ネズミの魔神
「ねえ、豆蔵」
「ナンデゴザルカ?」
「噂の中にネズミの前歯をもった魔物がとかいうのあったよね?」
「ハイ、アッタデゴザル」
「豆蔵、あの鏡に映っているの、明らかにネズミのお面を被ってますね。足は山羊の蹄だし」
青銅の鏡には恐ろしい魔物が映っていた。ネズミの顔と蹄をもった身長は3mはあるかという巨大な生物だ。
「アレハ……魔獣デゴザル……」
「ま、ま、ま、魔獣ですって!」
「恐ラク、アノ古代ノ鏡ニ封印サレテイタノガ、アノ女ノ血デ封印ガ解ケタデゴザル」
(そうかな……)
豆蔵は人間の血が引き金になったと言ったが、私には何か違うと思った。その根拠が何なのかは分からない。あの鏡に自分の姿が映った時に感じたあの変な感覚。それにあのクリムゾンアントの巣で現れた巻き角の魔獣の時にも感じたことだ。
私が映ったから、鏡の中からその黒い獣が現れたということではないだろうか。
黒い獣は鏡から出てくると、一歩を地面に付けた。そしてそれは質感をともなって、私の方へ近づいてくる。獣臭い臭いが通路に充満する。牙をむく口からは赤い粘液がだらりと垂れる。見るからに恐ろしい化け物である。
(倒すしかない……倒すしかないけど……倒せるだろうか!)
私は豆蔵を見た。豆蔵は愛用のサバイバルナイフを両手に持ち、クロスさせて構えている。私と共に戦う気だ。
「こいつの個人情報、分かるかしら?」
私は右手を額に置いた。個人情報開示の特殊能力発動である。悪魔に効くかと少々心配であったが、杞憂に終わった。
鏡に封印されし齧歯の魔獣 魔力550 攻撃力670 防御力650
12魔獣の最下位ではあるが、その力は人間を軽く凌駕する。魔法攻撃を40%の確率で無効化する能力をもつ。弱点は聖属性攻撃。
「聖属性攻撃ってなによ?」
こういうのは、ファンタジーゲームでもやりこんでいた人なら想像がつくかもしれないが、私には分からない。
それにしても顔がネズミの割には、魔力にしても攻撃力にしても、これまで見てきた人間をはるかに凌駕する数字を叩き出している。魔獣と言うからには雑魚モンスターではない。
「ミコト様、コイツハ危険デゴザル」
豆蔵が齧歯の魔獣の爪攻撃を避けながら、接近戦を挑んでいる。足にナイフを突きつけるが、剛毛に覆われた足を傷つけることは容易ではない。
「豆蔵、時間を稼いで……」
戦うと言っても8歳の子供である私ができることは、魔法しかない。
「我、記せし、世界を欲する」
すぐさま、5枚ほどの魔紙を召喚する。2枚に『火矢』「氷矢」と書き、それに3枚の『倍』をぶち当てた。
「これでもくらいなさい!」
16本の火矢と氷矢のさみだれ撃ち。私の持ってる魔法による直接攻撃である。この激しい遠距離攻撃に耐えられるはずがない。
そう思った私は魔獣の魔法無効化能力の凄まじさを知ることになる。16本の矢はその4割が弾かれ、残った矢も皮膚を覆う剛毛で威力を弱められ、突き刺さってダメージを与えたのはわずかに9本ほど。
巨体を揺らすモンスターには軽微なダメージである。
それでも痛みを感じた齧歯の魔獣は、怒りの雄たけびを上げる。それは地下道を震わせる凄まじい音だ。
「あれ、ここはどこだ?」
階段から転げ落ちた男が目を覚まして体を起こした。しかし、齧歯の魔獣を見てあまりの恐ろしさに口から泡を吹いて気絶してしまった。
齧歯の魔獣のまがまがしい気は、見ただけで普通の人間を戦闘不能にしてしまうのだ。
「……×*#+>:**」
齧歯の魔獣は何やら唱えている。魔法である。右手の鉤爪を上に向け、その上に火の玉が膨らみつつある。
「ミコト様、マズイデゴザル。アレハ、ファイアーボールデゴザル」
「ファイアーボール?」
「火ノ魔法デゴザル。クラエバ、我ラココデ消シ炭ニナッテシマウデゴザルヨ」
豆蔵は私をかばうように立ちはだかる。齧歯の魔獣の魔法はどんどんと膨らみ、ついには大玉ころがしの巨大なボールのようになった。それは太陽の表面を覆うコロナのように炎の渦があふれんばかりである。
「我、記せし、世界を欲する!」
私は素早く、指で大きく四角を描く。そこへ、魔筆で大きく『壁』と書いた。
「豆蔵、下がりなさい!」
私は豆蔵のシャツを引っ張り、1歩下がらせた。そして魔紙を突き出すと同時に、齧歯の魔獣がファイアーボールを放った。
『ウォール!』
私と豆蔵の間に魔法の壁を発生させる。ファイアーボールはこの壁に阻まれて砕け散った。私の作った壁もエネルギーが相殺されて消し飛んだ。
(助かった……まずは敵の強攻撃を……うっ!)
