5話 呪いと「真実の愛」①
次の日の午後、オリバーさんが街へ連れ出してくれた。
「領地視察も兼ねてですので、ぜひご一緒に」
そう言って笑う彼に、私は喜んでついていった。
馬車に揺られて街へ着くと、思っていたよりも栄えていて驚いた。
石畳の道の両側には、レンガ造りの建物が並んでいる。パン屋、肉屋、雑貨屋。色とりどりの看板が掲げられていて、人々の活気ある声が響いていた。
尖塔が遠くに見えて、鐘の音が聞こえてくる。
「……あの塔はなんですか?」
「あちらは魔法学校ですね。たまにヴィクター様も講師として出向いています」
「へぇ……っ」
街ゆく人々は、ローブを纏った人も多い。
恐らくヴィクター様と同じく魔法使いなのだろう。
王都とは全く違う光景に、思わず目を輝かせてきょろきょろしてしまう。
「この街――ノスウィックは北方で一番大きな街ですからね。魔獣がでるからと南の人間には嫌われていますが」
オリバーさんは少し寂しそうに笑った。
「でも、皆さん元気そうですね」
「ええ。ヴィクター様をはじめ、魔法使いの皆様が魔獣を封印してくださっているおかげです」
私は屋台で焼き立てのパイを買って、一口頬張った。
「美味しい……!」
中にはりんごとシナモンがたっぷり入っていて、甘くて温かい。
冷めきった体によく染みた。
「グランハート領は、気温が低いので林檎がよく取れるんです」
オリバーさんもハフハフと言いながら、自分の分を食べている。
道の端や屋根にはうっすらと雪が積もりっており、やはり北方の土地なのだと実感する。
(まあ、でも、食べ物も美味しいし、街も綺麗だし……)
寒いだけで、意外と住みやすいのかもしれない。
そんなことを思いながら歩いていると、突然、空から何かが飛んできた。
「わっ!」
それは小さな魔獣だった。黒い羽根を持っており、鳥のような姿をしている。
オリバーさんがとっさに私の前に出て、傘のように結界を張ってくれた。
けれど、魔獣は私たちを避けて、近くにいた子どもの方へ向かっていく。
(……危ない!)
その瞬間、黒い影が横から飛び出した。
彼は一瞬で魔獣の前に立ちはだかると、手を翳した。赤い光が走り、魔獣は消滅する。
よく見れば、その人はヴィクター様だった。
子どもは泣き出しそうな顔で、その場に座り込んでいた。
「ありがとう……」
消え入りそうな声でそう言う子どもに、手を差し出すのかと思いきや――ヴィクター様は冷たい視線を向けた。
「なんで、一人で出歩いているんだ。馬鹿か」
吐き捨てるように言うと、不機嫌そうな顔のまま歩いていってしまう。
周囲の人だけではなく、子どもまでも呆然とした顔で彼を見送っていた。
「……相変わらずですね」
オリバーさんが苦笑いを浮かべた。
「あんな調子だから、皆から怖がられるんですよ」
「な、なるほど」
確かに、ヴィクター様は怖かった。
けれど、彼の行動は単なる不器用を拗らせまくった結果な気がする。
彼が本当に冷たい人間なのであれば、子どもなんか助けずに放置すれば良かっただけの話だ。
悪意をぶつけられて生きてきた私だからわかるのだ。
きっと、ヴィクター様に悪意なんて無いんだって。
私は少し考えてから、オリバーさんに声をかけた。
「あの、オリバーさん。ヴィクター様ってハーブティーとかお好きですか?」
「まあ、飲み物なら割と飲まれますけど……」
オリバーが不思議そうにこちらを見る。
私は視線を逸らしながら続けた。
「その、眠れないって大変だなと思って。少しでも楽になれるものがあればいいなと」
「……もしかして、ヴィクター様が話されたんですか!? 不眠体質のことを!?」
オリバーさんが目をまんまるにして、私を見た。
「はい……つい、この前」
「信じられない……」
彼は本当にびっくりした様子で、何度も瞬きをした。
「呪いのことなんて、絶対に誰にも話さないのに。歴代の婚約者様にも一切話していなかったのに……」
「まあ、書斎を追い出されましたが」
「それも信じられない……普通、近づくことすら許されないんですよ」
オリバーさんはしばらく呆然としていたけれど、やがてふっと笑った。
「アリス様は優しいですね」
「え……?」
「ヴィクター様のために何かしてあげたいと思うなんて。普通、あんな態度を取られたら逃げ出したくなるはずなのに」
確かにヴィクター様は常に威嚇し続けている猛獣のようで、取り付く島もない。
私は少し恥ずかしくなって、視線を落とした。
「だって、10年以上も眠れないなんて辛いじゃないですか。不機嫌になるのも仕方ないと思いますし」
