6話 呪いと「真実の愛」②
約束の日の朝、いつもより早起きをした私は張り切って準備を始めた。
クローゼットを開けて、どの服を着ようか悩む。別にデートというわけでもないのだが、せっかくの出かけるのなら、少しでも可愛い格好をしたい。
オリバーさんが用意してくれていた服は、どれも私の好みのど真ん中で迷うことすら楽しいと思ってしまう。
選んだのは、淡い水色のワンピースだった。裾にはたっぷりとフリルがついていて、袖口にもレースがあしらわれている。
それに合わせて、白いレースの手袋も身につけた。
(か、可愛い……!)
鏡の前に立って、自分の姿を確認する。
まるで、お人形のようだと思ってしまう。こんな格好、叔父の屋敷では絶対にさせてもらえなかった。
「アリス様、準備はいかがですか」
ノックの音と共に、オリバーさんの声が聞こえた。
「服は着替えました!」
私が返事をすると、オリバーさんが部屋に入ってきた。
彼は私の姿を見て、目を見開いた。
「良くお似合いです」
オリバーさんは爽やかな笑顔を浮かべる。
決してオリバーさんを男性として意識しているわけではないけれど、こうも素直に褒められるとやっぱりむず痒くなる。
「えへへ、ありがとうございます」
「それにしても、ヴィクター様がお休みの日に婚約者と出かけられるなんて……」
唐突にオリバーさんは目頭を押さえながら、ぎゅっと目を瞑った。よく見れば、目もとにうっすらと涙が浮かんでいる。
「オリバーさん……?」
「いえ、感動してしまって……あの人間嫌いのヴィクター様が人間と出かけられるなんて……」
今、私のことを「人間」と言っただろうか。
なんだか素直に褒められているのかどうか分からなくなってくる。主人も主人だが、従者も従者である。
「アリス様、髪はどうされますか?」
「どうされますか、とは……?」
「ヘアアレンジです」
なるほど、と私は手を叩いた。
残念ながら、私はヘアアレンジなどをして外に出かけたことはない。
「失礼ながらアリス様、お髪を触っても?」
「ど、どうぞ」
私が頷くと、オリバーさんは椅子を持ってきて私を座らせてくれた。
鏡の前で、彼は器用に私の髪をまとめていく。櫛で丁寧に梳かして、後ろで一つに結んでいった。
「オリバーさん、上手ですね」
「私はエレノア様付きの使用人だったので」
「エレノア様……?」
オリバーさんの手が、一瞬止まって、鏡越しの顔が一瞬曇って見えた。
「ヴィクター様の妹君です。5年前に魔獣が一斉に街を襲った時に、行方不明になってしまいました」
静かな声だった。
私は何も言えずに、鏡越しにオリバーさんを見つめた。
グランハート公爵家には、ヴィクター様しかいないということは知っていたが、まさか妹がいたなんて。
「エレノア様が行方不明になってからというもの、旦那様――先代のグランハート公爵はやけになって一層仕事に打ち込まれてしまい。おひとりで討伐に向かわれて、そのまま亡くなりました」
「そう……なんですね」
何と言ったらいいのか分からず、私は曖昧な相槌しか打てない。
オリバーさんは淡々と話を続ける。
「その後、奥様はめっきり弱られてしまい、旦那様の後を追うように病気で亡くなられてしまいました」
ふうと息をついた後、彼の手が再び動き出して、器用に髪を編み込んでいく。
「ヴィクター様は、そのすべてをひとりで背負われたんです。若くして公爵位を継ぎ、領地を守り、魔獣を封印する。誰にも頼らず、不眠の呪いも解けぬまま、ずっとおひとりで」
私はそっと胸に手を当てた。
不機嫌そうな顔も、冷たい言葉も。もしかしたら、全部を守るために必死だったからなのかもしれない。
そう思うと、なおさら不眠の呪いとやらを早く解いた方がいいのではないかという気持ちになってくる。
「できました」
オリバーが満足そうに頷いた。
鏡を見ると、髪はリボンと一緒に綺麗に編み込まれて、後ろで一つにまとめられている。
「可愛いです……! ありがとうございます」
「いえいえ」
オリバーさんはにこにことしながら、私のことを見つめる。
「ヴィクター様はああ見えて、寂しがりなんです」
「そ、そうなんですか……?」
私はぼんやりとヴィクター様の顔を思い浮かべる。眉間の深いシワ、吊り上がった目元、目の下の不健康そうなクマ。
(どこをどうみてもそんな風には見えないけど……)
私が部屋を出ると、廊下でヴィクター様が待っていた。
彼はいつものローブではなく、黒いコートを羽織って少しフォーマルな印象だった。不機嫌な顔ではあるが、やはり整った顔立ちではあるのだなと実感する。
「遅い」
「すみません」
私が近づくと、ヴィクター様はちらりとこちらを見た。
そして、少し目を見開いて何か言いかけたあと、なぜか口を閉じた。
「……行くぞ」
それだけ言って、さっさと歩き出す。
大股で歩いていくため、私は慌てて後を追った。
「俺の話か」
階段を下りていると、突然ヴィクター様が振り向いた。
「え?」
「さっき、オリバーが俺の話をしていただろう」
「あ、いえ……その……」
「まあいい。どうせろくなことは言っていない」
ヴィクター様はそう言って、また歩き出した。
玄関まで来ると、馬車が待っており、いつの間にか先回りしたオリバーさんが扉を開けてくれて、私たちは乗り込む。
馬車が動き出すと、ヴィクター様は私に目もくれず、ずっと窓の外を見ていた。
「あの、魔女の方はどこに住んでいるんですか」
「森の奥だ。屋敷からは少し距離がある」
彼は相変わらず不機嫌そうな顔をしている。
「……なんでそんなに嬉しそうなんだ、お前」
「え?」
「お前は口角が上がりっぱなしになる呪いにでもかかっているのか」
私は思わず、自分の頬っぺたをぺしぺしと触った。
彼の言う通り、頬の筋肉がぷるぷる震えている。今の私はとんでもなく笑顔に違いない。
「だって、楽しいことがたくさんあるじゃないですか」
「は?」
「美味しいご飯が食べられて、綺麗な部屋に住めて、可愛い服も着られて。こうして馬車に乗って、外にも出かけられて!」
婚約者として連れてこられてから、半月ほど。元の家なんかよりもずっと楽しく暮らせていると思う。
本当にヴィクター様には頭が上がらないのだ。
拝むような気持ちで目の前の公爵様を見つめていれば、なぜか呆れたような顔を向けられてしまった。
「……お前、本当に貴族の令嬢か?」
「一応……?」
私がそう答えると、ヴィクター様は小さくため息をついた。
「変わった奴だな」
そう呟いて、また窓の外へ視線を向けた。
けれど、その横顔は少しだけ、さっきよりも柔らかく見えた気がした。




