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24話.絶望の果てに手に入れた力

 エリーチェラ騎士軍本部。

 一番上の階である8階の奥にあるは、玉座のような装丁をされている椅子がある部屋がある。その部屋は普段使われず、導きの魔導師やインペラルタ国王が訪れた際のみに使われる謁見の間である。その玉座に本来座れないはずのバルドヴィーノは、頬杖を付きながら来訪者を待つ。

 そして、二人の少女が姿を現した。


 ――無傷、か。面白い。


 服には傷一つ付いていないどころか、一切乱れていない。

 魔術はともかく、体術や剣術といった戦闘技術を一通り仕込んでいるインペラルタ兵を相手に、無傷で突破すると思っていなかったバルドヴィーノは感嘆の拍手を送った。


「まさかこうもあっさりと潜り抜けてくるとは素晴らしい。街の中はともかく、城の中の兵をどうやって潜り抜けたのです? 一体どのような手法を使ったのです?」


 武器すら手に取らず、余裕な表情でバルドヴィーノは侵入者に声を掛けた。

 対して、ベルとリナは剣を構えながらじわじわと彼へ近寄る。


「言う必要ないわ。だってここで貴方は死ぬのだから」


 不要な問答をするつもりはない。

 自信からか、兵も来ていない。

 今こそが彼を殺すための唯一無二の好機。

 リナにアイコンタクトを行う。リナは頷く。


「やる気満々って顔ですね。美しい顔が台無しですよ」

「黙れ! 一族を皆殺しにした犯罪者が!」

「なるほど……これは殺し合いで無ければ語れそうにありませんね」


 並ならぬ殺気を感じ、バルドヴィーノは玉座にかかっていた剣を持とうとした。

 が、その前にベルの能力が発動する。

 世界が灰色に染まり、流れがゆっくりとなる。

 ベルは一目散にバルドヴィーノの元へと走り出す。

 この意識加速は長く続かない。最初ヘラクレトスで発動した時は三秒ほど。次に指輪を付けたチェルから魔力を奪ったときには十五秒弱。もし魔力量に比例しているのであれば、リナに指輪の魔力増加を加味すると十秒前後だろう。

 しかし奴の首を斬るには十二分である

 剣を構えながら走るベルの頭の中には、あの日の光景が……家族が惨殺された日の事が再生される。決して色褪せることのない記憶。悲鳴と絶望と狂気に包まれた地獄絵図。

 しかしその悪夢を生み出した男は、今同じ目に合う。


「死になさい……全ての元凶!」


 あと一歩で剣の間合いのところへ踏み込んだとき、異変が起きた。


 ベルの足がかくんと折れ曲がり、床に手をつける。大きな手で押さえつけられているようで、顔も上がらず下を向いていた。

 まるでバルドヴィーノにひれ伏しているようなポーズを取っていた。

 信じられなかった。重力操作のような能力だとしても、高速で動けるベルへの影響は少ない筈だ。


 ――あと一歩なのに!


 ベルは歯を食いしばりながら、全身の力を使って立ち上がろうとする。が、倒れ込まないようにするのがやっとで、ぴくりとも足が動かない。

 そして制限時間を迎えてしまう。

 徐々に加速する時間。しかしベルへの重力は先ほどと変わらずかかっている。

 もはや理解しようとも思わない。

 頭にあるのは、チェルをも犠牲した果ての作戦が一瞬で無に帰したことだった。


「……ベル……様……そんな……」


 魔力がつき、崩れ落ちるリナ。


「ほう。いつの間にこんなところへ。噂で聞いてましたが、いやはやこれは恐ろしい……」


 バルドヴィーノにとって、ベルが眼前に瞬間移動したように見えた。だが、まるで想定通りと言わんばかりの余裕がある口調だった。

 ベルは憎悪を込めた瞳をバルドヴィーノに向ける。


「おやおや、そんな目をしては美しい顔が台無しですよ?」

「どうして――」


 バルドヴィーノはポケットから鞘だけの剣を取り出す。


「私はあなた方が来た時から、魔術を発動しておりました。魔具は触らなければ発動できないという性質を利用しました。触れるまでに攻撃すれば、私を確実に倒せる。その焦りで周囲への注意力を削ごうと思いまして」


