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あたため令嬢の流儀  作者: 雪村灯里


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【前編】令嬢たるもの美しく!

 時が満ち、私は興奮していた。でも、それを表に出してはダメ。


 ――ガシャーン!!


 食堂に着くと、生徒たちのギャラリーが出来ている。騒動の中心は女生徒2人。1人はずぶ濡れで床に座り込み、もう1人は不機嫌そうに立っている。彼女達の周りにはフルーツが転がっていた。


田舎者(いなかもの)がこの学園に来るなんて、身の(ほど)知らずも(はなは)だしいわ!!」


 これは、水とフルーツ皿をぶちまけた現生徒会長のセリフ。ヒステリックに叫ぶその声は、始まりのファンファーレ。私は悠々(ゆうゆう)とギャラリーを割って輪の中心へと向かった。ここで私のセリフ。


「まぁ、つまらない学園ですわね。生徒会長が弱い者いじめなんて」


 豊かな黄金(こがね)色の縦ロールを揺らし、強者のオーラを(まと)った私を前に、場はしんと静まり返る。


「何ですって?……貴女(あなた)、生徒会長選に立候補した転入生ね? お黙りなさい、これは(しつけ)よ。伯爵(はくしゃく)令嬢ごときが、私に意見するなんて百万年早いのよ!」


 私は()えるおバカさんを無視。それよりも、ずぶ濡れで座り込む女生徒に手を差し伸べた。悲しさと悔しさでいっぱいの彼女は、唇を噛みしめ涙を浮かべている。


「……。涙を流すのは、まだ早くてよ? さぁ、更衣室に制服の予備があるわ。着替えに行きましょう」


「私を無視するな!!」


 おバカさんは持っていた扇子(せんす)を私に向かって投げつけた。でもそんな攻撃、私にとっては庭を舞う蝶と同じ! ノールックで扇子をキャッチすると、ギャラリーから歓声が上がった。そしてキメ台詞!!


「あなたが生徒会長で居られるのは……あと、どれくらいかしら?」


「――!!! このッ!!」


 煽られた現生徒会長は、私に掴みかかろうと手を伸ばす。まったく、野蛮でいけませんわ。令嬢たるもの美しく、優雅でないと。


 私は華麗に手を避ける。けど……ここで不運にも床に落ちていた南国フルーツ・バナーヌの皮を踏み、転ぶ!!


 ああんっ♡ ここが見せ場よ!!


 恍惚に満ちた時間がやってくる。指の先、つま先まで気を抜いてはならない。まるで舞うように、しかし受け身もしっかり。


 ――すてーん!!


 そして頭をコツンと! ご安全にッ!!


 ――コツンッ☆


「「う゛っ!!」」


 私の視界は暗転する。うん、白目は剥いてないわ。ちなみに、私のつま先はおバカさんの(あご)にクリーンヒット。これは不可抗力ですわ。御免(ゴメン)あそばせ。


 倒れた私達を見てギャラリーは騒然となるの。そして、これを遠くから眺める治安の悪そうな男子生徒がひとり。


「ふっ……。おもしれー女、みーつけた♪」


 Excellent(エクセレント)! おもしれー女、頂きましたわぁーー!! さぁ、舞台はホッカホカ!! 私の役目はここまで。後は頼みましたわ、転生者さん♪



 ◆



「ハィ! カーーットォ!!」


 男の声が響き渡ると、真っ暗だった部屋にぼんやりと明かりが(とも)った。その明かりは次第に明度を増して、私は色彩を取り戻す。


 視界には長いハニーブロンドと、体の曲線を拾う白いロングワンピースが映った。久々に見る本来の姿に、ほっと胸を撫で下ろす。


「レイカちゃん良かったよ~!『生徒会長は超悪役令嬢様!! 治安の悪い令息を服従させたら溺愛されました』。最高の滑り出しだよ~!!」


 私の元に、ヨレヨレの黒パーカーを着た中年男性が近寄ってきた。


 カントクは嬉しそうに笑うと、丸めた台本をポンポンと叩いて喜んでいる。あ、彼は監督(かんとく)では無い。創造神・カントクだ。


 彼の背後にウインドウが現れ、私がさっきまで居た世界が映される。金髪令嬢の体に入った転生者が、物語を続けていた。


「無事にスイッチできて良かったですわ~。これもカントクたちのお陰……。あら、いけませんわ。まだ役が抜けなくて……御免あそばせ」


「仕方ないよ~! 17年も演じていたら、直ぐには抜けないって! はははははは!!」


「ほほほほほほ!!」


 私は異世界俳優のレイカ、永遠の23歳。異世界に来る前は俳優を目指してバイト・稽古(けいこ)・オーディションに明け暮れていた。でも、忙しすぎたのかしら? いつの間にかこの異世界『スタジオ』に来ていた。


「よっ! さすが『あたため令嬢』! レイカちゃんが温めた世界は好評だよ~」


 カントクは無から取り出したタブレットに指を滑らせると、私にレビュー画面を見せた。


『☆☆☆☆ ノンストレスで進行できました!』

『☆☆☆☆☆ 物語に没頭(ぼっとう)できる!』

『☆☆☆ 良かったけど、刺繍(ししゅう)が上手過ぎて困った』


「平均評価☆4! ウチの看板女優も夢じゃないよ!!」


 みんなから褒められて、口元が緩んでしまう。


 昔は異世界俳優なんて職業、無かったらしい。転生者は赤子からじっくり物語を(つむ)いだから。


 でも! 世はタイパ・コスパ時代。主人公が自由に動けるようになってから、転生者として覚醒(かくせい)するスタートを要求された。つまり、いいとこ取り。


 神々は悩んだ。異世界現地人の体を途中から乗っ取るのはコンプラ的にどうなのかと。それに前世の記憶を封印して生まれても、確実に覚醒出来る保証がない。


 なので思いついた! 代理の者を転生させ、時が来たら魂を交換する。これなら転生者同士で完結するので……多分問題ない。その代理役が私達異世界俳優なの。


「もう! カントク、褒めすぎですわ? ……まさか、難しい案件でも?」


 カントクは頼み事をする時、()め殺すクセがある。私も何度、彼の術にハマり苦労したことか。協力したいのは山々だけど、クランクアップしたばかりだから少し休暇を取りたい所。


