12話 「出来損ない」と「出来損ない」②
私は意外と単純な人間だったらしい。
ヴィクター様に褒められてからというもの、毎日のように魔道具庫に通っては手入れを欠かさずにおこなっていた。
(ヴィクター様は毎日じゃなくてもいいって言ってるけど……)
私は、最後の短剣を磨き終えた。
「磨き終わったぁ!」
棚に戻して、大きく伸びをする。今日は朝から集中して取り組んでいたからか肩が少し凝っていた。
けれど、綺麗に並んだ魔道具を見ると、達成感でいっぱいになる。
「えへへ、私にしかできない仕事かぁ」
ヴィクター様に言われた言葉を思い出す。
――お前は出来損ないなんかじゃない
あれは、人生で一番嬉しい言葉だったかもしれない。叔父の屋敷では、私の存在自体が邪魔者扱いされていたから。
私は窓の外を見た。空が赤く染まっている。もうすぐ日が暮れる時間だ。
「アリス様、ここにいらっしゃったんですか」
扉が開いて、オリバーさんが顔を覗かせた。
「あ、オリバーさん」
私が振り返ると、彼は少し困ったような顔をしている。
何事かと何気なく壁にかかった時計を見上げる。
「わ! もうこんな時間だ!」
私は慌てた。とっくに夕食の時間を過ぎていたのだ。
オリバーさんは心配して、わざわざ呼びに来てくれたのだろう。
私は急いで道具を片付けて、屋敷に戻った。
食堂に着くと、ヴィクター様はもういなかった。テーブルの上には、使い終わった食器だけが残っている。
「もう夕食は終わった」
ヴィクター様の声がして、振り返る。彼は相変わらず不機嫌そうな顔をしている。
「すみません、遅くなって……」
「大丈夫ですよ。アリス様の分はとってありますので」
オリバーさんが厨房から温かい料理を運んできてくれた。今日も美味しそうだ。湯気が立ち上っていて、良い香りがする。
「ありがとうございます」
私が席に着くと、オリバーさんが小声で言った。
「全く、ヴィクター様も呼びにいけばいいのに。さっさと食べるなんて、婚約者としてどうなんですか!」
「オリバーさん、落ち着いて……」
「協調性なさすぎるでしょう!」
オリバーさんが珍しく、ぷんぷんと怒っている。
「ああ、せっかくアリス様のおかげで社会性を取り戻したかと思ったのに……」
ぶつぶつと日頃の恨みを連ねていくオリバーさん。私は苦笑いしながら、フォークを手に取った。
ふとヴィクター様の方を見ると、彼は部屋の外へと消えていくところだった。
(なんか……)
その後ろ姿は、いつもよりも疲れているように見える。
歩き方も、少しふらついているような気がした。
(調子が悪そう……?)
料理を口に運びながら、私は気になって仕方なかった。
いつもより不機嫌そうだったし、心なしか目の下のクマも濃くなっていた気がする。
「アリス様?」
オリバーさんの声で、はっと我に返る。
「あ、ごめんなさい。今日も美味しいです!」
私は慌てて笑顔を作った。
ヴィクター様を呼び止めて聞いたところで、きっと教えてくれないのだろうから。
◇
夜もすっかり更けた頃。私は部屋で本を読んでいた……はずなのだが。
「ええと、魔獣の生態は――……」
本の内容を声に出しながらも、気になるのはヴィクター様の体調のことだった。ひょっとしたら、私の気のせいかもしれないし、お節介かもしれない。
しかも、彼は立派な大人だ。
私に体調を心配されるまでもなく、自分で対処できるはずだ。
「いけない、魔獣の生態よね……魔獣の……」
ヴィクター様のことを頭から追い払おうとするたびに、脳裏に彼の姿がよぎる。
どうしてもヴィクター様のことが気になった私は、結局、本を閉じて廊下へ出た。
書斎の方へ向かうと、いつものように明かりが漏れていた。
そっと近づいて、扉の前に立つと、中から、物を倒す音が聞こえた。
「っ……」
ヴィクター様の、苦しそうな声が聞こえて、私は思わず扉を開けた。
彼は机に手をついてよろめいた後、そのまま、床に倒れ込む。
「ヴィクター様!」
半ば叫ぶような声を出して、慌てて駆け寄った。
床に座り込んだヴィクター様は、額に手を当てて目を閉じている。顔色が悪い。
机の上には、開かれた本が何冊も積まれている。よく見れば、それらは全て呪いに関する本だった。
(呪い、解きたいんだ。そうだよね……)
私は胸が痛くなった。
本人は「呪いなんて解けるわけない」なんて言いのけていたけれど、そんなはずなかったのだ。
魔女のところに連れて行ったのは、私だ。
それで、余計に苦しめてしまったのかもしれない。
「ヴィクター様、大丈夫ですか?」
私が声をかけると、彼はゆっくりと顔を上げた。
「……お前、何でここに」
「この前、私が魔女のところに連れて行ったから、こんなに本を読んだんですか?」
私が聞くと、ヴィクター様は小さく首を振った。
「違う。もともと持っている本だ」
よく見れば、壁一面の本棚は全て呪いに関する本のようだった。図書館に呪いの本が一冊も無かったのは、彼の書斎に全て保管されているかららしかった。
「呪いについて、調べられることは全て調べた。けれど、答えは同じだ」
真実の愛――それしか、呪いを解く方法はないのだ。
「……頭が痛い」
ヴィクター様が再び額を押さえた。
「眠りたいのに、眠れない。身体はひどく疲れているのに、意識だけが冴えている」
彼の声は、ひどく疲れていた。
「眠りたいのに苛立ってしまう」
私は何も言えなかった。
ヴィクター様は立ち上がろうとして、また体勢を崩した。私は思わず手を伸ばす。
「ヴィクター様」
「触るな!」
ぱしんと手を払われた。拒絶するかのような目で私を睨んだ。
「どこかへ消えてくれ」
「ヴィクター、さま」
「もう、俺に構うな……」
ヴィクター様は弱々しい声でそう言うと、そのまま壁に背を預け、ずるずると座り込んで目を閉じた。
「出来損ないは、俺の方だ」
そんなことを言われて、私は、どうしたらいいのかわからなかった。
助けてあげたいのに、私には何もできない。魔力どころか魔法の知識も無いし、人脈もなければ、誰かを動かせる権力も無い。
(でも、ヴィクター様は、私に「お前は出来損ないなんかじゃない」って言ってくれた人だから)
ただ見ているだけなんて、絶対に嫌だった。
私は、思い切り深く息を吸った。
「ヴィクター様、私、今日全然眠くないんですよ」
「だったらなんだ……」
ヴィクター様が面倒くさそうに答える。
私は、暗い空気を打ち消してしまうくらい明るい声で言った。
「今から、パーティーしませんか! 夜のお茶会です!」
「は?」
彼の真っ赤な瞳が開いて、私をじっと見つめた。




