4話 不眠公爵ヴィクター・グランハート④
間違って3話と4話両方予約投稿してしまったようです(大謝罪)
前話からお読みいただくようお願いします
屋敷に来て、一週間が経った。
朝食を食べて、午前中は読書をしたり庭を散歩したり。昼食の後は部屋でお茶を飲んで、夕食はたまにヴィクター様と一緒に食堂で食べる。
叔父の屋敷にいた頃とは比べ物にならないくらい、快適な日々だった。
ヴィクター様は魔法関係の仕事をしており、昼間はほとんど屋敷にいない。領地の奥深くにある封印地や魔法学校に出かけていることが多いらしい。
ただ、ヴィクター様は私に対してずっと冷たかった。
昼下がり、私が庭で薔薇を眺めていると、たまたま仕事から戻ってきたヴィクター様と鉢合わせた。
「あ、ヴィクター様。お疲れ様です!」
私が笑顔で挨拶すると、彼は面倒くさそうに目を細めた。
「……なんだ、お前。そんなにニコニコして」
「え、いえ……お花が綺麗だったので」
「暇そうだな。やることがないなら部屋にいろ。うろちょろされると目障りだ」
吐き捨てるようにそう言って、さっさと屋敷の中へ入っていってしまった。
私は綺麗な薔薇の花を見つめながら、小さくため息をついた。
本当にずいぶんな嫌われようである。しかも、あの不機嫌フェイスから放たれるものだから怖さは一層増している。
けれど、オリバーさんは会話してくれるだけでも珍しいのだと言う。果たして、これを会話と呼ぶは怪しいけれど。
「以前の婚約者様たちは、ヴィクター様の顔を見ただけで泣き出す方もいらっしゃいましたから」
そう言って、オリバーさんは苦笑いを浮かべた。
「アリス様は本当に物怖じしませんね」
「だって、暴言を吐かれるのには慣れてますし」
私がそう答えると、オリバーさんはまた少し困ったような顔で笑うのだった。
◇
ある日の夜のことだった。
やはりまだ広すぎる自室には慣れないのか、夜中に目が覚めてしまった。どうやら、私の体は意外と繊細だったらしい。
(少し歩いたら、眠くなるかな)
そう思って静かに廊下を歩いていると、つまずいて壁に手をついてしまった。廊下にあったサイドテーブルがガタン、と音を立てて揺れる。
しまった、と思った瞬間。
書斎の扉が開いて、ヴィクター様と視線が合った。
「……何をしている」
威圧感のある低い声で問われて、私は慌てて答えた。
「あの、眠れなくて……散歩を」
「夜中にうろつくな。うるさい」
ヴィクター様は相変わらず不機嫌そうだった。
けれど、よく見ると目の下のクマがさらに濃くなっている気がする。
「ヴィクター様も眠れないのですか」
「そんなところだが、お前とは違う」
ヴィクター様は不機嫌な顔のまま、手に持っていた本をぱたんと閉じた。
「お前が眠れないのは、どうせ『枕が変わったら寝られない』なんていう能天気な理由だろう」
「違いますよ。部屋が広すぎて落ち着かないんです」
「似たようなもんじゃないか」
ヴィクター様は呆れ顔でこちらを見た。
それから少し黙って、思い詰めたような顔で、私の方をちらりと見る。
「俺が眠れないのは、そんな楽しい理由じゃない。これは――呪いなんだ」
私は思わず目を見開いた。
「不眠の呪いだ。昔、魔物に襲われた時にかけられた」
「じゃあ、ヴィクター様は全く眠れないのですか」
「そうだ。十年以上寝ていない」
「じゅ、十年以上……!?」
驚いて声が大きくなってしまった。
魔法と無縁すぎる生活を送ってきたから「呪い」という概念が現実に存在したことも驚きではあるのだが、十年以上も眠れないなんて、とても想像もつかなかったのだ。
「魔獣を封印する際に、呪いを受けた。その代償だ」
だが、私の驚きもよそにヴィクター様は淡々とそう言った。
「その呪いは解けるんですか……?」
私がおずおずと聞けば、ヴィクター様は心底面倒そうに答える。
「解けるらしい……真実の愛とやらで」
(真実の愛!?)
ヴィクター様に似合わない大層メルヘンな単語が出てきて、私は思わずずっこけそうになった。
「王太子サマは不眠の呪いを解けとうるさい。一体、何回婚約者を送ってきたら気が済むんだ」
「ああ、だから王太子命で婚約するはめに……」
この公爵様が婚約者を欲しているとはとても思えない。我が国の筆頭公爵の不眠の呪いを解くために、王太子殿下が気を利かせているのだ。
(それで婚約破棄が10回以上……)
なんだか、全てが繋がった気がした。
「だから、お前は俺のことなんて放っておいて適当に暮らせ。以上だ」
「いやいや、呪いは真実の愛で解けるんですよね!?」
「俺に真実の愛とやらが理解できると思うか?」
ヴィクター様は冷たい目で私を見た。
「十年以上も眠れず、常に頭痛と倦怠感に苛まれている俺が、誰かを愛せるとでも?」
「でも……」
「とにかく、俺に構うな。うるさい。早く寝ろ」
会話の途中なのに、バタンと書斎の扉を閉められた。
私は廊下に一人取り残されて、閉ざされた扉を見つめていた。
(10年以上も眠れないなんて……)
あの不機嫌さも暴言も、仕方ないのかもしれない。
誰だって、眠れなければイライラするだろう。それが10年以上も続いているなんて。
(何か、できることはないのかな)
私はもやもやとした気持ちを抱えたまま、自分の部屋へと戻った。




