窓の向こうに咲くもの
最初に彼女が相談室にやって来た日、目を伏せたまま、ぎこちなく椅子に座った。
声は小さく、言葉の端々に緊張が滲んでいた。
「何から話せばいいのか分かりません」
それが彼女の最初の言葉だった。
私は、決まり文句のように「話せることからで大丈夫ですよ」と伝えたが、その言葉が届くかどうかは、いつも少しだけ不安になる。
人は皆、語りたいものを持っている。けれど、それを語れるかどうかは別の問題だ。
語るという行為は、安心できる場所がなければできない。
だから私は、彼女の沈黙も涙も、焦らずに受け止めた。
言葉にならない思いが、部屋の空気に染みるように漂っていた。
何度か会ううちに、彼女は時折、目を合わせるようになった。
言葉も少しずつ、まるで深いところから汲み上げるように出てきた。
その中に、「自分はいつも誰かを困らせてしまう気がする」という言葉があった。
それを聞いたとき、私は言った。
「困らせたいと思って行動しているわけでは、きっとないですよね」
彼女は少し考えてから、うなずいた。
「ただ、繋がりたかっただけかもしれません」
その言葉には、長い時間をかけてようやく掘り当てた、小さな本音が宿っていた。
私は、それが「回復のはじまり」だと感じた。
ある日、彼女が話してくれた。
「家の窓辺の椅子に座っていると、少し安心できるんです。
誰とも話していなくても、誰かと繋がっているような気がします」
私は静かに笑った。
「それは、あなた自身と繋がっている感覚かもしれませんね」
彼女は驚いた顔をして、それから、小さく笑った。
彼女はまだ回復の途中にいる。
けれど、最初の日の、消え入りそうな声と比べたら、その歩みは確かに前へと向いている。
私の役割は、ただそばにいること。
彼女が自分のペースで自分を取り戻していく、その過程を見守ること。
窓の外の季節が、冬から春に変わるように。
彼女の心の風景も、少しずつ色を帯びてきた気がする。
私は今日も、窓辺の椅子を整えて、誰かの「はじまり」を待つ。