私としたことが油断した。
壁の消失と同時に、踏み込んできた齧歯の魔獣の手が私を掴んだのだ。手が予想よりも長く伸びた。これもこのモンスターの特技なのかもしれない。
「ぐっ……」
体を掴まれかけた私はとっさに両腕で齧歯の魔獣の手を打ち付けた。8歳の幼女の力では虚しいと思われた抵抗であったが、服の袖があたった瞬間に緑色の稲妻が走り、齧歯の魔獣は手を引っ込めた。
(ど、どういうこと?)
明らかに齧歯の魔獣がダメージを受けている。それは微力であったが、効果は高い。
(私の服……あ!)
私は叫んだ。ジータにかけられた水のことを思い出したのだ。ジータが聖水を私に振りかけたことを思い出した。
「豆蔵、聖水は魔獣に効果があるの?」
「アルト思イマスガ……ソレハトテモ弱イ。聖水ダケデハ倒セナイデゴザル」
「効果があればいいのよ!」
私は再び、魔紙を召喚する。各文字は『強』である。そして『倍』。素早く、達筆に書いた文字は10枚。『強』5枚に『倍』が5枚。そして、ポシェットからジータが持ってきた聖水が入った小瓶を取り出した。
それをハンカチにぶちまける。それを右手のこぶしに巻き付けた。
「聖水の力を5倍にしてさらに5倍する!」
高められた聖水パワーがしみ込んだハンカチは、デーモンスレイヤー並みの武器になる。私は右手のこぶしをぶんぶん振り回し、そして齧歯の魔獣の腹に向かってストレートパンチを放った。
「これでも喰らえ、ゴット・ハンド!」
技名は適当である。適当であるが、聖水の効果が爆上げしたハンカチを巻き付けた右パンチも相当に強化されている。
「ぐおおおおおおおおおっ……」
齧歯の魔獣は10mほど吹っ飛んだ。床を削り、壁に穴を開けてダウンする。もちろん、これで許す私ではない。
「この化け物、早く地獄へ帰れ!」
倒れた齧歯の魔獣にまたがり、頬を殴りつける私。はたから見ると実に滑稽な光景であろう。なぜなら、恐ろしい姿の獣に乗っかり、ひたすら右のパンチを繰り出している8歳の少女の図であるからだ。
「魔獣というのは、こことは違う別次元に住んでいるという話。この世界に現れるには、それなりの力を出してやってきている。だから、その力をぶち折るくらい、徹底的にぶちのめす」
気持ちが折れれば、現世にとどまるエネルギーは四散して、あっちの世界へ戻るであろう。
聖水で強化された聖なる拳を幾度となくぶち込んだおかげで、齧歯の魔獣は苦しみだした。
「ぐおおおおおおおおおおおっ!」
口や目、鼻から光を放ち、体が消えていく。こちらの世界で存在を示せなくなったようだ。私の勝ちである。8歳の幼女が齧歯の魔獣を殴り倒したの図である。
「サ……サスガ……ミコト様……齧歯の魔獣ヲ素手デ倒ストハ……」
豆蔵は改めて私の凄さを知って心酔している。私はそんな彼に後始末を命じて、館へ戻ろうとした。
(あれ?)
齧歯の魔獣が現れたところに1冊の薄っぺらい本が落ちているのに気付いた。モンスターを倒したから戦利品なのであろうか。
拾ってみると『魔導書』である。ペラペラめくると、私の知っている『眠』やら『炎矢』があったが、新しい魔字も書いてあった。
まずは『火玉』。齧歯の魔獣が使おうとしていた、炎の全体攻撃魔法である。もう一つは『粘』。これは敵の地面に粘着する液体を出現させて、動けなくする魔法。瞬間にゴキブリホイホイを発生させるものである。
さらに使えそうだと思ったのが、『勇』という魔字。発動させると味方の心に勇気を与え、攻撃力が上がるという代物だ。
(ファイアーボール以外はしょぼいけど、頭を使えば使えそうかな?)
そして最後は『門』という魔字。これは簡単な移動魔法。あらかじめ、魔筆で印を付けておいた場所へ瞬時に移動する魔法である。これはかなりすごい魔法だが、残念ながら低レベルのために印の効果は1週間程度。距離も1キロ以内である。使えるのか使えないのか分からない魔法である。
「アイテムらしきものもあるわ……」
私は5つの何か差し込む穴が開いた腕輪を見つけた。革製で古めかしいものだ。調整ができるので、私の体でもなんとか着けられそうだ。
「コレハ、魔法弾倉デゴザル……」
「魔法弾倉?」
私は右手を額に当てる。私の個人情報開示能力は、物に使えば鑑定ができる。鑑定できるものは世の中で知られているレベルであるから、魔法鑑定人と同等というわけではないが、便利な力だ。
【魔法弾倉】
起動した魔紙を丸めて穴に差しておけば、発動を待機させておけるアイテム。材質や作られた工房によって、性能は異なる。この弾倉に保管しておけるのは10分程度。
(なるほど……使いようによっては役立ちそうね)
魔法を使うためには魔紙を召喚して、魔筆と魔墨で字を書かないといけない。どんなにすばやくしても書いている姿は人に見られてしまうだろう。あらかじめ書いておけば、その姿を見られなくて済む。
保管していけるのは10分程度だから使い勝手は悪いけれど、ないよりはましというモノだろう。最初に神様がくれた封印のシールと同じである・
戦利品としては満足いくほどではなかったが、まあ良しとしておこう。
私は部屋に戻ってベッドに入る。ジータは魔法で眠っている。私も眠くなった。あくびをして眠りについた。齧歯の魔獣との戦闘はさすがに疲れた。




