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カラカラ、カラカラ……
随分と陽射しも強くなり、太陽が高い位置にある時間ともなると、屋敷で読書が一番だわと思っているソフィアだが、今日はお母様と馬車に揺られている。
王妃様主催のお茶会が、王城の庭園にて開催されるのだ。
「ソフィアの大好きな百合の花々が咲き誇っていてよ!」
……と王妃様は満足気に話し、ソフィアを招待してくれたが……百合が好きなのはお母様である。勿論ソフィアも好きだが、お母様と比べるとその比ではない。
いずれにしても多くの貴婦人、そして令嬢たちが招待されているお茶会なので、お披露目前に注目されたくはないソフィアだが……欠席してもかえって目立ちそうなので、仕方がない。
「ソフィア。今日は私から離れては駄目よ」
「はい、お母様。昨夜、お父様とお兄様から……はぁ……何度も何度も執拗い……いえ、丁寧にお言葉をいただきました」
「ふふっ、そうね。そうだったわね……あの二人のことだから、おそらくはこっそり監視しているでしょう」
「王城の庭園では、危険はないと思うのですけれど」
「……先日、ガイデン侯爵令嬢と出くわしたと言っていたわね」
「はい。カーミラ様ですわ」
「ガイデン家は、侯爵と娘のカーミラに注意が必要よ。夫人は穏やかな気質をお持ちのようだけれど、侯爵父娘は油断ならないわね。特に、アルベルト殿下に関することについては、ソフィアに負けたくないと執念を燃やしているでしょう」
「しゅ、執念ですか……」
「ふふふ。アルベルト殿下もシリウスも相手にしなかったでしょう?……つまり、二人は彼女の本質を知っているということ。必要以上に心配する必要はないけれど、油断しては駄目よ」
「はい。わかりました、お母様」
ん~っ、またまた面倒ね……ガブリエラとは違って、いろいろ仕掛けてくるタイプかしら……先日も厳しい眼差しで、私たちを見送っていたのは確かだけれど。
お母様の言われたように気をつけましょう……、うん。
王城の庭園では、それはそれは見事に咲き誇る花たちに迎えられた。
百合は勿論、その他にも様々な花が咲き乱れている。薔薇の種類も豊富で、立派なアーチが整然かつ優雅に並び立つ。
ジギタリスにアナベル、アリウム、エキナセア、アスチルベ、ミモザと……色彩や種類も多種多様だ。
この世界には魔法がある。
そう、庭師たちが丁寧に手入れをし、魔法による調整も行なうことで、このような奇跡の庭が出来上がるのだ。
「わぁー!お母様っ!!今日はまた一段と、美しい庭園ですわぁ~」
「そうねぇ。エリーがとぉーっても浮かれて、張り切っていたようだったから」
「んっ?浮かれて?」
お母様がチラッとソフィアの左手首に視線を移す。
あっ、あぁ~。アルベルト様から頂いたブレスレットですね……なるほど……
「本日はお招きいただき、ありがとうございます。王妃様におかれましては、ご機嫌麗しく……」
「ちょっと、リリー!やめてちょうだい。堅苦しい挨拶なんて飽き飽きよ」
「あらっ、いいの!?皆さん聞き耳を立てていてよ」
「いいのよ。ルルヴィーシュ公爵家は特別だもの!!ぅふっ、うふふふふ」
王妃様が……コワイ……どう見ても私の左手首を確認している……ブレスレットをガン見している……
「王妃様。本日はお招きいただき、ありがとうございます。素敵な庭園に心を奪われてしまいましたわ」
「まぁ、ソフィア!ありがとう。でも、心奪われるなら、アル……」
「ねぇ、エリー!今年は随分と規模が大きいのではなくて?」
「えっ!?あっ、そうなの。お披露目の予行演習というところかしら」
「そう……、今シーズンは例年以上に忙しくなりそうね」
王妃様とお母様の会話は続いていたが、ソフィアは領地の温泉施設建設に意識が飛んでいた。
んーっ、四季折々に景色が変わる方がいいわよね~、やっぱり。魔法で何とでもなるとはいえ、行楽施設には限定感が必要だわ!
