66
ルルヴィーシュ公爵王都邸、別館。
本日の会場となる屋敷には、この国の中枢と言うべき面々が集まっていた。
「それでは、只今より贈呈式を行います。
本日、創生の魔法を使う者を守護する者であらせられる、ビビ様、トット様、ポポ様より贈呈を受ける者は前へ」
ザッッ……、……、……
一週間程前……
「ベン」
「はい、陛下」
「フランシル公爵にオリビア。
魔法省長官ジルとルイ。
ドリエントル国騎士団団長アーサー及び
第一騎士団隊長アレン
ルルヴィーシュ公爵家騎士団団長オーディンと梟の里現頭領……
以上8名ということか」
「はい。なお、梟の里頭領については代々受け継がれる物と考えております。領地の者については今後、必要に応じ対応することとしたく存じます。この度の2名については式典の警備連携のことを鑑み、呼び寄せることとしました」
「わかった。よろしくな」
「はい」
ソフィアが背後から見守る中、ビビたちは白地に金糸の刺繍が施された、豪華なローブ風(風というのは……それぞれの体型に合わせ、かつ、カッコ良さを本人たちがしつこく求めた為……すったもんだ大変だった)の衣装で宙に浮いている。
「フランシル公爵へは指輪を」
一列に並んだ8名が1人ずつ前へ出て、創生の泉から創られた、七色に輝く石の宝飾品をビビたちより受け取っていく。
……なんで、今回はこんな事になっているのか……ソフィアは不思議に思いながらも「創生の魔法を使う者」として、贈呈式とやらに臨んでいた。
今までは、サクッと、パパッと嵌めてくれていたのに……
はぁ、お披露目を前にして気分が上がってるのねぇ……ビビたちは……
「有り難き幸せにございます」
ソフィアがつらつらと考え事をしているうちに、次は梟の里頭領の番というところまで進んでいた。
初めて目にした頭領は、目の部分以外は黒の装束で覆われていて、顔の認識まではできない……が、しなやかな体躯を持つ、青年というのはわかった。
オリビアはピアスだったが、公爵とジル、ルイが指輪。騎士たちと頭領は剣を扱うので、ペンダントを身に付けている。そして、どの石も綺麗に持ち主の瞳の色に輝いていた。
綺麗ね……ペンダントはコイン形になっていて、戦いに身を置く者たちの御守りのように見えた。
「これにて、贈呈式は終了。次は休憩を挟み、広間にて上映会となります。
皆様、暫しサンルームで御寛ぎ下さい」
執事のローレンの言葉に従い、贈呈された8名はゾロゾロと移動して行く。
それにしても凄いメンバーになったわね~。
これで、更に待機組と合流って……
はぁぁ、今日は疲れそう……この国に今日、大事が起きない事を願うだけだわ……
ソフィアは、キャッキャッと喜んでいるビビたちを引き連れ、サンルームに向かうのだった。
「ソフィア。上映会とは?」
あまり詳細を知らせられないまま招集されたオリビアお姉様が、ピアスを鏡で確認しながら聞いてくる。
「……お姉様……、んっ、ん~なんと言いますか、ご覧になってくださいとしか……」
「ソフィアが言い淀むなんて、珍しいわね」
「ごめんなさい」
「いえ、いいのよ。このメンバーを見れば、秘匿性が高いうえ、最重要案件なのはわかるわ。ねぇ、お父様。……、……お父様!」
「……、んっ?あぁ、そうだな。この石の素晴らしさは、只事ではない」
「「……、……」」
「はぁ、お父様は相変わらずね」
フランシル公爵は、拡大鏡で石の観察に夢中だった。
広間には既に両陛下を始め、アルベルト殿下にエドモンド殿下、ルルヴィーシュ公爵夫妻とシリウス、ドルト公爵家のロベルトとトーマス。そして、ソフィアとビビ、トット、ポポ。バルトとステラが揃っていた。
ソフィアとビビたち以外は皆、広間の壁に向い、何故か机を前に座っている。
全てのカーテンが閉められ、それぞれの手元だけが魔道具で照らされている様子は、何とも異様な雰囲気だ。
この中で、ロベルトとトーマス二人は戸惑いを覚えていたが、皆がどこかワクワクと浮かれ気味で座って居るので……怖くはなかった。
そこへ、ローレンに先導された8名がやって来た。
