22 アリスと一夜
第二十二話
「ヴィオレッタ・オクテット……ねぇ……」
フォードの紹介で泊まっているホテルの一室で、三姉妹は向かい合って喋っていた。
まず、今日の報告を始めたのはイリスだった。連続通り魔殺人事件について、それほどの事件が起こせるのは人外の存在ではないだろうかということ、そして身近なところにいる人外にヴィオレッタがいること……。
「まあ、可能性としてはありえなくないよぉ? ヴィオレッタならそりゃ戦乱を起こすことくらいわけないからさぁ。でも、ヴィオレッタは静かに暮らす魔法使いの妖怪。そんなことをするとは思えないけどなぁ……」
「でも、ヴィオレッタさんを味方にできれば、この先大きな戦乱が起こっても、助けてもらえませんか? つまり、ヴィオレッタさんが戦乱を引き起こす犯人でも、そうでなくても収穫があると思うんです」
アリスが身を乗り出して言った。それを聞いてマリスが腕を組んで考えこむ。
「まぁ……確かにそうだけどぉ……」
「行ってみましょうよ。取って食われるわけじゃないんだしね」
「うーん……ヴィオレッタの場合、下手すると殺されかねないからなぁ……」
マリスはひたすら渋る。そんな煮え切らない様子のマリスにイリスは立ち上がって言った。
「いいわよ。マリスが行かないなら私とメルシーさんだけでも行くから」
「わ、私も行きますよ!」
アリスは慌てて言った。やはりマリスは渋い顔をしていたが、やがてゆっくりと頷く。
「わかったよぉ……姉さま達だけ行かせて、殺されでもしたら後味悪いしねぇ……」
「何よそれ。まるでヴィオレッタさんが凶悪人物みたいじゃない」
マリスはふるふると首を振った。
「姉さまはわかってないなぁ……。妖怪がまともな人間と同じ思考回路してると思うのぉ? もし、姉さまの周りをうっとおしいハエが飛んでたら殺すでしょ? 姉さまがヴィオレッタにそう思われたら、同じ目に遭うかもしれないんだよぉ?」
「ハエって……私は人間よ?」
「わかってない! 姉さまはぜぇんぜんわかってない! 妖怪と人間は形が似てても全く別物! 平気な顔して食べていい? とか聞いてくる妖怪もいるんだからねぇ!」
「う……わかったわよ……」
イリスはマリスの剣幕に押されてどかりと椅子に座る。
「じゃあ、ヴィオレッタのトコには明日行くとして……あたしが今日わかったことを報告しようかなぁ」
マリスはメモ帳を取り出す。
「軽ぅーくこの国と街の成り立ちを調べてきたよぉー」
メモ帳を開いてテーブルの上に置く。そこにはおおまかな王都の地図が書き込まれてあった。
王宮は街の中心にあり、その周囲に街が広がっている。街の南側は市街地、東側は兵舎及び訓練場、西側には研究区画、北側は立ち入り禁止の王宮管理施設が存在する。
「まず、王都の街は五角形。そして、この街の各頂点には王宮管理の高い塔が建っている。これの意味がわかるかなぁ?」
「どういうこと?」
「えっと……五角形は円に近い形ですよね。つまり、魔術的な意味があるということですか? そして、その塔っていうのが頂点なら……魔法陣?」
ぱちん、とマリスは指を弾く。
「アリス正解。王宮から各頂点に放射状に通りがあるけれど、それとは別にこんな感じの裏通りもあってねぇ……」
そう言って、マリスは道を書き込んでいく。
「これって……五芒星じゃない!」
「そ。この街は構造自体に魔術的な意味があるんだよぉー」
更に、マリスは街の外周部に円を書き込む。
「この街、さりげなく城壁で囲われてるでしょぉー? あたしの推測だけどぉ……その城壁の上、もしくは中に魔法陣の呪文が書き込まれてるんじゃないかなぁ?」
「それって……どういう……?」
「この街ってさ、実はとある古代遺跡の上に建ってるんだよねぇー」
「古代遺跡……ですか……?」
「そ。神代の頃に造られた遺跡で、神獣が眠ってる」
イリスは驚きのあまり立ち上がった。
「ええ!? ちょっと、それってどういうことよ!」
「姉さま、声が大きいよぉー……」
マリスは呆れたような表情を浮かべて言った。
「神獣って、眠っている間でもエネルギーを得るために、魔脈の集中する場所で眠ってるんだよぉー。この街はまさに何本もの魔脈の交差する地点の直上。魔術を使う者にとっても都合がいいんだよねぇー。でも、神獣が復活するのは怖いから、街で魔法陣を作って封印してるんじゃないかなぁー?」
「だって、神獣を利用することは禁止されているハズじゃ……」
「姉さま、よく考えてみなよぉー……。使ってるのは神獣じゃなくて、その直下にある魔脈の方。法的にはアウトじゃないんだよねぇー」
「じゃあ……戦乱はその神獣が大暴れする結果起きる……って可能性もあるんですか?」
アリスの言葉にマリスが頷く。
