11話 「出来損ない」と「出来損ない」①
さっそくその翌日、私はヴィクター様に連れられて、屋敷の一角にある小屋へ向かった。
石造りの小さな建物で、扉には複雑な紋様が刻まれている。何だか、入ってはいけない場所のような雰囲気だった。
「ここは……?」
「魔道具庫だ」
ヴィクター様が小さな鍵を挿すと、扉が淡く光って開いた。ひんやりとした空気が流れ出てくる。
中に入ると、壁一面に棚が並んでいた。
そこには様々な形の道具が並べられていて、剣、杖、指輪、首飾り、ランプや何に使うのか分からない怪しげな箱まである。
どれもうっすらと光を放っていて、魔道具たちはまるで生きているみたいだった。
「ここで仕事を手伝ってもらうのはどうかと思ってな」
「というと……?」
私は首を傾げた。
仕事といっても、私には魔力が無い。できることがあるのだろうか。
「魔道具というのは魔力を自然に吸収する。よく触れる管理者の魔力に偏り、元の効果を失う」
「なるほど」
「俺くらいの魔力量になると、魔道具の手入れの回数も増える。定期的に魔力を抜かないといけなくなるからな」
ヴィクター様は腕を組んで説明を続けた。
「だが、お前は魔力がない。お前が管理すれば、その問題も解決だ」
「私に、そんな才能が……」
「まあ、才能があってもセンスが無ければ終わりだがな」
褒められているような、けなされているような。
微妙に腹が立つ言葉を投げかけられ、私は頬をむっと膨らませた。
「……ヴィクター様に友達いない理由わかった気がします」
「なんだと」
ヴィクター様が眉をひそめる。私は慌てて話を戻した。
「そ、それで、私は何をすれば?」
「魔道具の数の管理、手入れなどだな」
「手入れって私もできるんでしょうか?」
魔法に触れたこともない素人なのだ。こんな大層な魔道具なんて手入れできるのだろうか。
私が不安がっているのを察してか、ヴィクター様は棚の前へ歩いていった。背が高いから、上の方の棚にも簡単に手が届く。
「例えば」
ヴィクター様が壁にかかった道具のひとつを取り出した。
銀色の短剣だった。柄には青い宝石が埋め込まれていて、刃は鈍く光っている。よく見ると、細かい傷がついていた。
「これは氷の魔力を帯びた短剣だ。本来なら、魔力を少し込めれば周りの空気が凍りつくのだが……」
そう言って、ヴィクター様は魔力を短剣に込める。すると、埋め込まれた魔石が光を放ち――ささやかな冷気が私のもとに流れてきた。
「……これって」
「俺の魔力を吸い込んだせいだな。俺の魔力は炎属性に近いから」
「なるほど」
ヴィクター様は別の棚から小瓶を取り出す。
中にはキラキラとした液体が入っていて、少しとろみがあるみたいだった。
「これは魔法植物の油に星屑の欠片を合わせたものだ。これを布に含ませて磨く」
ヴィクター様は布に油を含ませると丁寧に短剣を磨いていく。
ゆっくりと、刃に沿って布を動かしては傷を確認していた。
「磨くと、傷が消えていくはずだ」
「ほ、ほんとだ……!」
磨き上がったとこを見ると、くすんでいた剣が鏡面のように輝いていた。ヴィクター様は、几帳面に傷を直していく。
「こうやって手入れする」
磨かれた短剣が、さっきよりもずっと明るく輝いた。まるで息を吹き返したみたいだ。
ヴィクター様は先程と同じように握り込むと、魔力を送り込む。
その瞬間、パキッという音とともに空気が凍りつき、室内の気温が氷点下になった。
「さ、寒いですね」
「……すまん」
ヴィクター様も寒かったのか、自分の手のひらに炎を灯したあと、そこにふっと息をふきかけた。
とたんに、部屋全体がぽかぽかと温まる。
「ありがとうございます!」
「別に」
ヴィクター様は、倉庫の端にある椅子にどかりと腰掛けた。
そして、いつも読んでいる本を取り出すと、そのまま読書をはじめてしまった。
「私もやってみていいですか」
「好きにしろ」
私は別の短剣を手に取った。こちらは赤い宝石がついていて、少し重たい。
油を布に含ませて、ヴィクター様の真似をして磨いていく。最初はぎこちなかったけれど、だんだんコツがわかってきた。
(こ、これ、楽しいかも……!)
少しずつ輝きを増していく短剣を見ていると、不思議と心が落ち着いた。
こんな風に、何かに没頭するのは久しぶりだ。
「何が楽しいんだ」
ふと顔を上げたヴィクター様が不思議そうにこちらを見ている。
「仕事できるのが嬉しくて」
私は、弾かれたように顔を上げて笑顔で答えた。
「……私は魔力無しの役立たずの出来損ないですから!」
ずっと、叔父とベアトリスにそう言われてきた。何をやっても「魔力がないくせに」と馬鹿にされて、何の役にも立てなかった。
働き先もないから、家に寄生するしかない役立たずなのだ。
「出来損ない、か」
ヴィクター様がページを捲る手を止めたかと思うと、ぱたんと本を閉じてこちらをじっと見ている。
「俺はお前より格段に優れているが」
そう前置きしてから、彼は続けた。
「魔道具管理に関してはお前の方が上だ。これはお前にしかできない仕事だ」
ヴィクター様から思いもよらないことを言われて、私は固まってしまった。
「だから、自分のことを出来損ないなどと言うな」
「……!」
「――お前は出来損ないなんかじゃない」
その言葉があまりに嬉しくて、思わず笑ってしまう。
まるで、じんわりとホットケーキに染み込んでいくはちみつのような言葉だった。
今まで、自分が必要だと言われたことなんてなかったから。私にしかできないことがあるなんて、思ってもみなかったのだ。
「おい、にやにやしてないで、手を動かせ」
「はいっ!」
ヴィクター様ってやっぱり、優しい人なんじゃないかと思う。
だから、オリバーさんもヴィクター様に仕え続けているのだろう。
私は短剣を磨きながら、ふと疑問に思った。
「……ところで、魔道具庫にも人はいないんですか」
「父の代はいたんだがな。辞めた」
ヴィクター様が面倒そうに言う。
「よく回りましたね」
「俺は不眠だから、夜の間に終わらせている」
「な、なるほど」
眠れないから、夜中に仕事をしているのか。
それなら、確かに一人でも回せるかもしれない。
「まあ、辞めた理由も不眠で疲れた顔が怖いという理由だったんだけどな」
私はヴィクター様をまじまじと見上げた。
10年分の不眠が積み重なっているのだ。あまりに目の下のクマが酷い。
確かに、怖く見えるかもしれない。
けれど、さっき私にくれた言葉を思い出すと、むしろこの表情すら好ましく思えてくる。
「な、なんだ。そんなに見て」
私がずいっと近付けば、ヴィクター様が居心地悪そうに視線を逸らした。
「そんなに怖いかなぁ?」
私は首を傾げた。
不健康そうな顔に常に張り付いた不機嫌な表情。言葉もトゲトゲしているし、第一印象は恐ろしかったけれど。
「私は怖いとは思いませんけどね」
「……そうか」
それだけ言って、ヴィクター様はそっぽを向いた。
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