10話 呪いと「真実の愛」⑥
次の日の朝、私はヴィクター様に貰ったネックレスをつけた。
埋め込まれているのは全部違う色の宝石だから、光の角度によって見え方が変わる。
(……うれしい)
いつまででもずっと鏡を見ていたいくらいの美しさだ。思わず、口元が緩んでだらしない顔になってしまう。
部屋を出ると、廊下でオリバーさんとすれ違った。
「おや、アリス様。新しいネックレスですか? お似合いです」
「……えへへ、ありがとうございます」
私は嬉しくて、ついまた頬が緩んでしまった。
すると、オリバーさんの目の奥がきらりと光る。
「もしかして、ヴィクター様からですか?」
「えっ、どうしてわかったんですか!」
「ふふ、やはり長年の従者の勘ですかね」
オリバーさんは、にやりと笑ったあとに種明かしをしてくれた。
「本当は、昨日ヴィクター様から聞いたんですよ」
「そうだったんですか」
「『安物のネックレスごときで喜ぶなんて、本当に貴族の娘なのか?』って」
オリバーさんのモノマネが妙に上手くて、私は吹き出してしまった。声色から眉間のシワの深さから睨みつける角度まで、全くもって一緒だった。
「まって、それめちゃくちゃ似てます!」
「『邪魔だ、消えろ』」
「あはは、似てる……!」
しばらく二人でモノマネを続けては、笑い転げる。
(良かった、今日はヴィクター様がいなくて!)
もし屋敷にいたら二人して地面に座らされたうえでお説教が待っていたことだろう。本気で怒られたら、きっと怖すぎて腰を抜かすに決まっている。
◇
婚約者というのは暇なものらしい。
結婚しているわけでもないから、家の仕事も手伝えないし、ヴィクター様は書斎に籠りきりになったかと思えば、数日間家を空けることもある。
最初は、そんな生活を享受していたのだが、慣れとは怖いもので。
何もすることがないというのは、思ったよりも辛いことだった。
午後、私は広すぎる屋敷の散策中に、小さな図書室を見つけた。小さいと言っても、貴族の屋敷に備え付けられているにしては立派過ぎるほどなのだが。
広い部屋の壁一面に本棚があって、古い本がぎっしりと並んでいる。
「オリバーさん。ここ、使ってもいいですか? 本を読みたくて」
「もちろんです。どうぞご自由に」
私は、本棚を眺めて回った。
魔法の理論書、領地の歴史書、魔獣の生態についての本。
中に並んでいるのは魔法関連の本ばかりで、どれも難しそうだったけれど、その中で一冊、魔獣についての本を手に取った。
「私も魔獣について勉強してみようかな」
ずっと魔法というものに憧れて生きてきた。
私が幼い頃、神殿に何度も通ったけれど、魔力に反応する水晶は少しも光ることがなかった。そんな私を両親は励ましてくれたっけ。
『貴族は普段魔法なんて使うことは無いから大丈夫だと』と。
貴族にとって魔力があるというのはただのステータスに過ぎない。馬鹿にされることはあっても、普段の生活でも困ったことなんて何もなかった。
だから、魔法というものが遠い世界のおとぎ話の中のものである気がしていた。
(けど、グランハート領で生きていく以上、魔法は生活みたいなものだし)
当然、魔法学校にも通ったことがないけれど、読み進めてみれば意外と面白かった。
魔獣には様々な種類があって、それぞれに弱点がある。火に弱いもの、水に弱いもの。中には音に弱いものもいるらしい。
けれど、やはり人を襲う魔獣も多く恐ろしいものばかりだった。
ページをめくりながら、私は夢中になっていく。
「……呪いをかける魔獣は、さすがに載ってないか」
ふと思いついて、本を捲ってみるけれど見つからなかった。今度は立ち上がって、棚を探してみる。
しばらく本棚とにらめっこしていた私だが、諦めて溜息をついた。
(まあ、そんな本があれば、ヴィクター様が取り寄せてるよね……)
私は先ほどの魔獣の本を抱えて、椅子に座った。
窓から差し込む日差しを浴びながら、ゆっくりと本を読み進めていく。
こんな風に、静かに本を読む時間も悪くないな、と私は思った。
◇
本を読んでいると時間が経つのがあっという間で、夕食の時間となった。
テーブルには、湯気の立つスープと、焼きたてのパンが並んでいる。メインは鶏肉のローストで、ハーブの良い香りがした。
いつものように、ヴィクター様と向かい合って座る。
「ヴィクター様はいつもどんなお仕事をされているんですか」
私が聞くと、ヴィクター様は前菜のサラダに手をつけながら答えた。
「主に魔獣の封印や調査だな。たまに魔法学校の講師もしている」
「す、すごい……」
魔法を全く使えない私では想像ができない世界だが、きっと魔法を使える人間の中でも上澄みであることは雰囲気で感じられた。
ヴィクター様は、きっと魔法に愛された天才なのだろうと思う。
「今日は、グリムウルフを討伐してきた。ま、知らんだろうが」
グリムウルフ。今日、本で見た魔獣だ。
黒い毛に覆われた狼のような姿で、牙には毒があるという。群れで行動して、人里を襲うこともある恐ろしい魔獣だ。
「グリムウルフって、人を食べちゃう魔獣ですよね? 知性もあるから倒すのは厄介です」
「は? なんで知ってるんだ」
ヴィクター様が、目を丸くして不思議そうにこちらを見た。フォークを持ったまま、じっと私を見つめている。
「今日、本を読んでいたんです」
私は図書室で過ごした話をした。
魔獣の本が面白かったこと、色々な種類がいることを知ったこと――魔法に憧れがあること。
「お前、魔法に興味があるのか」
「読んでみたら意外と楽しくて!」
私が身を乗り出すと、ヴィクター様は少し意外そうな顔をした。
「へえ、勉強は嫌いそうなのにな」
「失礼な」
私は頬を膨らませた。
段々とこの公爵様の物言いにも慣れてきた気がする。
「私は魔法が使える人に憧れてました。他人の役に立てるって凄いことだなって」
「別に、普通のことだがな」
ヴィクター様はそう言って、スープを一口飲んだ。
「……そうですか? 私は、役立たずなのでヴィクター様が少し羨ましいです」
そう言いながら、私は手つかずのヴィクター様の皿を奪い取った。鶏肉のローストが、まだ温かい。
「いただきます」
「おい」
「食べないんでしょう?」
「食べないが」
「……では遠慮なく」
ヴィクター様が「なんでそんなに食えるんだ」と呆れた顔をしている。
私がお肉を美味しそうに頬張っていると、ヴィクター様がぽつりと言った。
「じゃあ、俺の仕事でも手伝ってみるか?」
思いもよらない言葉が飛んできて、私は思わずフォークの動きを止めた。
「え……嘘じゃないですよね?」
「嘘も本当もあるか」
私は両手を挙げて大喜びした。
「わーい、わーい」と嬉しい気持ちを伝えまくっていると、ヴィクター様から「うるさい」と一喝された。




