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「えっ!!......待って待って!......ホントに!?」
ルルヴィーシュ公爵王都邸、
ソフィアの私室。
静かに図鑑を読んでいたソフィアが、突如驚きの声を上げた。
「どうされました、お嬢様」
ステラが素早く傍に行くが、ソフィアは口に手を当てて、開かれた図鑑の一点を見つめていた。
登城した日。
王城で両陛下に構われまくり、更には魔法省に!騎士団に!とジル長官とアーサー団長に迎えに来られ、次々と連れて行かれたソフィアは、その日グッタリしながら......
いや、眠りながら帰って来た。
体力を使い果たしたように眠り続け、なかなか目覚めないソフィアは屋敷の者に心配をかけた。
ようやく翌日の夜になって目覚めたソフィアは、自分の体力不足を痛感する。
やっぱりまだまだ身体ができていないのね......
継続は力よ、ソフィア!
コツコツ毎日鍛えなければ!
と決意も新たにしたのだが、心配をかけてオロオロし始めていたお父様とお兄様に
無理は禁物!!しばらくは大人しく過ごすように!と言われてしまった。
そこでソフィアは、誕生日でエドお兄ちゃんにプレゼントしてもらった
―世界最新版・完全網羅百科図鑑―
全二十巻を読み始める。
豪華な装丁の図鑑は一冊だけでもズシリと重く、筋トレグッズになりそうね......などとつい考えてしまう。
いけないわ、お父様とお兄様がまた心配してしまうと思い直し、綺麗に並んだ図鑑の中から植物と記された第七巻を選んでソファに腰掛けた。
さすが世界最新版と謳っているだけはあり、ソフィアの知らない花や薬草についても詳しく記されている。
詳細なスケッチには色付けもされており、様々な角度からの説明がなされていた。
サラの記憶を呼び起こしながら、役立ちそうな物のメモをとる。
「う~ん。これは日本で言うと......」
『あ~っ、それサラの職場で見たことある』
「ビビ、そうよね!?」
『うん、間違いないよ』
いつの間にかビビたちも一緒になって、植物図鑑を覗き込んでいた。
『あ―っ!コレ、食べたら美味しそう!』
「あーっ、これはオレンジね」
『これは、ここの庭にあるやつ――』
「『『『栗~!!』』』」
ワイワイと賑やかに頁をめくっていたソフィアだったが、新たな頁のスケッチを見た途端......ヒュッと息を吸い込んだ。
「えっ!!......待って待って!......ホントに!?」
夢見草......
ゆめみそう……
そう、夢見草とは桜の別名だ。
この世界にもあったのねっ!!
懐かしさと嬉しさで、ソフィアのテンションは急上昇!!
しばらくじっと感動に浸っていたが、ステラの心配する声に我に返った。
「お嬢様っ!お嬢様!!どうなさいました。お加減が悪いのですか。ならば、すぐお休みに」
「ち、違うの、ステラごめんなさい。
あのね……」
コンコンコン、バァーン!
「えっ!?」
今度は返事も待たずに、扉が勢いよく開けられる。
「ソフィア!身体は大丈夫なのか」
「今日は大人しくしているだろうな」
アルベルト様、お兄様……
ビックリしたソフィアは何故か反射的に図鑑を閉じて、ソファの隅に押し込めた。
その途端
アルベルト様の、お兄様の、表情が曇る。
「……ソフィア……何を隠した」
「へっ?隠した?……いえっ、何も隠していません」
「ソフィ。私も見たぞ。その本はなんだ」
「あっ、えっと、これはエドモンド様から頂いた図鑑ですけど……」
「エドモンドから?……なら、何故隠す。私に秘密にせねばならんことがあるのか?」
「兄の私にも言えない秘密があると?」
「いやいや、ですから、隠してません!!」
……、……。
「あ―っ、ソフィア……私よりもエドモンドを頼りにするのか。やっと、やっと……進み始めたと思っていた私は、なんと愚かなのだろう……」
アルベルト様が額に手を当てて項垂れた。
「ソフィは実の兄より、エドお兄ちゃんを優先するのだな……悲しい、悲しいよ、ソフィ……」
お兄様は顔を両手で覆って泣き真似だ……
あ~っ、なんで図鑑を閉じちゃったんだろう……私……。
意味なんて何もないのに、この勘違いのされようは面倒以外のなにものでもない。
大体、返事も待たずにいきなり扉を開けた方が問題じゃないかしら。
同意を求めるようにステラを見たが、お兄様に付いてきたらしいバルトと並び、壁際に控えていた……敢えて言えば、無の表情をしている。
シロはアルベルト様の脚にしがみついているし、ビビたちはテーブルの上のお菓子を食べ始めていた。
もう!皆、冷たいわねっ!!
