26話.導き
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次回は〝5月2日〟更新予定です。
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「……ルキーノ……!」
地を大きく揺るがすほどの地震と、爆音がベルの元へと届いた。
それだけで、今何が起きたのか理解した。きっとルキーノが敵と共に心中を図ったという事を。ベルは俯き、涙を堪える。ルキーノの死は覚悟していたことだった。
最後まで敵兵に変装し、爆弾による破壊工作に徹したとしても、いずれは見つかってしまう。彼の能力上、応戦することも逃げ切ることも難しいだろう。
「逝きましたか……ダニロ。君は本当に良き配下でした」
バルドヴィーノは胸に手をあて、頭を下げた。
彼の態度と声には、一切の動揺が見られない。礼儀作法だから頭を下げた、と言わんばかりだった。実際に、何の感情も抱いていないのだろう。戦争における犠牲は必然であり、ただそれが名の知った兵だったということに過ぎない。
「この犠牲、百は下らないでしょうね。しかし、私が生きている限り無駄死にでしかない」
ベルは何も答えない。それが挑発であるということは理解している。
「さて、兵にこの本部へと集まるように伝令を出しました。あなたの逃げた仲間を追っていた者も中断し、こちらに呼んでいます。十二分の拘束が可能な体制になりましたら、覚悟してください」
爆弾は全てルキーノが使い切った。
リナは魔力がない。
そして、ベルの力が一切通じない。
何よりバルドヴィーノの絶対平服の重力がある限り、例え魔導師でも突破が難しいだろう。
けれどそれでも、縋るしかない。
「エリク……!」
「急ぎ馳せ参じましたよ、お姫様」
エリクが飄々と返事をして、階段を降りてきた。まるで待っていたと言わんばかりのタイミングだった。大きな袋を背負いながら、バルドヴィーノが発生させている重力の少し外側に立った。
バルドヴィーノは少し意外そうな顔をしていた。
「これはこれは……導きの魔導師殿。お初にお目にかかります。私はバルドヴィーノ――」
「知っているよ。僕も自己紹介は省かせてもらおうかな」
エリクはバルドヴィーノを一蹴し、状況を確認する。
ベルは膝を着き、こちらを見ている。その目には復讐の炎が灯っていない。チェルが死んだ時のような絶望感とも違う。もしかしたら、バルドヴィーノに何か諭されて戦意喪失してしまっているのかもしれない。
リナは無事ではあるものの、魔力を大量消費してしまっている。ベルの魔術の代償であるということは、この戦いでは使い物にならないと考えていいだろう。
そしてバルドヴィーノ。彼は何一つ傷がない状態で立っている。ベルの能力は避けられも防がれもせず、攻撃が到達する前に無効化されたのだろう。
多重継承による能力……相手を平伏させる概念魔術によって。
単なる重力であれば、一瞬の間で移動できるベルの能力の前に無意味である。だが、概念魔術……物理法則を超え〝そうなるべき〟と世界が認識したため、バルドヴィーノが指定した空間に置いて万物は平伏してしまう。物理操作でも精神そうでもなく、世界の強制力として操られる。
魔導師の中でも概念魔術を使えるものはそうそういない。
「その袋の中身は魔具ですね。しかもこの街にあった全部じゃないですか」
「ちょこっとくすねさせてもらっただけだよ。しかし、ベル……酷い顔をしているね。敗残兵より酷い。凛々しく真っ直ぐな君にとても相応しくない」
「私……私は……」
目に輝きがない。けれど、死んでいるわけではない。
ベルは抗おうとしている。自分の中の何かと戦っている。
魔力の乱れを通じて、エリクはそう感じた。このまま彼女をバルドヴィーノの力から解放することもできるが、それでも意味はない。
「それにしても、バルドヴィーノは凄い魔術士なんだね。まさかベルのあの技を凌ぐなんて」
「お褒めいただき恐悦至極。しかし全てはエリク様の魔具と、ルッツァスコ様の天承術のおかげなのです。双方の魔力の流れを理解し、力を最大に引き出せるよう調節すると、多重継承は新たな力を生み出しました」
「なるほど。それに気付き、実行してのける君の閃きと行動力は素晴らしい。けれど……異なる魔導体系を組み合わせる行為は禁忌だよね。それほどの地位にいる君なら知っている筈だけど」
「知ってますとも。しかし、これも全て平民を守るための義務ですよ」
「なるほど。その地位に就くだけはあるわけだね」
ベルは袋から武器を一つ取り出す。
「ベル、君らしくない顔をしているね。諦めたのかい? 圧倒的な強者を前に。それとも、何かを諭されて心を挫かれたのかい?」
「わたしは……」
エリクは武器をバルドヴィーノに投擲する。魔力顕現により筋力強化されて投擲された剣は、目に見えぬ速さで飛翔する。しかし重力の範囲内に入った途端速度が落ち、床に刺さったベルの剣に当たり落ちる。
「君は何を願って、僕の魔導体系を継承した?」
斧、盾、兜、腕輪、宝石……
ありとあらゆる魔具が投げられるが、全てベルの剣までしか届かない。
「何を……願って……」
最後の一つを投げ、そして、リナの持つ指輪を取る。
「私が願ったことは……それは……」
そしてそれを投げ、剣に当たる。
「はは、魔導師様……ついに勝ち目がなく気が狂われましたか。せっかく集めた武器を、その重力の中にいれるとは」
バルドヴィーノの剣から幾つかの破片が飛び、エリクの上に飛翔する。
そして、ベルと同じく能力を発動させる。しかし、エリクは仁王立ちのまま動かない。
「足は折れませんか……しかしその場から動けますまい」
「ああ、そうだね」
「ところで、一つご相談させて頂きたいことがあるのですが……どうか私どもと同盟を組んでいただけないでしょうか?」
「同盟?」
思わぬ言葉に、エリクは聞き返した。
「同盟、などという言葉を魔導師様に使用した無礼をお許しください。ただ、多重継承を認めて頂くだけで良いのです。こちらから出来る限りエリク様のご協力は致します。たとえば、もし俗世から身を隠していらっしゃりたいというならば、その場所をご用意し、我が兵がお守りいたしましょう」
「なるほど、すっごく魅力的な案だ」
多重継承さえ許すことのデメリットは、魔力量が増え、魔導師や魔術士から感知されやすくなること。バルドヴィーノが隠れ蓑になる場所を作り、もし誰かがエリクを狙ったとしても守ってくれるというのであれば、多重継承を気にすることもなくなる。
「それでしたら!」
「断るよ。魔術士に守ってもらうだなんてゴメンだね」
エリクははっきりとそう告げた。
確かに彼の申し出は一見魅力的である。
しかし、彼もまた戦争を甘く見ている。もし魔導師が本気になってかかってこれば、どれだけ魔術士を束にしようとも意味を成さない。
「っていうか、多重継承ってのがやっぱりだめだね。ルッツと僕の魔力が混じり合うなんて、吐き気しか無いよ」
「……分かりました。しかしながら、この状況下でどうなさるおつもりですか? 我が力を前に動けますまい」
「動く必要はないよ」
「何……?」
エリクは目を閉じ、そして――
「魔力顕現」