「あたしが考えたストーリーは、神獣を誰かが復活させて制御失敗、粉砕、災害、大惨事ぃーってヤツかねぇー」
マリスの言葉も説得力のあるものだった。何より、過去に同じような事件が起きているのだ。至極わかりやすい。
「ま、あたしの調べたのはそんな感じかなぁー。アリスは……そういえばホテルに直行したんだったよねぇ……」
その言葉を聞いて、アリスはふるふると首を横に振る。
「いえ、メルシーさんの魔法で二日酔いを治してもらって、一緒に街を歩きました」
「魔法!? メルシーって魔法が使えるの!?」
「姉さま何を驚いてんのさぁ……。天使なんて魔法をそのまま生き物にしたような存在なんだから、魔法くらい使えても驚くことないでしょぉ……」
「そ、そういえばそうね……。で、何を話したの?」
イリスはぽりぽりと照れ隠しに頭を掻いて尋ねる。
「そうですね……。この街がとても平和だってことがわかりました。メルシーさんも、そんな戦乱が起こる理由がわからない。それでも、フォードさんと一緒に戦乱を止める協力してくださるそうです」
「それは心強いなぁー」
マリスはうんうんと頷く。
「とりあえず、情報を整理しましょう」
イリスは大きな紙を取り出し、羽ペンにインクを浸す。
「現在可能性としてありえるのは人外の存在によるもの。それから神獣の復活によるもの、って感じかしら。そして、今現在街には何もそれらしい兆候がない……」
「まとめるとそうなるねぇー」
「考えられる対策は……ヴィオレッタさんのところに行って事実関係の把握、それから神獣の封印の再確認というところでしょうか?」
イリスは紙へ次々と情報を書き込んでいく。
「まず明日はヴィオレッタさんのところへ行きましょう。リースちゃんがメルシーに居場所を教えておいてくれるって言ってたわ」
「じゃ、朝一でメルシーのとこに行こうかねぇー」
そこで、アリスが大きなあくびをする。
「ふわぁ……。眠くなってきました……」
マリスはちらりと時計へと視線を向ける。既に深夜だった。
「にゃはは、少し熱中しすぎたねぇ……」
イリスはくるくると羊皮紙を巻き、紐で綴じる。
「じゃあ寝ましょうか」
三人はそれぞれのベッドへと収まる。最後にアリスが手を叩いてランプの火を消した。
「それじゃあおやすみなさい……」
まず真っ先に眠りへと落ちていったのはアリスだった。
「姉さまも早く寝ないと明日に差支えるよぉー」
そしてマリスも目を閉じる。
しかし、イリスはそう簡単には寝付けなかった。
ああは言ってしまったが、明日は人外の存在との戦いが待っている……かもしれない。少し不安だった。
ふと、彼女は窓から外を見る。
「……?」
そのとき、何かの気配を感じたような気がした。
ホテルの前の道路を挟んで向かいの建物の屋上に……黒いローブをはためかせる誰かが立っている……ような気がした。
「え……?」
イリスは一度目をこすってよく確かめようとする。
強い風にローブがなびき、その手には――小さな体には似合わないほど大きな処刑鎌。
「ッ!?」
イリスは思わず飛び起きていた。
鍵もかけずに部屋から飛び出し、ホテルから飛び出した。
彼女がホテルから出てきたとき、ちょうどローブをまとった人間が屋根伝いに飛んでいくところだった。
イリスは走る。明らかに黒ローブの方が走る速度は速かったが、それでもなんとか追いつこうと走った。
だが、相手は障害物のない屋根の上。途中建物に阻まれ、まっすぐに追いかけられないイリスは舌打ちを打つ。
「待ちなさい!」
思わず彼女はそう叫んでいた。
途端にそのローブは足を止める。そしてイリスの方を見下ろしてきた。
「貴女は誰?」
まるで鈴のように美しい清らかな声。その声が少女のものであることにイリスは驚いた。
「私はイリス。イリス・トリリス。突然で悪いけど、あなたは何をしているの? こんな夜中に鎌を持って屋根の上を走ってるなんて普通じゃないと思うけど」
少女はしばらく何かを考えていたが、そっと呟くように言った。
「私は罪人を探していただけ」
「罪人……?」
「そう。貴女には……罪はない。私の前から消えることを推奨する」
少女はそう言うと、頭を覆っていたフードを脱いだ。
月の光に照らされて、少女の顔が露になる。
腰まで届く白髪。それは老人のそれとは違い、艶やかで輝きを放っている。そして、肌も大理石のように白い。
顔は少女のものでありながら、どこか大人びた雰囲気が漂っていた。
そして、吸い込まれそうなほど真っ赤な瞳。
その美しさにイリスは思わず見惚れてしまっていた。
「私は……ディシース。ディシース・リーパー。覚えておく必要はない」
「じゃあ、なんで名乗ったのかしら?」
ディシースはしばらくイリスを見つめていたが、やがてそっと口を開く。
「貴女が名乗ったから」