専門家に相談して……
エドお兄ちゃんからプレゼントしてもらった図鑑も、更に詳しく見て見なければ……
今日は大規模なお茶会だ。庭園を大きく使っているので、着席している招待客が続々と増えてきた。
「お母様」
「あらっ、そうね。エリー、ご挨拶の準備なさいな」
チラリと確認し
「リリー、また後で。ソフィアもね」
と王妃様は満足そうに微笑み、上座に向かって優雅に歩いて行った。
王妃様のお言葉で始まったお茶会も、しばらくすると、それぞれ移動しながら歓談するようになった。
ルルヴィーシュ公爵家は三大公爵家であるうえに、ソフィアの創生の魔法の件も相まって、物凄い人気だ。次から次へと挨拶にやってくる人達のせいで、周りをぐるぐるに囲まれている。
ぅぅううっ、暑苦しいわ……息苦しい……
一度、クールダウンしたい……
そんな事を考えながらも、顔には穏やかな笑顔を貼り付け、ソフィアは何とか耐えていた。
「ご機嫌よう、ソフィア」
優しく軽やかな声で話しかけられ、思わず笑みが溢れた。
「オリビアお姉様っ!」
「うふふっ。大丈夫?近づくのも大変だったわ」
悪戯っぽい笑顔をソフィアに向けるのは三大公爵家の一つ、フランシル公爵家から、幼なじみとの結婚により侯爵家へと嫁いだオリビアお姉様。そう、ソフィアが姉のように慕うオリビア様であった。
「お久しぶりですわ、お姉様!!お変わりありませんか?新婚旅行から帰っていらしたのですね。私はダイジョウブでしてよ」
「あら、あらっ。大丈夫じゃないみたいね」
えっ!?やっぱりバレた……流石です、お姉様……
「まぁ、オリビア!ちょうど良かったわ。ソフィアをお願いできるかしら。まだまだ掛かりそうなのよぅ」
「はい、ルルヴィーシュ公爵夫人。お任せください」
「あらっ、まぁ。随分と堅苦しいわね。まぁ、いいわ。また後でね」
お母様も気付いていらしたのね……6歳児の身体は、まだまだ体力不足だもの……
日陰で椅子にかけ、喉を潤したソフィアは一息ついてホッとする。
「お姉様、ありがとうございます。皆様の熱気にあてられました。まだまだ未熟で恥ずかしいですわ」
「ソフィアは真面目過ぎよ。一人で立ち回るには早いのだから、リリアンヌ様にお任せして大丈夫。リリアンヌ様もそのつもりで私を呼んだのだわ」
「えっ?呼んだのですか?お姉様を?!」
「えぇ。視線で呼ばれたわ」
あぁ、なるほど。お母様が目配せされたのですね……
「それにしても……私の可愛い妹に、随分と大層な魔法が発現したものね。お父様が何やら心配そうにしてたのは、このことだったのでしょう?」
「フランシルおじ様は……石の魔力に気付かれたのだと思います」
「そう。お父様より鉱石に詳しい人は居ないでしょうからね。それより、ソフィアは大丈夫?不安になったり、怖くなったりすることはない?」
「お姉様……、……ありがとうございます。私は大丈夫ですわ!だって、私の周りは心配性な人ばかりですもの。暑苦しいと思う事はあっても、不安に思う事はありません」
「あらっ、そうだったわ。ソフィアは皆に愛されているものね。バルトとステラも婚約したし、益々守りは固くなったというところかしら。うふふっ、でも私のことも忘れては嫌よ。いつまでもソフィアの姉であり、甘やかす存在で居たいわ」
二人は互いに笑顔を見せ合い、仲良く近況報告をして過ごした。
「ルルヴィーシュ公爵令嬢ソフィア様、ご機嫌よう」
ふと日陰が濃くなったと思えば、目の前に三人の令嬢が現れた……
出たよ、出たでた……出るとは思っていたよ……とソフィアは心の中で呟いた。
せっかくのオリビアお姉様との貴重な時間にやって来るとは……
「ご機嫌よう。カーミラ侯爵令嬢、ミミリー伯爵令嬢、ライラ子爵令嬢」
カーミラの取り巻きについては調べていた。
