬいぐるみの中に入って身動き一つできないとは。


 しかし、こうしないとまだ8歳でプティに過ぎない私が、サロンに存在することができない。こんなぬいぐるみの中に入って確かめるのは、お金持ちという人種がどういうものかを知るということだ。

 もちろん、転生前にお金持ちのお嬢様をやっていた私はそのくらいのことは分かっているつもりだが、この世界においては私が思っている金持ち像が異なるのかもしれない。少なくとも、黒真珠を売るためのヒントは得られるだろう。


(メルセデスはお金持ちには2種類あり、さらに2つに分けられると言っていた……そして、今日の客はそれぞれにあてはまるのだと言っていたけれど……)


 ぬいぐるみに中で私は耳を澄ませ、目を凝らして見る。今日の客は全部で3人。まず一人目はクレーベルとかいう貴族。階級は公爵。この国の大貴族である。


クレーベル公爵は38歳。王国の貴族院議員を務める政治家である。政治家がこんなところへ遊びに来るのはどうかと思うが、普段、忙しい分、こんなところで癒しを求めるのだろう。

 クレーベルはメルセデスと踊り、歌を聴き、酒を飲んで楽しんだ。最後がメルセデスに膝枕をしてもらい、頭を撫でてもらってうっとりとしてる。


 やがて、メルセデスに誘われて個室へと消えた。そこで何が行われたのかはあえて考えないことにするが、1時間後にクレーベル公爵は幸せそうに部屋を後にした。


(まずは一人はやんごとない貴族様……と)

 一応、クレーベル公爵の個人情報は把握している。


エリオット・ド・クレーベル公爵 38歳

魔力10 攻撃力35 防御力50


ショパン王国貴族院議員。家柄が良いせいで外交委員会を任されているが、本当はそんな面倒なことをやりたくない。家には政略結婚でいやいや結婚した怖い妻がいる。もう8年もレス。

そのためメルセデスの世話になっている。桜蘭亭で癒されて何とか仕事をこなしている

(レスってなに?)


 時間は夜の8時。2人目の客はいかにも金持ちそうな中年男である。最近、メルセデスを指名するようになった大商人らしい。こいつもクマのぬいぐるみの中から個人情報を暴くことにする。


アラン・ブローニング 49歳 穀物ブローカー

魔力0 攻撃力12 防御力10


 都でも著名な穀物商人。莫大な資産で買い締めを行い小麦相場を左右する。政府からは要注意人物であると一部からにらまれているが、賄賂で抑えている。方々に愛人を抱え、豪勢な散財で新聞紙上を賑わす男である。


「おい、メルセデスはまだか!」

 クレーベル公爵と個室へ消える前から、この商人は2時間ほど待たされていた。この男がメルセデスを指名したのは今日が2回目。桜蘭亭のルールに従えば、次に3回目でやっと褥を共にできる間柄になるのだ。それもメルセデスが3回目の逢瀬を認めるかにかかっているのだが。


 つるつるの天頂部分を半円で覆うように髪が残っており、類人猿顔の腹の出た小男。愛嬌があればまだよいのであるが、内面から出てくる醜悪さがプンプンしていて、とても女性からはモテない容姿である。

「あれ、あのクマの人形、先ほどまで右腕を挙げていなかったか?」

 アランはそう酒に酔った赤い目を私に向けた。私はドキッとする。先ほど、個人情報公開のために右手を額に当てていたのだ。汗がたらたらと流れてくる。


(や、やばい!)

 プティは夜の席には同席しないのが桜蘭亭の決まりだ。事情を知っているメルセデスの妹分であるNレディやプリンシパルの娘たちは、慌てて話を逸らす。


「あれはぬいぐるみのクマですわ。動くはずがありません」

 そう相手をしているNレディが答える。その何気ない言い方に、アランもそれ以上は深くは追求しなかった。酒の入ったグラスを飲み干すと、テーブルに激しく打ち付けた。かなりイライラした様子だ。


「あんなクマのぬいぐるみが趣味かよ。ナンバー1のロイヤルレディというのも少女趣味だな。初物でもないくせに……」

「まあまあ、アラン様。間もなくメルセデス姉さまは来ますわ。それまではどうぞ、もう一杯」

 上等な酒を注ぎ、水で薄めてアランの好みの味に仕上げる。給仕をするプリンシパルはアランの気を悪くしないようテキパキともてなす。

「ふん。全く、面倒なシステムだ。いくら絶世の美女を抱くとはいえ、3回も通わねばならないとは。金ならいくらでもあるのだ。相場の10倍は払う。今日はここでメルセデスに伽を務めさせることはできないのか!」

