27話.喪失を齎す死神の怨歌
バルドヴィーノは咄嗟に全ての刃を体の周囲に漂わせ、守りに入った。
反射的にそうさせるほどの、莫大な魔力がエリクから漂っていた。
「これが……これこそが魔導師様の魔力……もしかしてさっきの魔具は!」
闇雲に魔具を投げていたわけではない。
ベルの剣……魔術を解く剣にぶつけることで全て魔具の効力を無くし、その分エリクの魔力が増大させたのだった。
ベルも大きく目を見開いてる。
「これが……エリクの……」
「ベル、君が本当にしたいことは何? この男を倒すのはそれの通過点でしかない筈だ」
エリクはベルに歩み寄り、肩に手を置く。
ひれ伏せる魔術が発動しているにもかかわらず、平然と歩く。
バルドヴィーノは声も出せなかった。一体何が起きているか理解できなかった。
「……そうね、そうだったわね」
ベルは立ち上がった。
「私の本当にしたいこと……今も尚忌み嫌われ虐げられる世界中の〝死神の末裔〟を助けたい!」
バルドヴィーノは顔を引きつらせながらも、ベルの言葉を笑い飛ばす。
「死神の末裔を救う? 何を馬鹿な……この国だけではない! 世界のありとあらゆる国が、この星そのものがトルナトーレの血に懸賞金をかけているのです! それを救うなど、世界そのものを相手にしてるのと大差ない!」
「しかしそれが魔導師による総意でしかないのであれば、魔導師である僕なら解決ができる。そうだね、手始めに戦争時に仲よかった平等の魔導師から説得しよう。他にも頼りにできる魔導師はいるからね」
それがせめてもの、過去の罪への報い。
「しかと聞き受けた。それがベルの望みなら、僕は喜んで協力しよう。平凡な日々を送りたいのも山々だけど……悪夢を見るのはごめんだからね」
「ありがとう、エリク」
そして二人はバルドヴィーノを見る。
「一体何を……私の澆薄なる高御座は絶対です。例え、魔導師が相手だったとしても!」
「そんな大層な名前をつけてるけど、ただ〝平伏す〟という概念を内包した魔力なだけじゃないか。より濃い魔力を持つ僕に……魔導師に通じると思う?」
「そんな……そんな馬鹿な……」
狼狽えるバルドヴィーノを見て、エリクは内心ホッとしていた。
もし彼の澆薄なる高御座が100%の力で発動していたら、エリクは為す術がなかっただろう。それだけ概念魔術は絶対的な力である。だが、それを弱めてしまったのは他でもない多重継承のせいであった。
エリクがひれ伏さなかったのは〝拒絶〟が僅かに効いたからである。エリクの拒絶は、自分の魔導体系には通じない。つまり魔具には効かないことになるが、完全な比率の多重継承は平等の魔導師のほうが魔力が僅かに多い。そのため、拒絶が僅かながらに働き、跪くことを免れ、歩くレベルの動きはできるようになった。
そして、エリクが動ける様子を見てバルドヴィーノは〝ひれ伏すことができない〟と考えてしまった。重力を発する能力は魔具の力であるが、概念魔術はバルドヴィーノ自身の能力となるらしい。そこには導きの魔導師の魔導体系である〝存在を贄とし、己の観測を経て、唯一無二の奇跡を成す。〟が影響した。つまり、力の根源である他者を見下す心が折れてしまったため、能力が不完全となってしまった。
多重継承は、導きの魔導師と平等の魔導師、二つの魔導体系のメリットだけでなくデメリットまでも請け負ってしまう。バルドヴィーノはそこまで気づくことが出来なかった。
「安心しなよ。相手にするのは僕じゃない」
しかし、エリクの動きが制限されていることには変わりがない。走る以上のことはできず、また、体もゆっくりとした動きしかできないため、大した攻撃を行えない。
だから、ベルに託す。彼女にはまだ、もう一手打てる手がある。
ベルは跪いた状態で、バルドヴィーノを睨みつける。
「復讐姫……あなたの能力は私には通用しないと分かったはずです」
「分かってるわ。普通の魔力では、決してあなたには勝てない」
「普通の魔力……まさか……」
エリクの体から、白い光がベルへと移る。
「魔導師の魔力だと! そんな……魔術士が魔導師の魔力を操れるはずなど……そうか……トルナトーレの血か!」
「見せてあげる。私が抱いてきた世界を!」
叫びとともに、世界が赤く染まる。まるで透明な水に絵の具を落としたかのように、じわりじわりと視界を塗り替える。
「なんだこれは……」
周囲には剣や槍で貫かれた血まみれの人間が倒れており、蛆や蝿が集っている。元は建物であったろう瓦礫があちらこちらに散乱し、火が燻っている。
あまりにも酷い悪臭に、バルドヴィーノは思わず鼻を腕で塞ぐ。
「なんだこのおぞましい世界は……」
「私は死神の末裔を救済する。そして、迫害した者には同じ目に遭ってもらうわ」
この世界はベルが過去に経験した記憶の一つ。
その風景を、香りを、物質を、膨大な魔力を使い一瞬の時の間に具現する。
「時でも意識加速でもなかった。ベルは……世界を作り出す魔術を……」
時を加速して攻撃した能力も、実際はただ時間軸が違う異世界を作り出し、そこに一瞬だけ入り込んだにすぎない。さすがにエリクの目も世界規模の魔術は見ることが出来ない。
鳥肌が立った。
やはりトルナトーレの血は悍ましい。
「あなたは守ってばかりなのね。だから自分から何かを変えようとしていない。ただ受け入れることしかしていない」
「その発想が幼いというのです!」
ベルが歩く。そして平伏されることなく、バルドヴィーノの前に辿り着く。
「なっ! 私の力が……」
「この世界ではきっと、あなたのような器の小さいルールは作用しないのよ」
「ひっ!」
バルドヴィーノは背を向けて逃げる。
しかし、地に転がる死体が彼の足をつかみ転ぶ。
「この屍め! 私を殺しても世界は変わらない! ただ手を血に染めるだけだ」
「何を今更。そのくらいの覚悟はできてるわ」
無数の死体がバルドヴィーノの元へ集まる。
「まて……まってくれ……私には……」
「貴方たちはそうやって、人を殺めているのよ」
ベルは動かなくなったバルドヴィーノに剣を向ける。
「さようなら、私を台無しにした大悪人」
弁解の余地を与えず、ベルはバルドヴィーノの剣を突き立てた。
彼は絶望に打ちひしがれた表情のまま、断末魔を上げること無く絶えた。
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次回は〝5月4日〟更新……いよいよ、エピローグです。
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