「……ヴィクター様、喜ぶと思いますよ」
オリバーさんはそう言って、優しく笑ってくれた。
「それでは、ハーブティーを扱っているお店に行きましょうか」
私たちは街の奥にある小さな店へと向かった。店の中には、色々な種類のハーブが並んでいる。
「これは安眠効果があるラベンダーですね。あとはカモミールも良いかもしれません」
オリバーさんが説明してくれるのを聞きながら、私はいくつかのハーブを選んだ。
本当に効果があるかはわからない。でも、少しでもヴィクター様の役に立てたらいいな。
そう思いながら、私は袋に詰められたハーブを大切に抱えて帰った。
◇
その日の夜。
私は買ってきたハーブを使って、丁寧にお茶を淹れた。
少し緊張しながら、書斎の扉をノックする。
「ヴィクター様」
「なんだ、やかまし女」
「や、やかまし……」
思わず言葉に詰まってしまう。
けれど、私は気を取り直して続けた。
「あの、ハーブティーを持ってきたんです。良かったら飲みませんか?」
「でた。安眠効果とかいうんだろう。何度も試したけど、寝れたことなんかない。帰れ」
ヴィクター様は面倒くさそうに手を振った。
「……で、でも、もう入れてしまいましたし」
「はぁ……」
ヴィクター様は眉間を押さえて、深い息を吐いた。元々あった眉間のシワがさらに深くなる。
「この押しかけ女め」
そう言いながらも、彼はローテーブルの上に積まれていた本をどかして、ティーカップを置けるスペースを作ってくれた。
私はそっと入室して、向かい合うように座る。
カップに注がれたハーブティーからは、ラベンダーとカモミールの優しい香りが立ち上っていた。
「美味しいですね」
私が一口飲んで言うと、ヴィクター様はカップを口に運びながら答えた。
「寝てないから味がわからん」
文句を言いながらも、ヴィクター様はちゃんと飲んでくれる。
ふと見ると、彼の執務机には、食べかけのスコーンが置いてあるのが見えた。以前、夕食のケーキだけ持って、自室に戻っていたし、甘い物が好きなのかもしれない。
「甘い物お好きなんですか?」
「違う。効率よく糖分が取れるから食ってるだけだ」
「……はは」
話題が尽き、私は誤魔化すようにお茶を飲んだ。
温かいお茶が喉を通って、身体がじんわりと温まっていく。ほんのり甘くて、心が落ち着く味だった。
ヴィクター様は不機嫌そうな顔のままだけれど、昼間に子どもを助けていた姿を思い出す。
こうやって一緒にお茶を飲んでくれることといい、なんだかんだ優しい人なのかもしれないとも思う。
「呪いを解く条件が『真実の愛』って曖昧ですよね」
私がぽつりと呟くと、ヴィクター様が顔を上げた。
「唐突になんだ」
「だって、魔獣がかけた呪いなのにロマンティックすぎると思いません?」
「知らん。魔女が言ってただけだからな」
「魔女?」
ヴィクター様はカップを置いて、説明してくれた。
「……最近、この領に滞在している『稀代の魔女』のことだ」
グランハート領は魔獣が多いこともあって、高度な魔法使いが生まれることが多い。
どうやら、その魔女が、ヴィクター様が呪いのことを色々と教えてくれたらしい。
「魔獣に襲われた時、俺は意識を失っていた。目が覚めた時には封印は完了していたが、それから一度も眠れなくなった」
ヴィクター様は淡々と語る。
「最初は疲れているだけだと思っていたが、何日経っても眠気が来ない。解呪の条件も分からなかったが、数年前に魔女に診てもらって判明して――」
「じゃあ、その魔女のところに行って聞きましょうよ! 呪いを解く方法!」
「は?」
ヴィクター様が呆れた顔でこちらを見た。
「もう一回詳しく聞きましょうよ! もしかしたら違う情報が手に入るかも――」
「面倒だ。断る」
ぴしゃりと断られたが、私はめげずに彼に向かって叫ぶように言った。
「ヴィクター様は寝たくないんですか! ふかふかのベッドは気持ちいいですよ!」
私が身を乗り出すと、ヴィクター様は少し黙った。
それから、小さくため息をついた。
「……明後日は休みだ」
そう告げると、ヴィクター様は私の服を掴んでぽいっと部屋から放り出した。
廊下に出された私は、閉じられた扉を見つめながら、小さくガッツポーズをした。
(行ってくれるんだ……!)
あの不機嫌公爵様が少しだけ心を開いた――というより無理矢理こじ開けてしまっただけな気がするけれど。
それでも、少しだけ距離が近づいたのかと思うと小さく笑みが零れるのだった。