 脂ぎった男はそう相手を務めるNレディやプリンシパルを叱りつける。メルセデスの妹たちである彼女らは、メルセデスが来るまでこういう客の相手を務めるのだ。


「アラン様、最近のお仕事は順調ですか?」

 Nレディの少女がそう話題を向けた。そしてグラスに酒を注ぐ。アランと呼ばれた商人はそれをグイっと飲むとNレディを抱き寄せた。さりげなく胸にタッチし、お尻を触ってくる。

「ぷふう~。順調も順調よ。小麦を買占めたおかげで利益は倍増。毎日、金貨が空から雨が降ってくるようだ」


 Nレディはこの行為に内心は嫌悪感を覚えたが、姉レディの常連客になるかもしれない男だから笑顔で接する。この辺りは、普段の修行の成果である。

「小麦の買い占めですか。それだと物価が上がって町の人が大変じゃないですか?」


 給仕をしていたプリンシパルの少女がそんなことをつい口にしてしまった。悪徳商人はプリンシパルの少女をにらみつける。

「ふん。町の人だと……平民の生活など知ったことじゃない。あいつらは俺が贅沢するため存在する。いわゆる金を運んでくる家畜だ。家畜がどうなるか、お前らも知ってるだろう?」

「……町の人を家畜だなんて……」

「なんだ、お前ら、小娘のくせに不愉快だ。お前ら売女ばいたは愛嬌を振りまいて股開けばいいんだよ。そうすりゃ、金がたんまり入るんだ。桜蘭亭とか最上級の妓楼とぬかしてまどろっこしいところだ。みんな脱げ、裸体で俺を歓迎しろ」


 そう言って傍らのNレディのドレスを脱がせようとする。デビュー前のNレディに対してこの行為は明らかに違反である。

「アラン様、お待ちください。それはダメです」

「はあん、何言ってるんだ。メルセデスが来ないんだ。来ないなら代わりに妹分がもてなすのが筋ってもんだ。金ならいくらでも出すぞ。文句は言うな」

「ダメです、アラン様」

「きゃあああっ……」

「いや、やめてくださいまし……」

(ああ、あのおっさん、いい加減むかついた。ここは私が出て行ってぶん殴ってやろうか!)


 クマのぬいぐるみの中で怒りが込み上げてきた私は、このまま移動しようかと少し足をぴくっとさせた。しかし、部屋の外に気配を感じたので固まった。


 バン……。

 ドアが乱暴に開いた。そこにはメルセデスが怒りの目で立っていた。

「アラン殿、お帰りなさいなし」

「お、おおお……メルセデス、やっと来たか」

「聞こえませんでしたか。アラン様、ルールを破ったお方は出入り禁止ですぞえ」

 近づいてきたアランの額を扇で打つ。酔っぱらったアランは床に這いつくばった。


「な、なにをするのだ?」

「出入り禁止と言ったはずじゃ」

「な、なんだと……」


 アランの顔から血の気が失せた。しかし、頭を振ると持ってきたカバンに走りよるとそこから袋を取り出した。

「ほら、金貨だ。500枚はあるぞ」

 アランはそれをばら撒き始める。床にキラキラと落ちて転がっていく。しかし、メルセデスもその妹分も微動だにしない。これが町の中であったなら殺到して大騒ぎになるに違いない。この金貨10枚もあれば、一般市民が1年は遊んで暮らせるのだから。


「なぜだ、金で体を売る遊女がなぜ、金を受け取らぬ。ほれ、はいつくばって拾え。そして服を脱いでけつをこっちへ向けろ」

「アラン殿」

 ピシャリとメルセデスは扇をアランへと向けた。

「確かにわちきらは金で買われた身。体を金貨と交換していることは事実じゃ。じゃがの。金で心は売りはしない。そしてルールも守れぬ野暮った男にはなびきはしないのじゃ。アラン殿、わちきらは真のお金持ちの男が好きじゃ。だが、あなたは真の金持ちではない。金しかないつまらぬ男じゃ。そういう品のない男はこの桜蘭亭では遊べないのじゃ」


「な、なんだと!」

 騒ぎを聞きつけた桜蘭亭の男衆がアランを押さえつける。ルールを破った客はどんなやんごとない身分であれ、大金持ちであれ、叩き出すのが決まりなのだ。


「うああああっ……待ってくれ、謝る。だから、かんべんしてくれ~」

 アランの声がだんだんと小さくなる。


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