トラヴ伯爵家のミミリーとオージル子爵家のライラ。ミミリーの髪色はオレンジ、ライラは緑……とざっくりではあるが……
「あらっ?!皆さん、面識があったのかしら」
何となく緊張感が漂った場に、お姉様のゆったりとした声が響く。
「オリビア様。失礼致しました。ソフィア様とは先日この王城でお目にかかる機会がありましたの。ご挨拶させていただく時間も与えて貰えませんでしたが」
フンッ!と聞こえてきそうな態度である。
イヤイヤ……時間を与えなかったのはアルベルト様とお兄様でしょう……
「そう。なら初対面も同然ね。今後の為に敢えて言わせていただくわ。初対面で公爵家の令嬢にその挨拶はどうなのかしら。ソフィアが幼いからと言うつもりはないでしょう?仮にも貴族令嬢がそのような教育を受ける訳はないものね。それとも、他に理由がおありなのかしら?」
ゔぅぅっと、三人は苦々しそうな顔をした。
あ~っ、そんな顔を表に出すなんて……チラッとお姉様の様子を伺ったが、見て見ぬふりをしている。
この世界は立場や階級が物を言う。
今は嫁いだとは言え、オリビアお姉様も三大公爵家の令嬢であった……ソフィアに至っては三大公爵家のバリバリ現役令嬢。お姉様の嫁ぎ先も侯爵家であり、目の前の三人に失礼な態度をとられる謂れはない。
「大変失礼致しました。どうぞお許しくださいませ」
「私に謝罪はいらなくてよ。ソフィアに詫びるのが先ではなくて?ガイデン侯爵令嬢」
直ぐに立ち直ったカーミラではあったが、またしても苦言を呈される。
グググッと歯ぎしりしそうな様相だが、思い直してソフィアに話しかけようとした、その時
キャー!!!と黄色い声が聞こえた。
何事かと確認すれば、アルベルト様とエドお兄ちゃんの登場である。挨拶をしに足を運んだのだろう。
今日のお茶会は王妃様主催、王城の庭園開催、社交シーズン真っ只中、年若い令嬢たちが多く招待されている……これだけ揃えば、この反応は当然だわ……と冷静にソフィアは思っていた。
ついついお兄様と同じように接してしまうソフィアだが、彼らは紛れもなくこの国の王子たちなのだ。普段は気にする事もないが、こうして王子として振舞っている様子を見れば……容姿端麗、文武両道、洗練された身のこなし……ん~っ、まぁ、皆の憧れる存在なのは分かるわね……などと分析していた。
そんなことをつらつらと考えていると……挨拶を述べ、令嬢たちを軽やかに躱しながら二人が真っ直ぐにこちらへやって来る。
ソフィアは、オリビアお姉様と一緒にサッと素早く立ち上がり、美しく華麗な淑女の礼をとった。息ピッタリの品のあるカーテシーは招待客達の目を惹き付ける。
どこからともなく、ほぅ……と感嘆のため息が聞こえた。
慌ててカーミラたちも礼をとるが、格の違いというものがわかる。
ソフィアは病弱であるために、ずっと甘やかされてきたように思われがちではあるが、公爵家の令嬢たる教育はしっかりと叩き込まれている。甘々のお父様とお兄様とは違い、お母様は学ぶべき事は確実に学ばせてくれる。
世間では床に伏してばかりいるように思われがちだが、そうでてはない。確かにそのような時期もあったのは事実……しかし、成長と共に体力はつき、前世を思い出してからは積極的に健康づくりと体力増加に勤しんでいる
。病弱から脱却する為、奮闘中なのだ。
それに、ソフィアは運動神経がよい。読書も好きだし、集中力もある。効率よく学べているというのが事実。
「ソフィア。オリビア夫人。顔をあげて。カーミラたちも楽にせよ」
アルベルト様の声に従い顔をあげると、優しい穏やかな笑みを浮かべる二人が並んでいた。
「アルベルト殿下、エドモンド殿下。ご機嫌麗しゅうございます」
「あぁ。ソフィア、堅苦しい挨拶はなしだ」
「はい、ありがとうございます。本日はお招きいただき感謝申し上げます」