彼女はそう答えると、フードを目深く被って再びどこかへと駆けていく。
イリスは追いかけようとしたが、次の瞬間には姿が見えなくなっていた。イリスは追いかけることを諦めると、とぼとぼとホテルへと戻っていく。
「何者かしら……?」
ただ者ではないそのオーラはイリスでも感じ取ることはできた。恐らく、戦うことになったら万が一にも勝ち目はないだろう。
あの少女ほどの力を持っていれば――連続通り魔事件を引き起こすことも容易いかもしれない。
「私、何を考えているのかしら……。いきなり初対面の人を殺人犯だなんて考えるなんて……」
ぺしぺし、とイリスは頬を叩く。
「うう、寒いわ。戻りましょう……」
イリスはもう一度だけディシースが立っていた場所を振り返る。そして、ゆっくりとホテルへと向かっていった。
現れるは漆黒の影。
シルクのように美しい白髪を揺らし、しかしその手には巨鎌。
瞳はルビーのように赤く、しかし肌は磨き上げられた大理石のように白い。
さて、出ました出ました白髪少女。
僕の大好物の属性であります。
しかも背まで届く巨大な処刑鎌を持っているとかツボ過ぎてもうね。
まあ、だから書いちゃったわけですけど。
今回は情報整理の巻ですね。
19~21話で集めた情報+αをここでまとめています。
そんなわけで、今回初出の王都は実は魔方陣だった! というお話を解説しましょう。
ありとあらゆる力の循環系において、もっとも強力な力を生み出す形は円です。
だから、魔方陣というものは全て円形をしているわけですよ。
また、様々な格闘技などにおいても円の動きというのはもっとも強力で、直線的な動きよりも遥かに強力な力を持っています。
さて、今回は魔術的な話なので格闘技は放置しますが、この魔方陣というものは(僕の作品においては)巨大であるほど強い力を持っています。それは、陣が大きければ大きいほど、陣の内側により多くの魔力を内包するからです。
もちろん、その分制御が難しくなりますけれどもね。
ましてや、街一つを覆うほどの巨大な魔方陣ともなれば、その力はとても強力なモノとなります。
その力を利用したのが神獣の封印ですね。
神獣はその名の通り神代の驚異的な力を持つ、神の権化ともいえる獣です。
これは20話の作中でも述べた通りであります。
その力はたった一体で大津波を引き起こしたり、大地震を引き起こしたり、大雪、大噴火、大嵐と『大』と付くような自然現象は大方なんでも引き起こせると考えてもいいでしょう(もちろん、神獣によって起こせる現象は違います。水の神獣であれば津波、火の神獣であれば噴火などという具合にです)。
これほどまでに強力な力を持つ神獣を封じ込めるには、強力な封印が必要です。
それを施したのが神代の神々です。
神々は世界が破滅に向かうようなことが起きたとき、神獣を目覚めさせて破滅を食い止めるように命令し、この世界を去りました。
もちろん、これほどまでの力を持つバケモノを世に放てば、世界などあっという間に崩壊してしまいますから、そのようなことが起きないように有事の際以外は目覚めぬよう封印を施したというわけです。
もちろん、これほどまでに強力なバケモノを封印するのですから、封印の維持には膨大な魔力が必要です。そんな魔力を普通の地からくみ上げていてはその大地はあっという間に枯渇します。
そこで用いられたのが魔脈と呼ばれる星の血管のような力の流れです。
まあ、この世界でいうと風水における龍脈のようなものだと思っていただいて結構です。
この力の流れの交差する地点、それがこの神獣を封印している地点であります。
いろいろな地域から力が流れ込むわけですから、大量の魔力をくみ上げても魔力が枯渇することはありません。それを補って余りあるほどの魔力を魔脈は運んでくるのです。
もちろん、そのような莫大な魔力がその場には溜まるわけですから、その地域は魔術を用いる者にとっては聖地にも等しいわけです。
たとえば20話に登場した炎の神獣の眠る鉱山では豊富な魔力を含む鉱石が採掘できましたし、神獣の直上に建造された王都は魔術的にとても栄えた地となりました。
神獣を封じる封印はちょっとやそっとのことでは解けないので、人間も安心して暮らすこともできます。
そんなわけで、魔脈の交差する場所はとても魔術的にいい土地だといえるわけです。
さてさて、今回の解説はそろそろ終わりです。
では、次回予告へいきましょうか!
朝食を終えた三人はフォード邸へと向かっていた。
しかし、イリスは謎の少女に出会ったことを言い出すことができないでいた。
「大丈夫、ちょっと変な夢を見ただけだから!」
彼女は明るい表情を浮かべるように努力する。
三人はフォード邸へと到着し、そして今後の方針を練ることにした。
次話、23 マリスと寝顔