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魔力なしの出来損ない令嬢ですが、不眠公爵様に溺愛されています  作者: 甘夏 みみ子@5/22発売!白い結婚の旦那様と紡ぐ、最後の一ヵ月


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34話 もしこれが、おとぎ話なら③

 

「……今日も、眠れなかったんですか?」

「ああ」

 

 ヴィクター様が、疲れた顔で答えた。

 

 私たちが恋人になってから一週間が経とうとしていた。それなのに、ヴィクター様が一向に眠れるようになる気配はない。

 

 真実の愛で解けると言われているこの呪いは、両想いになっても、なお解けないのか。

 もしかして、私の愛が足りないのだろうか。

 それとも、ヴィクター様の愛が、本当の愛じゃないのだろうか。

 

「アリス」

 

 ヴィクター様が、私の名前を呼んだ。

 

「俺のこと、好きでいてくれてるんだよな」

「あ、当たり前じゃないですか!」

 

 私は慌てて答えた。

 呪いが解けないからか、ヴィクター様はこうやって毎日のように疑ってくる。

 

「好きですよ、ヴィクター様」

 

 私が真っ直ぐに言うと、ヴィクター様は顔を真っ赤にした。

 

「……」

 

 そして、両手で顔を覆った。

 

「な、なに自分で聞いて自分で照れてるんですか!」

 

 ヴィクター様は顔を覆ったまま黙っている。

 もはや最近は、「好き」だと言わせたいだけなのではないかと思えてきた。

 

 私は、少し考えてから言った。

 

「きっと眠れないのは、ヴィクター様が寝方を忘れてしまったからじゃないかと思うんですよ」

「寝方……?」

 

 ヴィクター様が、不思議そうにこちらを見た。

 

「私は寝る時に意識せずに寝ますけど、ヴィクター様はきっと意識しないと眠れないんです」

 

 赤ん坊だって、眠り方が分からず泣くことがあるという。

 十年以上も眠っていないヴィクター様も、同じじゃないだろうか。

 

「今日は、別の方法を試してみましょう!」

 

 私が元気よく言うと、ヴィクター様は少し不安そうな顔をした。

 

 あれから毎日、色々な方法を試している。

 温かいミルクを飲んだり、羊を数えたり、足をマッサージしたり。

 

 けれど、どれも効果がなかった。

 

「今日は夜のお散歩です!」

「寒いだろ」

 

 ヴィクター様が心配そうに言った。

 

「それがいいんです!」

 

 私は自信満々に答えた。

 寒さで体力を奪えば、ぐっすり眠れるという算段だ。

 

「体を動かせば、疲れて眠れるはずです」

「わかった」

 

 ヴィクター様は、観念したように頷いた、

 

 ◇

 

 外に出ると、冷たい空気が頬を撫でた。

 夜空には、無数の星が輝いている。

 月も明るくて、辺りをぼんやりと照らしていた。

 

「星がきれいですね~」

 

 私が見上げると、ヴィクター様も空を見た。

 

「なんで冬の方が星がきれいなのか知ってます?」

 

 私が聞くと、ヴィクター様は即座に答えた。

 

「空気が乾燥してるからだ。あと、冬眠に入る魔獣もいるから魔力粒子も散りにくい」

「……物知りですね」

「公爵家当主だぞ」

 

 私たちは、屋敷の周りをゆっくりと歩いた。

 雪が積もっていて、サクサクと音を立てる。

 息が白くて、寒いけれど、星が綺麗だった。

 

「あの……」

「なんだ?」

 

 悴んだ手を擦りながら、おずおずと声をかければ、ヴィクター様が、私の方を向いた。

 

「て、手とか繋いでみたり……したり……します?」

 

 私の声はだんだん小さくなっていく。

 

「は……」

 

 ヴィクター様の目がまんまるになって、まじまじと、私を見つめている。

 

(ま、間違えたかな……)

 

 手を繋いでみたいと思ったのは私だけだったのだろうか。

 私は、恥ずかしくて視線を逸らした。

 

 しばらく沈黙が続いて。

 

 やがて、ヴィクター様が私の手を取った。

 温かい手が、私の手を包み込む。

 

「これで満足か」

「……っ! はい!」

 

 私は、小さく頷いた。

 これは、思ったより恥ずかしい。

 手を繋いでいるだけなのに、心臓がドキドキする。

 

 ヴィクター様のことで頭がいっぱいになって、何も考えられない。

 

 私たちは、手を繋いだまま歩き続けた。

 星空の下、雪を踏みしめて。

 しばらくして、私は聞いた。

 

「眠くなりましたか?」

「……全然」

 

 その声には、諦めが滲んでいた。

 

「じゃあ、明日は眠れると噂の香水を買いに行きましょう! それか、安眠のお守りを新しく買って……」

「ありがとう、アリス。でも、もういい」

 

 ヴィクター様が、私の手を離そうとした。

 私は、慌てて握り返すけれど。

 

「俺は、もう眠れないんだと思う」

 

 ヴィクター様が、空を見上げながら言った。

 

「えっ、でも……」

「もういいんだ。この世界はおとぎ話なんかじゃないんだから」

 

 ヴィクター様の横顔はひどく切なげで、私は次の言葉を紡げなかった。


 ◇

 

 ヴィクター様の言う通りだった。

  それからというもの何を試しても、一向に、ヴィクター様の不眠の呪いは解けなかった。


 そうしてまた、ヴィクター様の不眠が当たり前の日常に戻って、季節は移り変わっていった。



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