皆、陛下の姿があることにビクリとし、挨拶をしようとしたが……
満面の笑みを浮かべ、手を振られたので……おずおずと指示された席に着席した。
手元の灯りが照らすのは、ノートと鉛筆。ソフィアが創生の魔法で創った物だった。
壁に、ビビたちによりスクリーンが創られる。ソフィアは前に出て、優雅にお辞儀をした。
「皆様。本日はお集まりいただき、ありがとうございます。本日は10名の方が初めての御参加。
まずは冒頭……そうですね、行楽地の様子を短めにご覧いただき、一度止めることと致します。
心を落ち着かせ、安心して楽しんでください。それでは、夏の遊園地に出発です!!」
???……初めての参加?……心を落ち着かせ?……夏の遊園地??……
初参加組の脳内は疑問だらけであったが、陛下たちの期待に満ちた拍手を聞いて、慌てて拍手をするのだった。
……
……、……
……、……、……。
夏の遊園地とやらは、驚くようなスピードで動くトロッコのような物や、グルグル回転する巨大な鉄……
カラフルな、たぶん水着?らしい姿で大きな浴槽に入る親子や、太い管の中を勢いよく滑りおちる者。
天に伸びる鉄柱に付いたベンチらしき物に座り、これまた猛スピードで落下する者……と、
初参加組には、とてもではないが、楽しいどころか恐怖のエリアに見えた。
しかし、それをしている者たちはキャーキャー叫びながらも、皆ゲラゲラと笑顔を見せて楽しんでいる……理解不能過ぎて、恐怖よりも唖然とし始めた頃……
「はい。遊園地はここまでです」
穏やかなソフィアの声が聞こえたのだった。
「ねぇ、ビビ!映像から音も聞こえてたわよね!それから、文字も所々……この世界の文字に変わってたような……」
『アハハッ!そうだったねぇ~!私もビックリ!こんなに早いうちに実現するとは』
「えっ?」
『ソフィアの魔力量が増えて、よりソフィアの身体との連携が取れるようになったんだと思うよ、僕』
「え、ええっ!」
『今までの上映会より音が聞こえて~、臨場感が得られるし~、ソフィアがわざわざ訳さなくても、よくなるってこと!』
『まだ、完璧じゃないみたいだけどね~!うふふっ』
「じゃあ、あの映像の話し声とか……この世界の言葉に合わせて、変換されてたってこと?」
『『『されてたよ~』』』
まぁまぁまぁ……、補正機能とやらの進化が素晴らしい!もう少し頑張って、私の魔力量を増やさねば!!
ソフィアはどちらの世界の言葉も文字でも、直ぐに理解出来てしまうせいか、みんなが理解できているのかが分からなくなってしまう時がある。
う~ん。冷静に判断しなくっちゃっ……
カーテンが開かれた広間には、初参加組の何とも言えない、唖然とした顔が並んでいた。
「突然の上映会……驚かせてすまないな。皆、大丈夫か。ゆっくり深呼吸をして、まずは落ち着いてくれ」
ルルヴィーシュ公爵の、ゆっくりと言い聞かせるような言葉に、初参加の10名は素直に従い、深呼吸をしている。
段々と落ち着いていく10名とは裏腹に、陛下たちワクワク組はテンション爆上がり中。
キャーキャー、ワーワー、我先にと感想を言い始めている。
「アレク!騒がしい!談話室に移動しろ。こちらが落ち着いたら、再開するから。ローレン!」
「はい、旦那様。ささっ、陛下、こちらへ」
「そうか。我は大福が食べたい」
『私も~!』
「かしこまりました。ご用意致します」
「苺のやつだぞ。エリーも食べたいだろ?」
「そうねぇ~。ローレン、お願い出来る?」
「勿論でございます」
「まぁ、ありがと」
「僕、ポップコーン!遊園地でみんな食べてたから」
『僕も見つけた~!』
『私だって、見つけた~!』
「そうだったな。前にソフィアが一度だけ作ってくれた、アメリカンドッグとフライドポテトも食べてたぞ」
「何だそれは!我は知らんぞ?!」
「父上、さっきの映像で……、……」
ワイワイガヤガヤ、王家一家とビビたちが去って行く。
「さて、先程の映像についてだが……」
ベンフォーレが仕切り直すと、ルルヴィーシュ公爵家一家はソフィアを中心に集まった。
「……ソフィアの前世の記憶を映し出したものだ」
ガタッ!!