「バレちゃった? そうなんだよ~。演者が決まらないのが有ってね~」


 眉尻を下げて困るカントクは、次元の狭間(はざま)から一冊の台本を取り出した。タイトルは――

 

『孤独な深窓(しんそう)聖女は、ポンコツ魔王と永久(とこしえ)の春を舞う(仮)』


 ◆あらすじ◆

 主人公『フレイ』は内気で孤独な聖女。18歳の春、偽りの神託で魔王の花嫁に選ばれてしまう。しかし輿入れの日に前世の記憶が蘇り、自分が転生者と知る。慣れない魔界で、前世の記憶を生かしながら生活を始める。魔王の優しさに触れ、()かれてゆくフレイ。運命に踊らされながらも、二人は魔界で幸せを見つける。 



「あら? 俳優たちがこぞって取り合いそうな、素敵な筋書きですのに」


「実はね、低予算異世界なんだよ~。完成させるには演者の協力も必要でさ~。経験豊富な実力派じゃないと務まらないんだよね~」


 ――ピクリ。経験豊富な実力派?


「それに僕もスランプでさ~。仮の部分が多いから、それがイヤって人が多くて。柔軟な発想と機転の利く子を探しているんだよ~」


 ――ピクリ、ピクリ。柔軟な発想と機転の利く?


「レイカちゃんなら安心してお願いできそうだけど、終わったばかりだろ? 最近☆3.5になった、若手にお願いしようかな~って――」


「やりますわ!」


「え? いいの!?」


「私がここまでこれたのも、カントクのお力添えあってのこと。ですから、カントクがお困りなら、喜んでお受けしますわ!!」


 新人に仕事を取られるのを恐れた訳ではないの。決して。

 そう! 私にしかできない舞台。幾多(いくた)の困難を乗り越え、最高の舞台を転生者にバトンする。――これが私のポリシー!!


「お任せください。この世界、主人公到着まで私が温めますわ! あたため令嬢の名にかけて!」


 びしっと決めた後、我に返りましたわ。あ、これ……カントクの策に(ハマ)ったと。でも後の祭り。


「じゃあ、鉄は熱いうちに打て、気持ちは鮮度と言う事で。早速(さっそく)!! よろしくね、レイカちゃん!」


 カントクは時空の切れ目からカチンコを取り出すと、私の前で構えた。そして、始まりの音が鳴る。


「スタァァァーートッ!」


 ――カン!!


 私の世界は暗転し、また新たな舞台へと送り出された。


 ☆ ☆ ☆


 ここは人々が穏やかに暮らす中世ヨーロッパに似た世界。妖精が舞い、魔法が存在する場所。親の顔よりよく見るザ・異世界ですわ。


 新しい舞台に誕生して早12年。今の私は『フレイ』という少女を演じている。


 後に聖女となる私は侯爵家の3女として生まれる。体と気が弱く引っ込み思案。いつも兄と姉の影に隠れていた。


 さらさらとしたプラチナブロンドと蛍石色(フローライト)の瞳は神秘的で、周囲からは神が作った人形と持て(はや)されている。私は秘密を守る様に奥深い窓の内で静かに刺繍(ししゅう)をする。


 Good(グッド)! ここまでは順調。


 役作りは完璧。肌や髪の手入れも抜かりなし。私は周囲を見渡して人の気配がないことを確認したわ。そして、そっと刺繍道具を置く。窓からは絶対に見えない部屋の隅に移動すると、シャドウボクシングを始めた。


「ふっ! ふっふー!!」


 身体は資本。病弱で内向的な設定でも、いざという時の為に鍛えておかないと怪我に繋がる。転生者にバトンするこの体、しっかりと磨き上げないと!!


 ――コンコンコン!


 はっ! 私としたことが!! 集中し過ぎてしまった。

 私は慌ててその場に座り込む。心配そうに扉を開けたのは、このお屋敷のメイドだった。


「失礼します……お嬢様!? 大丈夫ですか?」


「はぁ……はぁ……はぁ……部屋の中を散歩していたら、疲れちゃって。でも大丈夫、少し休めば落ち着くから……」

 

 決して激しい運動をしていたなんて悟らせてはいけない! メイドを不安にさせまいと私は弱々しく笑った。薄幸な美少女の儚い笑顔にメイドは目を潤ませる。


「もう、お嬢様。無理してはいけませんよ」


 私はメイドに介助してもらいながら、筋肉痛の足を引きづり椅子に座る。数分程して私の息が整い落ち着くと、安心した彼女は部屋から出て行った。……それを見送った私は、自身の脚に手を添えて聖なる力を使う。


 ああっ……この力、筋肉痛に効く……!


 低予算な異世界でも、癒しの力を持たせてくれて良かった。カントクによると、私は2年後に聖女として任命される。それまでに、私にはやるべきことがあった。



 家族が寝静まった夜。闇のようなローブを(まと)った私は、こっそりとお屋敷を抜け出す。

 とある村へと黒馬を()った。

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