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魔力なしの出来損ない令嬢ですが、不眠公爵様に溺愛されています  作者: 甘夏 みみ子@5/22発売!白い結婚の旦那様と紡ぐ、最後の一ヵ月


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20話 名前のない関係⑥

 

「ええと……」

 

 エドが戸惑ったように、ヴィクター様と私を交互に見た。

 ヴィクター様は相変わらず不機嫌そうな顔で、エドを睨んでいる。

 

「ヴィクター・グランハートだ」

 

 低い声で名乗ると、エドの顔からだんだんと血が引いて真っ青になっていく。

 

「し、失礼いたしました! 公爵閣下!」

 

 エドが慌てて深々と頭を下げる。

 

「まさか、公爵閣下の噂の婚約者って……」

 

 エドが小声で呟いている声が聞こえた。

 

(ああ、さっき伝え忘れちゃったから……)

 

 完成に私のミスである。

 ヴィクター様の腕は、まだ私の腰に回されたままだった。

 その手には力が入っているのがわかる。

 

「で、お前は何者なんだ」

「エドワード・ウィンストンと申します」

 

 エドが緊張した面持ちで答える。

 

「ああ、子爵家の息子か」

 

 ヴィクター様はそう言って、ようやく少し表情を緩めた。

 社交には興味が無さそうなのに、貴族は全部頭に入っているようだから本当にすごい。

 

「私が小さい頃、良く遊んでいた幼馴染なんです!」

 

 私が説明すると、ヴィクター様は小さく頷いたあと、興味なさそうにエドから視線を外した。

 

「エド、こんど屋敷にも遊びに来て」

  「お、おう」

 

 去り際に私が手を振れば、エドも笑顔で手を振りかえしてくれる。

 けれど、その笑顔はどこか引きつっていた。

 

「行くぞ」

 

 ヴィクター様が私の手を取って、ダンスフロアへ向かう。

 広間の中央には、既に何組ものカップルが並んでいた。

 

「アイツと踊るつもりだったのか?」

「だってヴィクター様がいなくなっちゃうから」

「ふらふらしていたのは、お前のほうだろう」

 

 ヴィクター様が私の腰に手を置いて、もう片方の手で私の手を取った。


 音楽に合わせて、ダンスが始まる。

 私は緊張しきってしまい、ヴィクター様の動きに合わせるので精一杯だった。

 

(いち、に、さん、いち、に、さん……)

 

 マリアンヌ様との練習を思い出しながら、ステップを踏んでいく。

 

 ヴィクター様は、思ったよりもダンスが上手だった。

 自然にリードしてくれて、私は彼の動きについていくだけでよかった。

 

「緊張してるのか」

「ちょ、ちょっとだけ」

 

 私が答えると、彼は少し笑った。

 

「俺の方を見ろ。足元を見るな」

 

 言われた通り、顔を上げる。


(……近い)

 

 ヴィクター様の赤い瞳が、すぐ近くにあった。


 心臓が、どくんと跳ねる。

 彼の顔をこんなに近くで見たことなかった。

 長い睫毛に、整った鼻筋。

 少し不機嫌そうな口元も、こうして見ると綺麗で。

 

「……何をぼーっとしてるんだ」

「す、すみません」

 

 私は慌てて視線を逸らそうとしたけれど、ヴィクター様の手が私の腰をしっかりと支えていて、離れられなかった。


 ふわりと、甘い香りが漂ってくる。

 深くて落ち着いた香りに、少しだけ甘さが混じっている。

 

(昨日買った香水、付けてくれたんだ……!)

 

 ヴィクター様の肌から香っているという事実に私は思わず、ドキドキしてしまった。

 

「お前、また何か変なこと考えてるだろう」

 

 ヴィクター様が疑わしそうに見てくる。

 

「考えてません!」

「お前は本当に……」

 

 そう言いかけて、ヴィクター様は言葉を切った。

 音楽が盛り上がって、ダンスのテンポが速くなる。

 ヴィクター様が私をくるりと回した。

 スカートが広がって、ふわりと宙に浮いたような感覚になる。

 

 また元の位置に戻ると、ヴィクター様が私をぐっと引き寄せた。

 さっきよりも、もっと近い。

 顔が触れ合いそうなくらい、ヴィクター様が近くにいる。

 

「あの……」

「黙ってろ。集中できない」

 

 なんだか彼を見上げられなくなってしまって、私は下を向いた。

 きっと、私の顔は真っ赤になっているに違いない。

 香水の香りが、また鼻をくすぐった。

 

(なんだろう、この気持ち……)

 

 胸が苦しくて、頭の中がヴィクター様のことでいっぱいになっていく。

 それ以外、何も考えられないくらいに。


 ふと、先ほどのマリアンヌ様の言葉が頭を過ぎる。

 

『ドキドキして胸が苦しくなって、その人のことで頭がいっぱいになるのが恋なの』

『その人の顔も見られなくなるくらい、好きになっちゃうものよ』

 

 音楽がゆっくりと終わりに近づいていく。


 最後のステップを踏んで、ダンスが終わると、周りから、わあっと拍手が起こった。

 

 ヴィクター様が手を離して、私から少し距離を取った。

 

「……下手くそだったな」

 

 ぶっきらぼうにそう言った彼に言い返したいけれど、私は俯いたままヴィクター様の隣を歩いていく。

 

「どうした、具合が悪いのか」

「違います……」

「じゃあ、何で下を向いている」

 

 私はぎゅっと、ヴィクター様の袖を掴んだ。

 

「今、顔を上げられないんです」

「は?」

 

 怪訝な声が落ちてくるけれど、こればかりは仕方ない。


 今、ヴィクター様の顔を見てしまったら。

 彼の瞳を見つめてしまったら。

 私は一体どうなってしまうのだろうか。

 

 そんなことを思っていると、私の頬を掴むように彼の手が頬に伸びてきた。

 

「だから、どうしだんだ……って」

 

 そのまま、ぐいと顔が持ち上げられる。

 

(あ……)

 

 目と目が合う。視線がぶつかる。

 ぱちんと私の中で何かが弾けた音がした。

 

(……違う。好きなんかじゃない)

 

 綺麗なルビーのような瞳も、不機嫌なのに優しいその表情も。


 ――好きなんかなりたくなかったのだ。

 

 私とヴィクター様は、 友達でも恋人でも家族でもなくて。

 その「名前のない関係」が、とても居心地良くて。


 この感情を恋だと認めてしまうと、この関係が壊れてしまいそうで怖かった。

 だから、これはきっと気のせいだと思いたかったのに。

 

「っ……、ごめんなさい!」

「おい!」

 

 私はヴィクター様の手を振り払って、会場を駆け出した。


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