黒真珠
よく朝。
私は冷たい感触で目を覚ました。
(ジータがいない……)
いつのの如く、ジータは早起きして朝の仕事に向かったようだ。
(あれ?)
足に当たる冷たいものは水である
(いや……なんでベッドのシーツが濡れているのよ……)
(まさか……私……おねしょをしたの!)
思わず私は自分のパンツを触った。
少し乾いた感はあったが、明らかに濡れている。
(ああ~。この私が……私が~)
絶対にありえない。ありえないが事実だ。
きっと、精神は大人でも体が8歳だからだ。
あんな怖い魔獣と戦ったのだから、体が反応してしまったのだと私は自分に言い聞かせる。
「う…う……ううううう」
懲罰人を撃退し、魔獣を退治した私であったが、朝から自分のパンツとシーツを洗うことになった。自分が原因とはいえ、全く、ショックで屈辱である。
*
朝になって馬車が迎えに来た。エンリエッタが迎えに来たのだ。私のお仕置きは3日間だったはずだが、2日で終わった。
(そりゃそうだろう。脅かす役の大人は全員、昨日やっつけたから)
(あと、私がおねしょしたことも大きい……)
本当に恥ずかしいことで、穴にでも入りたい気持である。朝から濡れたシーツとパンツを干す羽目になった。
しかし、このことが結果的には私に利益をもたらせた。なぜなら、干場に吊るされ、太陽に輝く私のパンツとシーツは、エンリエッタの心を動かした。生意気なことを言ってても、私が弱い幼女だと改めて思い直したのだろう。
エンリエッタは私を本館に連れて行くと、メルセデスのところへと連れて行った。
「ロイヤルレディ……。この子を引き取っておくれよ。要求通り、別館の折檻を乗り越えたからね」
もうメルセデスは起きていた。私が別館の試練を乗り越えたと聞いて、少々驚いているようであった。メルセデスはエンリエッタと約束して、この試練を乗り越えたら私を引き取ることにしていたようだ。
「女将さん、約束と言っても、まだ2日。3日にはまだ早いようじゃが」
「それがね、ロイヤルレディ。いろいろとあって、あの別館は使用中止になったんだ」
「へえ。やはり、こいつはいろいろとやらかすようじゃ」
「ロイヤルレディ、お願いだ。あなたの下で修業をすれば、この子はきっと最高の稼ぎ頭になる」
「ふん」
メルセデスは鼻白んだ。
「最高の稼ぎ頭……この性悪が?」
メルセデスはどうも乗り気でないようだ。空気で私は感じる。
「ああ、なるほど。自分より私の方が人気が出たら困るんだ」
私はあえてへらず口を叩いた。予想通り、ムッとするメルセデス。
「お前のようなガキんちょに、どうしてわちきが困るのだ」
メルセデスは私の両ほっぺをつまんでぐるぐると回す。これは痛い。
「ひたたた……」
「ふん。お主のような生意気なプティは、自分の実力というのを理解しないといけないようだ。では、わちきからお主に試練を与えよう」
メルセデスは首にかけたネックレスを外す。それは黒光りする見事なものだ。生まれ変わる前は、日本でお金持ちのお嬢様だった私には、これがどんなものかを知っている。
黒真珠。
クロチョウガイから取れる自然の宝石だ。この異世界では養殖技術なんてないから、天然ものである。となるとかなりの希少価値があると思われる。
「お主、この黒真珠の真珠はいくらくらいと思うのだ?」
メルセデスがそう言って手渡したネックレスは、緑に光り美しくてなかなかのものだ。長さも2重で60センチある。どの真珠も真ん丸である。
(これはかなり高価だと思うわ……。日本じゃ、5,60万円というところかしら)
ガルだと5分の1くらいだから、10万ガルといったところだろう。ただ、この異世界の相場が分からない。
「……10万ガルくらい?」
私は小さな声でそう言った。その答えにニヤリとするメルセデス。
「よく言ったミコト。お前は物を見る目がある。では、お前、このネックレスを最低でも10万ガルで売ってくるのじゃ。それができたら、わちきの妹にしてやろうぞ」
「ロイヤルレディ、10万ガルってそれは無理というもの」
女将のエンリエッタが慌てて止めに入った。どうやら、このメルセデスの要求はかなり難しいようだ。私が思うほど、この異世界の黒真珠の価値は低いのかもしれない。
「白真珠だったら、それくらいで売れるかもしれないけど、黒真珠じゃ無理だよ。ロイヤルレディはミコトを妹にするのがそんなに嫌なのかね」
エンリエッタは少し落胆した感じであった。私をどうしてもメルセデスに預けたいらしい。桜蘭亭の女将がこれほど入れ込むのだから、メルセデスを師匠にすることは、やはり重要なことなのであろう。
「いいえ、女将様。わちきはミコトはそれくらいのことやってのけそうじゃと思うからじゃ。のう、ミコト。黒真珠は白真珠に比べて、価値は低いとされる。だが、それは本当じゃろうか。お主は自分で見た価値を信じてそれを実行すればよいだけじゃ」
メルセデスはそう言って扇で口元を隠して笑った。メルセデスの本心は分からないが、私にはこのクエストはそれほど難しいものではないと思った。おそらくは客から贈られたであろうその黒真珠のネックレスの見事さから考えれば、10万ガルで売るなど問題ないと思われた。
「それでは売ってきます」
「楽しみじゃの。売れたら今日はみんなで御馳走を食べようぞ」
「売ってきますので、そのごちそうは大部屋の子たちにも振舞ってください」
私はそう要求した。いつも質素な食事をしている大部屋の娘たちにも恩恵を与えようと思ったのだ。
「ほう……お主にしては優しいのう」
「今は大部屋所属ですから」
「大部屋の娘は娘で質素な食事になっている理由があるのじゃが、今回はよしとしようぞ。但し、お主が本当に10万ガルでそれを売ってこられるならのう。期間は1週間。それまでに売ってもらおう」
そうメルセデスは約束して取り巻きの女の子を従えて私の目の前から去っていった。後には途方に暮れるエンリエッタと黒真珠のネックレスを握った私が残された。




