34話 もしこれが、おとぎ話なら③
「……今日も、眠れなかったんですか?」
「ああ」
ヴィクター様が、疲れた顔で答えた。
私たちが恋人になってから一週間が経とうとしていた。それなのに、ヴィクター様が一向に眠れるようになる気配はない。
真実の愛で解けると言われているこの呪いは、両想いになっても、なお解けないのか。
もしかして、私の愛が足りないのだろうか。
それとも、ヴィクター様の愛が、本当の愛じゃないのだろうか。
「アリス」
ヴィクター様が、私の名前を呼んだ。
「俺のこと、好きでいてくれてるんだよな」
「あ、当たり前じゃないですか!」
私は慌てて答えた。
呪いが解けないからか、ヴィクター様はこうやって毎日のように疑ってくる。
「好きですよ、ヴィクター様」
私が真っ直ぐに言うと、ヴィクター様は顔を真っ赤にした。
「……」
そして、両手で顔を覆った。
「な、なに自分で聞いて自分で照れてるんですか!」
ヴィクター様は顔を覆ったまま黙っている。
もはや最近は、「好き」だと言わせたいだけなのではないかと思えてきた。
私は、少し考えてから言った。
「きっと眠れないのは、ヴィクター様が寝方を忘れてしまったからじゃないかと思うんですよ」
「寝方……?」
ヴィクター様が、不思議そうにこちらを見た。
「私は寝る時に意識せずに寝ますけど、ヴィクター様はきっと意識しないと眠れないんです」
赤ん坊だって、眠り方が分からず泣くことがあるという。
十年以上も眠っていないヴィクター様も、同じじゃないだろうか。
「今日は、別の方法を試してみましょう!」
私が元気よく言うと、ヴィクター様は少し不安そうな顔をした。
あれから毎日、色々な方法を試している。
温かいミルクを飲んだり、羊を数えたり、足をマッサージしたり。
けれど、どれも効果がなかった。
「今日は夜のお散歩です!」
「寒いだろ」
ヴィクター様が心配そうに言った。
「それがいいんです!」
私は自信満々に答えた。
寒さで体力を奪えば、ぐっすり眠れるという算段だ。
「体を動かせば、疲れて眠れるはずです」
「わかった」
ヴィクター様は、観念したように頷いた、
◇
外に出ると、冷たい空気が頬を撫でた。
夜空には、無数の星が輝いている。
月も明るくて、辺りをぼんやりと照らしていた。
「星がきれいですね~」
私が見上げると、ヴィクター様も空を見た。
「なんで冬の方が星がきれいなのか知ってます?」
私が聞くと、ヴィクター様は即座に答えた。
「空気が乾燥してるからだ。あと、冬眠に入る魔獣もいるから魔力粒子も散りにくい」
「……物知りですね」
「公爵家当主だぞ」
私たちは、屋敷の周りをゆっくりと歩いた。
雪が積もっていて、サクサクと音を立てる。
息が白くて、寒いけれど、星が綺麗だった。
「あの……」
「なんだ?」
悴んだ手を擦りながら、おずおずと声をかければ、ヴィクター様が、私の方を向いた。
「て、手とか繋いでみたり……したり……します?」
私の声はだんだん小さくなっていく。
「は……」
ヴィクター様の目がまんまるになって、まじまじと、私を見つめている。
(ま、間違えたかな……)
手を繋いでみたいと思ったのは私だけだったのだろうか。
私は、恥ずかしくて視線を逸らした。
しばらく沈黙が続いて。
やがて、ヴィクター様が私の手を取った。
温かい手が、私の手を包み込む。
「これで満足か」
「……っ! はい!」
私は、小さく頷いた。
これは、思ったより恥ずかしい。
手を繋いでいるだけなのに、心臓がドキドキする。
ヴィクター様のことで頭がいっぱいになって、何も考えられない。
私たちは、手を繋いだまま歩き続けた。
星空の下、雪を踏みしめて。
しばらくして、私は聞いた。
「眠くなりましたか?」
「……全然」
その声には、諦めが滲んでいた。
「じゃあ、明日は眠れると噂の香水を買いに行きましょう! それか、安眠のお守りを新しく買って……」
「ありがとう、アリス。でも、もういい」
ヴィクター様が、私の手を離そうとした。
私は、慌てて握り返すけれど。
「俺は、もう眠れないんだと思う」
ヴィクター様が、空を見上げながら言った。
「えっ、でも……」
「もういいんだ。この世界はおとぎ話なんかじゃないんだから」
ヴィクター様の横顔はひどく切なげで、私は次の言葉を紡げなかった。
◇
ヴィクター様の言う通りだった。
それからというもの何を試しても、一向に、ヴィクター様の不眠の呪いは解けなかった。
そうしてまた、ヴィクター様の不眠が当たり前の日常に戻って、季節は移り変わっていった。