頭領以外の者たちが椅子から立ち上がる。
頭領は仕事の性質上、ソフィアのことについて知っていた……ただ、石を持っていなかったため、映像として認識したのは初めてだったが……
「ソフィアの前世!?ベンフォーレ、どう言うことだ」
「フランシル公爵、言葉のとおりです。
ソフィアは5歳の誕生日を迎える時……前世……異世界と言うべき場所で、サラとして生きた自分の記憶を思い出したのです。
そして、それはビビ様たちの出逢いと……創生の魔法の発現とも同時でした……」
「なんと……あれが、サラ?!として生きた……ソフィアの世界だと言うことか……あの、あのような世界が……」
「はい、おじ様。……この世界の常識とはだいぶ違いがあるように見えますが、あれは今の世界より遥かに進化を遂げたと言うべき姿です。
移動には空を飛ぶ乗り物がありますし、時速300キロで動く乗り物だって存在します。
生活も便利ですし、私が住んで居た日本という国では誰もが教育を受けることが出来ました。医療も大変進んでおり、手術法や薬も普及しているのです。
ただ……魔法はありませんけれど……うふふっ」
「えっ!!……魔法がない?!」
「はい、ジル様。学問が進んだ先にあの景色があったのです。魔法があれば、きっと……また違う景色だったのでしょう。
私は今のこの世界が大好きです。
でも、技術や知識を加えることで、より良くなることも知っているのです。それらを前世の記憶から選び出し、今世に還元させたいと考えているのです。
これは危険な作業です。不用意に使えば、この世界を違う色に創り変えてしまうかもしれません……
ですから、私が信頼する皆様にだけ、協力をお願いしたいのです。
創生の泉から生まれた、石を持つ者のみ、見れる世界……
どうか、その世界からこの世界へと、より良いものを見つけ、発展させていく作業に御力添えくださいませ」
「ソフィア!」
オリビアお姉様が駆け寄って来て、ぎゅっと抱きしめてくれる。
ロベルトとトーマスも近くまでやって来て、うんうんと涙目で頷いていた。
「もちろんよ、もちろん!私、全力で協力するわ!」
「お姉様……ありがとうございます……ですが、一気に事を成すことはできませんので、徐々にでよいのです。まして、お姉様は嫁いだばかりで、お忙しいでしょうし……」
「ソフィア様!あぁ、女神様!!このジル、生命の限り、貴方様に付いてまいります!如何なる試練があろうとも、けして負けは致しません!」
「私もです!魔法省を代表し、ジル様と共に戦い抜きます!!」
「我ら王国騎士団も同じであります!アレンと共に、騎士団団長の名にかけて!!」
「勿論であります!!」
あららっ?何か、戦闘に赴く一団のようになってきたわね……
トテトテトテ
「みんなきてくだしゃ―い。いっしょにだいふくたべるでしゅよ―!」
どうやら、シロが迎えに来たようだ。
陛下たちがしびれを切らしているらしい……なんか、助かったかも……あははっ
シロを初めて見る方々も居たのだが、もはや動くぬいぐるみでは驚かないらしい。
シロにも石は嵌っているし、ね。
「だんちょー、だっこしてくだしゃい」
ヒョイっと、オーディンに抱き上げられたシロは大喜びだ。ガッチリとした騎士団長に抱かれるのは、シロのお気に入りの1つ。
「オーディン、この子は?」
「シロだ。アルベルト殿下からお嬢様にプレゼントされた子だった」
「ほぅ。シロ、こんにちは。俺はアーサー、よろしくな。そして、俺も団長だぞ」
「はじめまちて、シロでしゅ。だんちょー?……だんちょーがふたり??……」
「おい、アーサー。シロが混乱するようなこと言うな」
「だって、オーディンばかり懐かれててズルいからな」
「まったく……ほら、シロ。アーサーが抱っこしたいってさ」
シロはまだ悩んでいたが、オーディン同様ガッチリしたアーサーに手を伸ばしていた。「よしよし、可愛いな。ソフィア様とお揃いのドレスか?」
「そうでしゅ。ソフィアといっしょなのでしゅ、うふふっ」
アーサーとオーディンはそれぞれ仕える主は違えど、見習い時代からの親友だ。
王国騎士団と、合同演習も開催するルルヴィーシュ公爵家騎士団、ずっと親交もある。
ついつい言葉使いも昔に戻るし、何より気の置けない雰囲気がそこにはあった。
そんな様子を微笑ましく眺めつつ、ソフィアは次の映像のことに考えをめぐらせる。
今日の予定は始まったばかりだ。