「ふぅ……アルベルト様!お兄様!まずは、お掛けください」
ピシッとした声に、二人は少し不満顔をしながらも従った。
しかし、座るのはソフィアの両サイド
……話しずらいわね……まぁ、いいわ。
「まず、私は何も隠してはいません。
アルベルト様とお兄様はノックの後、返事を待たずに、勢いよく扉を開きましたわね。
それは、礼儀として如何なものでしょうか。私はその突然の入室に驚いて、反射的に図鑑を閉じてしまったのですわ」
「はっ?……そういえば、ソフィアのことが心配で勢いよく来てしまったが……」
「返事を待たな、かった……か、な……ステラ?」
「はい。お答えしておりません」
……、……。
「「す、すまなかった」」
「分かって頂けたのならいいのです。そしてこちらは、エドモンド様から誕生日プレゼントに頂いた
―世界最新版・完全網羅百科図鑑―です。
この第七巻、私が見ていたというか……ビックリして見つめてしまっていた頁はここです」
ペラペラと図鑑を開き、目当ての頁を探す。
「え―っと、ここ、これですわ」
二人はグイッっと顔を乗りだし、ソフィアの指差す所を見る
「「夢見草?」」
「そうです。夢見草とは桜の別名。
つまり、これは私の……サラの記憶では桜っ!
そう、日本で毎年見ていた桜!
桜なのですっ!!」
「「さ、く、ら……」」
「ぉおお!これがあの、さくらの……桜かぁ―!!」
「はい!お兄様!!」
「なるほど。ソフィアの話していたとおり、美しい花だ。なんとも愛らしい」
「アルベルト様。日本では樹木に咲いている花、主に桜を鑑賞し、春の訪れを寿ぐ風習があるのです。お弁当を持って、家族や友達、同僚と一緒に花を愛で、大人はお酒を飲んだりして。あぁ、団子を食べたりもしますね。懐かしいです」
「そうか。楽しく趣のある風習だな」
「ええ。この世界にも桜があったのですね。嬉しいです!」
三人はしばらく図鑑を眺めていたが、
そうだっ!とアルベルト様が声を上げ、何やら話し合いを始めたのだった。
ガイデン侯爵家のカーミラはお茶会に参加していた。
ドルト公爵のことがあってから、ガイデン侯爵家は力をつけ始めている。
いくら侯爵家と言えども、この国には三大公爵家があり、そこには大きな隔たりがあるのだが、ドルト公爵家が当主不在の今、いくら次期当主が決まっていようとも存在感は薄れるというものだ。
そうして、そこにするりと入り込もうとしているのが、ガイデン侯爵なのである。
当然、社交も盛んに行い、勢いを増そうとしていた。
「カーミラ様。ようこそおいでくださいました」
「今日はありがとう。とても楽しみにしていてよ」
コソッ。
「カーミラ様。やはり先日の令嬢は、ルルヴィーシュ公爵家のソフィア様で間違いないようです」
「そう。私があんな子供に負ける訳にはいきませんわね……」
「勿論です。カーミラ様が負けるはずもございませんが、念には念を入れておきませんと」
「……、そうね。
アルベルト様は絶対に渡しませんわ!!」
コクッ。
カーミラを中心に二人の令嬢が、力強く頷いていたのだった。