「ソフィア。今日のドレス姿も愛らしいね」
「まぁ、エドモンド殿下。嬉しいですわ」
今日のソフィアのドレスは、光沢のある紫苑色。ついでに言えば、アルベルト様とエドお兄ちゃんは青みが強めではあるものの……紫苑色。デザインは異なるが、二人は揃いの生地で仕立てた物を着用している。前もって何故かドレスの色を尋ねられた……まぁ、こういうことよね……
「新婚旅行は楽しかったかい?オリビア夫人」
「勿論ですわ。アルベルト殿下!愛する夫と一緒なのですよ!」
「うわぁ。盛大に惚気けるオリビアなんて、初めてなんだけど、僕」
「エドモンド殿下、今までは遠慮していたのですわ、うふふっ」
楽しく談笑していると、予想どおりと言うべきか、カーミラたちが割って入って来た。
話が弾んで長くなっているので、我慢も限界というところか……
「アルベルト様!先日は大変失礼致しました。お急ぎのところお引き止めしてしまい、毎日心苦しく過ごしておりましたの」
シュンとしたように、しおらしい様子を見せている。
「あぁ。気にする事はない。先を急いだのは私たちだ」
「そんな……私たちが突然お声がけしてしまったのが悪いのですわ」
いやいや、今もだからな!!
「まぁ、よい。済んだことだ」
しお、塩対応ですわね……
微妙な空気になってしまったではないか……
「ソフィア。オリビア。母上から呼んでくるように言われているのだ。悪いが付き合ってくれ」
「「喜んで」」
ニッコリと微笑み、四人が歩みを王妃様の元へ向けようとした時
ヒューー―ゥっと、
少しばかり強い風が、カーミラたちやソフィア、オリビアの後ろから吹き上がった。
その瞬間、頭に手を当てたカーミラのリボンが外れ、風に乗る。
ミミリーはよろけたようにソフィアの前に片足を突き出す体勢になり、
ライラに至っては、テーブルに残った紅茶のカップにぶつかり、中身をソフィアの方へと倒している。
フワリッ。パシッ!ストッ。クルリッ!!
「カーミラ侯爵令嬢、リボンが飛ばされましてよ」
フワリッ……ドレスの裾を美しく捌いて、咄嗟に飛び上がったソフィアは、パシッ……軽やかにカーミラのリボンを掴んだ。
「ミミリー伯爵令嬢、大丈夫でして?」
ストッ……っとミミリーの足を避けて着地すると、さりげなく手を差し伸べ、ミミリーの身体を支えた。
「まぁ、ライラ子爵令嬢!火傷はなさいませんでしたか?」
クルリッ……素早く振り向くと、ライラの心配までしてみせる。
ソフィアは心の中でベタだ……ベタすぎる……と思っていた。
カーミラはアルベルト様にリボンを拾ってもらい、ソフィアがドジっ娘のように転んで、零れた紅茶まで被ってしまう……という展開を狙っていたのだろう……はぁぁー、、、……面倒な方たちなのね……とは言え、慣れた連携プレーだったのは確か……成功はしていないが……
それより気になるのは、先程のは風魔法。
三人の中に風魔法を使う者がいるのか……または、近くに協力者が居たのか……
いずれにせよあの様子では、嫌がらせするのに慣れているようだ。
困った方たちね、ホントに……ふぅ。
「アルベルト殿下、エドモンド殿下。おまたせ致しました。参りましょう」
「そうですわね。王妃様をお待たせする訳にはまいりません。アルベルトで、ん、か!エドモンドで、ん、か!!」
オリビアお姉様……殿下を強調されましたわ……
カーミラたちは、馴れ馴れしい様子でしたからねぇ……私は理解していましてよ!お姉様!!
アルベルトはソフィアを、エドモンドはオリビアをエスコートしながら、王妃が待つ上座の方へと優雅に歩を進めた。
許さなくてよ!!ソフィア!オリビア!
残された三人は、益々怒りを溜めつつ、一行が向かった先を睨みつけるのが、今できる精一杯であった。




