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早く



「隼人様は、浮気はしていません」


 秋吉はこほんと咳をした。


「あなた方は常に一緒じゃなかったですか?」


 そうだったっけ? 思い出そうとしたが、確かに二人きりの時間を過ごした事は間違いない。

 陸は口をつぐんだ。

 隼人はなぜかそわそわしている。


「隼人様は、陸さん以外の方と関係を結んだ事は一度もありません」

「比呂也っ」


 隼人が目を吊り上げる。


 どうして、秋吉さんがそんな事を知っているんだろう。


 陸はぽかんと彼を見つめた。隼人は怒って秋吉に詰め寄ろうとしたが、秀一が押しとめた。


「そもそも隼人様はだまされたのです」

「だまされた?」

「ええ。まんまと引っかかったんですよ。社長に栞さん、カメラマンの後藤様の策略に」


 隼人は驚いた顔で秋吉の顔を見ている。そして、たちまち目を吊り上げた。


「比呂也っ、その話を詳しく話せっ」

「はい。高校生だった陸さんが大学に入られてから、隼人様はセックスフレンドになってほしいとお誘いになりましたね。そのせいで陸さんを傷モノにしたと怒った社長は、いつか、この胸の内を晴らそうと企んでおりました。その後、栞さまが二人の様子を見て勘付かれ真実をお知りになり、さらに共犯になって隼人様をホテルに呼び出されたのです。後藤様は高校生の頃から陸さんを撮りたいとお考えになっていましたので、いつか出し抜こうと考えていたようですよ」


 それを聞いて陸は開いた口が塞がらなかった。すると、秀一は隼人を見下すように言った。


「隼人はひどい男だ。容赦なく陸くんを手篭めにした。これを許さないでどうする。僕は今でも反対だよ」

「そんな事はありません。隼人様は確かに低俗な事をなさったかも知れませんが、誠実ですよ」


 秋吉は静かに言った。


「隼人様は、陸さんを独占したいがために、わがままばかり言っていたんです。誰かさんと同じですよね」


 ちらっと秀一の方をあの流し目で見る。秀一は済ました顔で微笑んだだけだった。


「隼人……。今の本当?」


 隼人は、赤くなればいいのか、青くなったらいいのか分からないような顔をしていた。そして、


「来いっ」


 といきなり陸の腕をつかんだ。


「どこに行くの?」


 引っ張られて、隼人の乗ってきた車に押し込まれる。鍵を回しエンジンを唸らせると、


「ほらっ」


 とちぎれた旅券を突き出した。セロテープでくっつけてある。


「隼人……」

「比呂也から聞いた。悪かった。ごめん」

「ごめん…って…」


 再び目がじんわり熱くなる。


「俺の事が好きって本当?」


 シートベルトをかちゃかちゃいわせていた隼人がぎくっとした顔をした。


「……ぁぁ」


 小声でよく聞こえない。


「はっきり言えよ」

「お前こそ、いつから好きなんだ? 先に答えろよ」

「え……」


 陸は借りてきた猫のように静かになって、助手席で小さくなった。


「……から」

「聞こえない」

「初めて…会った時、だよ」


 素直に認めると、隼人がかちゃんといわせてシートベルトを外した。そして、助手席に座る陸の方へ体を乗せてきた。


「おっ、重いっ」


 強く抱きしめられた。


「好きだ、陸」

「うん……」


 恥かしさのあまり顔から火が出そうだった。


「分かったから、離して……」

「好きだ」

「うん……」


 うれしくて涙が滲んだ。


「隼人のバカ…。キスくらい、しろよ」


 ぼそっと囁くと、隼人がキスをしようとした。その時、コンコンと窓を叩く音に、陸たちははっとした。


「何だ…比呂也……」


 むっとして隼人が顔を上げた。秋吉は気まずそうな顔で言った。


「社長から伝言です。仕事はさぼらずにきちんと出てくるようにと」

「分かったよ」


 隼人は早口に答えて窓を閉めた。秋吉が車に乗り込み、青のスポーツカーが動き出す。それを見届けて、隼人はそっと陸に頬を寄せた。


「好きだ」


 改めて言われると恥ずかしい。

 照れてしまった陸は、二度と顔を上げられないと思った。

 思ったけどキスするためにはやっぱり顔を上げるしかない。ふうっと息を吐くと、優しくキスをしてくれる。


「隼人……」


 陸がためらいがちに言うと、隼人がびくっと体を震わせた。


「……少し待て」

「うん」


 隼人がアクセルを踏んで車を発進させる。

 陸は助手席からじいっと隼人の横顔を見つめた。

 自分が好きになった人は、やっぱり初めて会った時と同じように、凛々しい顔をしていると思った。


「隼人が好きだから」


 隼人は答えない。前を見据えたままだ。


「好きだよ」

「分かったから…頼むからちょっと黙ってくれ」


 運転ができるなんて知らなかった。もっと早く素直になればよかった。

 陸は今まで言えなかった好きを何度でも言いたいと思った。


「早く家に着かないかな」


 ぽつりと言うと、隼人が静かに脇に車を止めた。


「えっ? もうっ?」


 びっくりして目を見開く前に唇が塞がれた。口が離れ見上げると、潤んだ目の隼人がじっと見ていた。


「やばいんだよ、お前は…」


 頭から食べられそうな勢いで、隼人が陸の唇を貪る。

 暗くてよかった。きっと今の自分たちなら、朝日が昇っても真っ昼間でもキスしたと思う。


「隼人…早く二人きりになりたい」


 そう言うと、隼人は無言で泣きそうな顔をしていた。

 こんな顔も初めて見る。

 愛しさに胸が熱くなった。

 肩を抱き合いながら、二度と離れないと誓った。



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