 鞘を空に掲げると、空に浮いていた赤い罅が浮かぶ金属の破片が集まってくる。


「ヘラクレトスの生き残りからあなたの能力を聞きましたが……なんと恐ろしい。普通の魔術士であれば、対抗策など持ち合わせないでしょう」


 剣が集まり、歪な片刃の剣となる。


「私の重力操作魔術と、分解し飛翔する魔具……共鳴率が百を超えて完全な多重継承を果たした魔具は、新たな能力澆薄なる高御座(アルゲオ・レガリア)を得たのですよ」


 重力から解放されたベルは、すかさずバルドヴィーノへと斬りかかる。

 が、再び不可視の力で地へと倒される。

 バルドヴィーノの持つ剣は、生きているかのように赤いヒビから光が明滅している。


「このっ……!」

「ヤケを起こしましたか? 名も無き女騎士よ」

「ふざけないで……!」


 ベルは腕を僅かにあげて、剣を地面に突き刺す。

 そして顔をあげて、真正面からバルドヴィーノを見据える。


「私の名はベルナルディーナ=トルナトーレ! あなたが十年前に指揮して殺した生き残りよ!」


 十年間募りに募った怒りのままに叫ぶ。


「……トルナトーレ……ああ、あの〝死神〟一族の末裔でしたか、なるほど、ではここにはくだらない仇討ちのために来たわけですね」

「くだらない……ですって……」

「ええ、くだらないですよ。何の生産性も無ければ、何の解決にもならない。仲間の命を引き換えに得られるのは、自己満足だけです」


 冷たい目で見下ろすバルドヴィーノ。


「そういえば、かの死神の魔導師も、ある時期を境に意味のない殺戮のみを繰り返したと言われていますね。無益な殺生ばかりを繰り返すことは、血筋なのかもしれませんね」

「アンタこそ! 無差別に人を殺しているじゃない!」

「無差別でもありませんし、無益でもありませんよ。私は上の命令で殺す人を選び、そして殺すことで地位や領地や金という利益を得ています」


 ベルは絶句した。

 何の感情もなく、さぞ当然のように言ってのけたこの男に。


「そんな……」

「私には養わなければいけない家族はいます。殺人に心が痛くならない訳じゃありません。ですが、倫理だけで全てが成り立つのがこの世界ではありません。社会の中で生き、組織に属するとはすなわちこういうことなのです」


 それはそうかもしれない。けれど、だからと言ってやって良いことと悪いことがある。


「復讐姫ベルナルディーナ=トルナトーレ。私からしてみれば、貴方の方が残酷ですよ。膨大なリスクの先に得られるのは自己満足というあやふやなもの。その戦いに貴方は数多の甘言で人を操ったのでしょう」

「違う!」

「同じだ!」


 バルドヴィーノの威圧に、気圧されるベル。


「貴方も将来、ヘラクレトスやエリーチェラで殺してきた人から恨みを買う。もしかしたら、第二第三の復讐者を生み出すでしょう。それでも貴方は……やっていることが間違えではないと言い切れますか?」


 ベルは拳を握りながらも、言い返す言葉がなく俯いてしまった。

 バルドヴィーノは葉巻を取り出し、火を点ける。

 魔術的に、そして、精神的に墜した。

 覆りようのない圧倒的な勝利が決まった瞬間だった。

読んで頂きありがとうございましたm(_ _)m


次回は〝4月27日〟更新予定です。


ご感想・ご指摘・ご意見等々頂けるととても助かります。批判含め受け付けておりますので、忌憚なく書いて頂ければ幸いです。

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